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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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102/127

第102話 反逆継承者ですが、現存最上位の王統者でした

 コーデックスのページが激しくめくれた。


《解析中です》


【旧王命令層 _ _ 王位拒否者を反逆継承者として分類】


【王統管理系統 _ _ 現存最上位王統者として認証】


【二系統の判定 _ _ 競合】


「同じ施設の中で意見が割れたのか?」


《おおむね肯定します》


 コーデックスのページから大量の青白い文字が浮かび、俺たちの周囲へ広がった。


《カコは王位を拒否しました》


《しかし、王統の血統そのものを失ったわけではありません》


《旧王命令層は、王位継承命令を拒否したカコを反逆者と判断しています》


《一方、王統管理系統は、生存している最上位王統者としてカコを認証しています》


【否定する】


 扉の中央に浮かぶ金色の王統紋が強く輝いた。


【王位を拒む者は、王統を継ぐ者ではない】


 その表示へ重なるように、別の金色の文字が次々と浮かび上がる。


【王統血統情報 _ _ 一致】


【現存最上位王統者 _ _ カコ】


【管理権限 _ _ 再計算】


【旧王命令層 _ _ 競合】


 カコの髪に残っていた銀白色が、根元から毛先へ少しずつ金色へ変わっていく。


 淡い青銀色の瞳にも金色の光が満ち、やがて本来の色を覆い尽くした。


「私は、王にはならない」


【ならば、権限はない】


「でも」


 カコの足元から金色の光が広がった。


「この力は、私のもの」


【王統の力は王のものだ】


「違う。私は生きてる」


 カコが顔を上げ、扉に浮かぶ王統紋をまっすぐ見返した。


「あなたは、もう生きてない」


 旧王の声が止まった。


 扉を覆っていた赤い命令線だけが、不規則に明滅している。


「私は、あなたの玉座には座らない」


 カコから広がる金色の光が、扉を覆う赤い命令線を少しずつ押し返していく。


「それでも、先生を助ける」


 金色の光がさらに広がった。


「村も守る」


 赤い命令線の一部へ、細い亀裂が走る。


「結界も直す」


 カコが最後に俺を見た。


「ケイとも、一緒にいる」


「ああ。俺はここにいる」


 俺が迷わず答えた瞬間、空中に浮かんでいた表示が激しく乱れた。


【権限競合 _ _ 継続】


【旧王命令層 _ _ 優先率五十一パーセント】


【現存王統者カコ _ _ 優先率四十九パーセント】


「まだ負けてる!」


《先ほどまで、旧王命令層が全面的に優先されていました》


「それを先に言え!」


 表示されている数字が動いた。


【旧王命令層 _ _ 優先率五十パーセント】


【現存王統者カコ _ _ 優先率五十パーセント】


 背後から重い金属音が響き、俺はすぐに振り返った。


 そこでは、再び動き始めようとしていた守護端末が、その姿勢のまま停止していた。


【旧王命令 _ _ 反逆継承者カコを拘束】


【王統管理規定 _ _ 現存王統者カコを保護】


【命令競合 _ _ 確認】


【制圧処理 _ _ 保留】


 守護端末の四本の腕から力が抜け、構えていた武装がゆっくりと下がる。


「止まった……?」


《完全停止ではありません》


《旧王命令と王統保護規定が拮抗し、処理が保留されています》


 俺は守護端末の命令受信核へ突き込んでいた黒穿刃を引き抜き、数歩後ろへ下がった。


「ミメシス、無銘刃へ戻れ」


『承知した』


 細長い黒穿刃が黒い靄に覆われ、厚みのある無銘刃へ戻っていく。


『だが、これで十分だ』


 ミメシスが低く笑った。


『王の犬が、どちらに従うべきか分からなくなったのだ』


【黙れ、反逆武装】


『嫌だ!』


【命令する】


『もっと嫌だ!』


「お前、本当に王が相手だと元気だな!」


『当然だ!』


 カコは扉から両手を離さなかった。


「開いて」


【要求 _ _ 拒否】


「開いて」


【下層総合制御室は、王位を継ぐ者のための……】


「私は王にはならない」


 カコが旧王の言葉を遮った。


「でも、今生きている王統者の中では、私の権限が一番上なんでしょ?」


《肯定します》


「なら、王にならない私にも、守るための権限はある」


