第101話 王位を拒否したら、守護端末に制圧されそうです
カコが小さく息を呑んだ。
「……反逆」
《王位継承資格を保持したまま王位継承命令を拒絶したため、旧王命令層による分類が変更されたものと推測します》
『ようやくまともな呼び名になったではないか』
「どこがだよ!」
『王へ逆らったのだ。反逆で間違っておらぬ』
「私、悪いことした?」
「いや、してない。カコが自分で決めたことだ」
俺がすぐに答えると、カコは確かめるようにこちらを見た。
「王になりたくないなら、ならなくていい」
「うん」
その瞬間、赤い警告光が回廊全体を染めた。
【反逆継承者カコ _ _ 確認】
【下層最終認証 _ _ 不成立】
【下層総合制御室正式進入 _ _ 不許可】
【限定同行権限 _ _ 終了】
【随伴異界生命体ケイ _ _ 警戒対象】
【対王権用模倣武装 _ _ 警戒対象】
【警戒区分 _ _ 更新】
【制圧処理 _ _ 開始】
「やっぱりそうなるのかよ!」
回廊の右側の壁が大きく開き、その奥から、これまでの球体端末とは明らかに異なる大型の人型端末が姿を現した。
全身は分厚い黒い装甲に覆われ、左右から二本ずつ伸びた四本の腕には、それぞれ長槍、盾、拘束輪、金色の長刃が装備されている。
《下層総合制御室前門守護端末です》
《警告します。通常の警備端末を大きく上回る出力を確認しました》
『よし』
「何がよしだ!」
『ようやく話が早くなった』
「お前だけ嬉しそうにするな!」
守護端末が長槍を構えた。
【反逆継承者カコ _ _ 拘束対象】
【随伴異界生命体ケイ _ _ 排除対象】
【対王権用模倣武装 _ _ 破壊対象】
【全書系列端末 _ _ 拘束対象】
『我の扱いが一番酷くないか!?』
「気にしてる場合か!」
守護端末が、目で追うのも難しい速さで長槍を突き出した。
俺はカコの正面を塞がないように斜め前へ踏み込み、彼女が動ける場所を残す。
六本腕の防衛機兵との戦いで、正面から力を受け止めてはいけないことは嫌というほど思い知らされていた。
迫る穂先を紙一重でかわし、無銘刃を槍の柄へ斜めに当てる。
刀身を傾けて力の向きをずらすと、逸らされた長槍が床へ深く突き刺さり、金色の火花を激しく散らした。
「カコ、盾の腕を止められるか!」
「やる!」
カコが右腿の黒いケースへ手を伸ばし、六本並んだノクス・ニードルのうち一本を右手で抜き取った。
守護端末が床へ突き刺さった長槍を引き抜こうとする間に、カコが黒い針を放つ。
ノクス・ニードルは盾を支える腕の関節へ突き刺さり、その根元から金色の紋様が広がった。
【盾腕駆動制御 _ _ 低下】
【命令伝達 _ _ 遅延】
守護端末が構える盾の動きが目に見えて鈍った。
《左脚部内側の装甲下に命令線を確認しました》
「ミメシス、黒穿刃!」
『承知した、我が主!』
黒い靄が噴き出し、無銘刃が細く鋭い黒穿刃へ変化した。
俺は動きの鈍った盾の下へ滑り込み、左脚の装甲にある隙間へ黒い刃を突き込む。
だが、黒穿刃の切っ先は硬い装甲に弾かれた。
《現在位置から指三本分下です》
「細かい!」
《正確に狙う必要があります》
「分かった!」
俺は一度距離を取り、横から迫る金色の長刃をしゃがんでかわした。
鋭い刃が頭上を通過し、髪を揺らす。
その勢いのまま守護端末の左側へ回り込み、先ほど狙った場所から指三本分下へ黒穿刃を突き込んだ。
今度は弾かれず、細い刃が装甲の隙間へ深く入り込む。
【左脚部命令線 _ _ 損傷】
守護端末の左脚から青白い火花が散り、その巨体が大きく傾いた。
「入った!」
「止める!」
カコが守護端末へ両手を向けると、その足元へ金色の結界が広がった。
幾重もの光の線が守護端末の脚へ絡みつき、傾いた身体を床へ押さえ込む。
【反逆継承者による管理干渉 _ _ 検出】
【旧王命令層 _ _ 制御を上書き】
守護端末の赤い光が一気に強まり、四本の腕が強引に持ち上がった。
守護端末から放たれた赤い光が金色の結界へ流れ込み、カコの力を押し返す。
「っ……!」
金色の結界へ無数の亀裂が走り、カコの身体が後ろへ押された。
「カコ、大丈夫か!」
「大丈夫……まだできる!」
【王位を拒んだ者に管理権限はない】
それは、これまでの機械的な音声とは明らかに違っていた。
先ほど維持されたはずの王統管理者権限を、旧王命令層が一方的に否定している。
低く感情のこもった声は、下層総合制御室の扉に浮かぶ王統紋から響いていた。
【玉座を拒みながら、王の権限のみを求めるか】
カコが顔を上げた。
「先生を助けたいだけ」
【ならば王となり、王位を受け入れよ】
【今なら拒否を撤回できる】
【玉座に座れ】
カコの顔がわずかに歪んだ。
「嫌」
【ならば失え】
【先生を】
【村を】
【結界を】
【その男を】
最後の言葉が響くと同時に、守護端末の赤い目が強く光った。
その顔が動き、俺へ向けられる。
「俺まで取引材料にするな!」
『我が主を物のように扱うとは許せぬ!』
守護端末が傾いた身体を無理やり起こし、床を踏み砕く勢いで踏み込んだ。
突き出された長槍が、まっすぐ俺の胸へ迫る。
「ミメシス、無銘刃!」
『応!』
黒穿刃が一瞬で厚みのある無銘刃へ変化し、迫る長槍と激しくぶつかった。
ギィン!
