第100話 カコは王にはならないので、反逆継承者になりました
カコが床へ右手を向けると、指先から金色の光が伸び、足元を走る王統導線へ流れ込んだ。
同時に、銀白色の髪を走る金色の光も強くなる。
「ケイは私と一緒に行きます」
カコの声が響いた直後、周囲に浮かんでいた表示が一斉に揺れた。
【王統継承者カコ _ _ 随伴同行要求】
【対象 _ _ 異界生命体ケイ】
【随伴登録情報 _ _ 無し】
【正式同行権限 _ _ 未登録】
【下層最終認証 _ _ 未完了】
【要求判定 _ _ 保留】
「保留じゃなくて、一緒に行く」
【随伴同行要求 _ _ 再確認】
【王統管理者権限 _ _ 照合】
【限定同行権限 _ _ 検討】
俺は思わずコーデックスへ目を向けた。
「いけるのか?」
《可能性があります》
《先ほど認められた、総合制御室手前までの限定移動許可が、現在も命令記録に残っています》
「なら、それを使え!」
《実行します》
コーデックスが黒い表紙を大きく開き、青白い文字を次々と床の王統導線へ流し込んだ。
《既存命令を引用します》
《王統継承者カコ》
《随伴異界生命体一名》
《総合制御室手前までの限定移動許可》
【既存命令 _ _ 確認】
《現在地は総合制御室手前区画です》
《王統継承者の保護および管理補助のため、随伴異界生命体ケイの同行継続を要求します》
【命令競合 _ _ 確認】
【随伴者分離規定 _ _ 競合】
【限定移動許可 _ _ 競合】
【競合命令 _ _ 照合中】
『また屁理屈か』
《既存命令の整合性確認です》
「どっちでもいいから通してくれ!」
数秒後、床を走る金色の線が一度だけ強い光を放った。
【限定同行権限 _ _ 承認】
【対象 _ _ 異界生命体ケイ】
【適用範囲 _ _ 総合制御室前門まで】
【対王権用模倣武装 _ _ 監視継続】
【全書系列端末 _ _ 同行許可】
【随伴者分離処理 _ _ 停止】
俺たちの横へせり上がっていた漆黒の壁が、重い音を立てながら床の中へ沈んでいく。
二体の球体端末に灯っていた赤い光も青白く変わり、片腕を失った小型警備機はその場で動きを止めた。
天井の砲台も照準光を消し、ゆっくりと壁の中へ戻っていった。
少し遅れて、カコの右腿にある黒いケースの前へ金色の光が集まり始める。
その中から、先ほど砲台へ突き刺したノクス・ニードルが姿を現した。
黒い針は光に包まれたまま、空いていた収納部へ収まる。
《使用されたノクス・ニードルの帰還を確認しました》
「……今度は本当に通れたか?」
「一緒に行く」
カコが俺を見る。
「ああ、一緒だ」
『当然だ。我が主を置いて進めるものか』
《ミメシスの同行は監視対象のままです》
『一言余計だ!』
◇
さらに進むと、回廊の先に高さ十メートル近くもある巨大な扉が現れた。
漆黒の表面には巨大な金色の王統紋が刻まれ、その中央には、青白い王冠を思わせる光が浮かんでいる。
カコが扉の前へ近づいた瞬間、周囲の照明が一斉に消えた。
次の瞬間、カコだけを照らすように、天井から金色の光が降り注ぐ。
【王統継承者カコ _ _ 確認】
【下層総合制御室前門 _ _ 到達】
【下層最終認証 _ _ 開始】
【登録状態 _ _ 王統管理者】
【王統継承者資格 _ _ 確認済み】
【最終確認 _ _ 移行】
カコが静かに扉を見上げた。
「これが、最後の認証?」
《その可能性が高いです》
「何をさせられる?」
《不明です》
《ただし、王統継承に関する意思確認が含まれる可能性があります》
その言葉が終わる前に、扉の中央に浮かぶ王冠が強く輝いた。
【王統継承者カコに問う】
【アエテルヌム王位を継承するか】
カコの表情が固まり、俺もすぐには何も言えなかった。
王位継承を求める言葉は、ここへ来るまでに何度も聞いている。
けれど、これほど直接的に意思を問われたのは初めてだった。
【王位を受け入れよ】
【玉座を継承せよ】
【王位の責務を果たせ】
【承認すれば下層最終認証を完了する】
【総合制御室への正式進入を許可する】
【第三封鎖牢への管理権限を付与する】
カコの瞳が大きく揺れた。
第三封鎖牢には、今も先生が捕らえられている。
だからこそ、その言葉はカコにとって、あまりにも大きな意味を持っていた。
「受け入れたら……先生を助けられる?」
【可能】
【王位継承完了後】
【下層全管理権限 _ _ 付与】
【第三封鎖牢拘束命令 _ _ 解除可能】
カコは黙り込んだが、俺は何も言わなかった。
決めるのはカコであり、俺が代わりに答えていいことではない。
それでも、迷いを表すように、カコの手は小さく震えていた。
「先生も村も助けられる?」
小さな声だった。
【可能】
「地上の結界も直せる?」
【可能】
【王位を継承せよ】
【すべてを統べよ】
王となって玉座へ座れば、先生も村も助けられる。
地上の結界を直すために必要な権限も得られる。
この施設は、王位を受け入れれば、カコの望むすべてを実現できると告げていた。
それは、あまりにもカコの心を揺らす問いだった。
やがてカコは、答えを求めるように俺を見た。
「ケイ、私が王になったら、みんな助けられるって」
「うん、そう言ってるな」
「先生も、村も、私の家も」
「ああ、そうだな」
カコはしばらく俺を見つめていた。
「ケイは、王になれって言う?」
俺は思わず息を止めた。
ここで俺が答えを示せば、カコはその言葉に従ってしまうかもしれない。
先生を助けるためなら、自分が望んでいなくても王位を受け入れてしまうだろう。
だからこそ、俺が代わりに答えるわけにはいかなかった。
「俺は何も言わない。これはカコが決めることだ」
カコが目を見開く。
「でも……」
「先生を助けたいのは俺も同じだ」
俺は目の前にそびえる扉を見上げた。
「でも、先生を助けるためにカコが嫌なものを押しつけられたら、先生はたぶん怒る」
「怒る?」
「絶対に怒る」
自分を助けるためという理由で、カコが自分の望む生き方を捨てたとしても、先生は決して喜ばない。
それどころか、きっと本気で怒るはずだ。
「だから、カコが決めろ」
カコは静かに目を閉じた。
金色の光が走る長い銀白色の髪が、降り注ぐ光の中でわずかに揺れる。
しばらくして、決意を固めたようにゆっくりと顔を上げた。
「私は……」
【回答を要求】
「王にはならない」
総合制御室前の空気が止まった。
【回答 _ _ 確認】
【王位継承 _ _ 拒否】
【回答 _ _ 再確認】
【王位を継承するか】
「しない」
【アエテルヌムを統べる意思はあるか】
「ない」
【玉座を受け入れるか】
「受け入れない!」
最後の言葉が響いた瞬間、金色に輝いていた王統紋の外縁へ赤い線が走った。
【下層最終認証 _ _ 不成立】
【王位継承 _ _ 拒否確定】
【登録状態 _ _ 再判定】
【王統管理者権限 _ _ 維持】
【王統継承者資格 _ _ 保持】
【旧王命令層 _ _ 重大競合】
【分類 _ _ 更新】
【反逆継承者カコ】