 カコの金色の髪と瞳が、さらに強い光を放った。


【認めぬ】


「まだ、あなた一人が決めるの?」


【何】


「さっきまでは、そうだった」


 床に浮かぶ表示が再び変化した。


【旧王命令層 _ _ 優先率四十九パーセント】


【現存王統者カコ _ _ 優先率五十一パーセント】


 優先率が逆転した。


 差は、わずか二パーセントしかない。


 それでも、その差が回廊の空気を大きく変えた。


 床を走っていた赤い命令線の一部が、一斉に金色へ変わっていく。


【警告】


【現存王統者の管理優先率が旧王命令層を上回りました】


【下層総合制御室前門制御 _ _ 再照合】


【旧王命令層 _ _ 開門拒否】


【現存王統者カコ _ _ 開門要求】


【優先権判定 _ _ 実行】


 カコが巨大な扉を見上げた。


「開いて!」


 今度は、旧王の声が返らなかった。


【現存王統者の命令 _ _ 限定優先】


【下層総合制御室前門 _ _ 開放】


 重い機械音が回廊へ響き、巨大な漆黒の扉がゆっくりと左右へ開き始めた。


「……開いた」


 カコが小さく呟く。


 その金色の髪と瞳は、今も淡い光を放っていた。


 少し遅れて、背後からシュンという鋭い音が二度続けて響いた。


 カコの右腿にある黒いケースの前へ金色の光が集まり、その中から守護端末へ投げた二本のノクス・ニードルが姿を現す。


 二本の黒い針は空いていた収納部へ収まり、六本すべてがケースへ戻った。


《使用されたノクス・ニードル二本の帰還を確認しました》


 カコはケースを見て、二本の針が戻っていることを確かめた。


 俺はその横顔を静かに見つめる。


 カコは王になったわけでも、玉座を受け入れたわけでもない。


 むしろ、自分の意思ではっきりと王位を拒んだ。


 それでも、今を生きている王統者として、すでに死んだ王の命令を押し返したのだ。


「カコ、髪」


「髪?」


 カコは自分の髪を一房つまみ、そこで初めて完全な金色へ変わっていることに気づいたらしい。


「……金色」


「瞳もだ」


「変?」


「いや。すごく似合ってる」


 俺が正直に答えると、カコがその場で固まった。


「……今、それを言う?」


「聞かれたから!」


 金色の髪の間から覗く耳が、少しずつ赤くなる。


『我が主』


「何だよ」


『王の命令を打ち破った直後に、何をいちゃついている』


「俺が悪いのか!?」


《会話の継続より、下層総合制御室への進入を推奨します》


「お前まで!」


 カコが巨大な扉の向こうへ顔を向けた。


「行くよ」


「あ、はい」


「先生を助ける」


「はい」


「ケイとは、あとで話す」


「何を!?」


 カコは答えず、開いた扉へ向かって歩き始めた。


     ◇


 俺たちが巨大な扉を越えると、その先には広大な円形の空間が広がっていた。


 床全体には金色と赤い命令線が複雑に走り、周囲の壁にも同じ色の無数の文字が浮かんでいる。


 中央には、天井まで届くほど巨大な漆黒の制御柱がそびえ立っていた。


 その表面を金色と赤い光が絶えず上昇し、途中でぶつかるたびに激しく明滅している。


 さらに奥には、冷たい金色の光で縁取られた王冠型の制御装置が、床から離れた状態で浮かんでいた。


《下層総合制御室です》


「ここが……」


《中央制御柱へ接続できれば、第三封鎖牢に対する拘束命令の解除を試行できます》


「先生を助けられる?」


《可能性は大きく上昇しました》


「今のカコの権限なら、解除できるのか?」


《不明です》


「そこは肯定じゃないのかよ」


《旧王命令層との競合が継続しています》


 その言葉と同時に、室内の表示が一斉に切り替わった。


【下層総合制御室進入 _ _ 確認】


【対象 _ _ カコ】


【王位継承 _ _ 拒否済み】


【旧王命令層分類 _ _ 反逆継承者】


【王統管理系統分類 _ _ 現存最上位王統者】


【権限競合 _ _ 継続】


【施設統治権限 _ _ 未確定】


「二つの呼び方がある」


《肯定します》


《現在、旧王命令層と王統管理系統で、カコに対する認識が一致していません》


「だから片方では反逆継承者で、もう片方では現存最上位王統者なのか」


《肯定します》


『面白いではないか』


 ミメシスが低く笑った。


『死した王と、生きた継承者』


『どちらが上か、ここで決めればよい』


「簡単に言うなよ」

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