重い衝撃が両腕を突き抜け、足元の床へ亀裂が走る。
「ぐっ……!」
『我が主、受けるな! 流せ!』
「分かってる!」
俺は奥歯を噛みしめながら刀身を傾けた。
長槍の穂先が無銘刃の側面を滑り、そのまま俺のすぐ横にある床へ深く突き刺さる。
槍を突き出したことで、守護端末の脇が大きく空いた。
「今だ!」
『黒穿刃!』
無銘刃が再び細い黒穿刃へ変化する。
俺は開いた脇の下へ踏み込み、守護端末の胴体へ黒い切っ先を深く突き込んだ。
《命令受信核まで距離が足りません》
「なら、もう一歩!」
柄を押し込みながら、さらに踏み込もうとした瞬間、動きの鈍っていた盾がこちらへ向けて振り抜かれた。
まずい。
「止まって!」
カコが右手で二本目のノクス・ニードルを放った。
黒い針が盾腕の内側へ深く突き刺さり、最初に投げた一本の金色の紋様とつながる。
【盾腕駆動制御 _ _ さらに低下】
【命令伝達遅延 _ _ 増大】
盾の動きが止まったのは、ほんの一瞬だった。
だが、俺にはそれで十分だった。
「届け!」
残った力を両腕へ込め、一気に黒穿刃を押し込む。
切っ先が守護端末の奥深くへ到達し、装甲の内側から青白い火花が激しく弾けた。
【命令受信核 _ _ 損傷】
【守護端末制御 _ _ 低下】
守護端末の四本の腕が一斉に揺らぎ、その動きが目に見えて鈍った。
「カコ、扉へ!」
「うん!」
カコが下層総合制御室の扉へ向かって走り出す。
俺は守護端末の前へ残り、引き抜こうとする黒穿刃をさらに深く押し込んだ。
守護端末が拘束輪を持つ腕を動かそうとするが、命令受信核の損傷によって動きが大きく遅れている。
その間に扉へたどり着いたカコが、両手を中央の巨大な王統紋へ押し当てた。
「開いて!」
【要求 _ _ 拒否】
「開いて!」
【反逆継承者カコ _ _ 正式進入権限なし】
「先生を助ける!」
【王位継承 _ _ 要求】
「受け入れない!」
【要求 _ _ 拒否】
カコの両手から広がる金色の光と、旧王命令層を示す赤い光が、扉の表面で激しくぶつかり合った。
赤と金の光が明滅するたびに回廊全体が震え、床を走る導線が次々と点滅する。
カコの銀白色の髪へ、細い金色の光が走った。
最初は扉の光が反射しただけだと思った。
だが、すぐに違うと気づく。
一本、また一本と、髪そのものが根元から淡い金色へ変わり始めていた。
「……カコ?」
カコは振り返らなかった。
両手を王統紋へ押し当てたまま、旧王命令層に押し返されないように必死に踏ん張っている。
金色へ変わった髪はまだ一部だけだったが、その数は少しずつ増えていた。
次の瞬間、回廊全体が激しく揺れた。
【王位因子反応 _ _ 上昇】
【直系王位情報 _ _ 再照合開始】
【対象 _ _ 反逆継承者カコ】
【王位因子 _ _ 活性化】
【現存王位者 _ _ 確認】
【王位継承拒否 _ _ 維持】
【王統資格 _ _ 消失せず】
【命令矛盾 _ _ 確認】
「何が起きてる!?」
俺の問いに答える者はいなかった。
ただ、カコの髪を走る金色の光だけが、旧王命令層の赤い光へ抗うように、さらに強く輝いていた。




