第102話 反逆継承者ですが、現存最上位の王統者でした
コーデックスのページが激しくめくれた。
《解析中です》
【旧王命令層 _ _ 王位拒否者を反逆継承者として分類】
【王統管理系統 _ _ 現存最上位王統者として認証】
【二系統の判定 _ _ 競合】
「同じ施設の中で意見が割れたのか?」
《おおむね肯定します》
コーデックスのページから大量の青白い文字が浮かび、俺たちの周囲へ広がった。
《カコは王位を拒否しました》
《しかし、王統の血統そのものを失ったわけではありません》
《旧王命令層は、王位継承命令を拒否したカコを反逆者と判断しています》
《一方、王統管理系統は、生存している最上位王統者としてカコを認証しています》
【否定する】
扉の中央に浮かぶ金色の王統紋が強く輝いた。
【王位を拒む者は、王統を継ぐ者ではない】
その表示へ重なるように、別の金色の文字が次々と浮かび上がる。
【王統血統情報 _ _ 一致】
【現存最上位王統者 _ _ カコ】
【管理権限 _ _ 再計算】
【旧王命令層 _ _ 競合】
カコの髪に残っていた銀白色が、根元から毛先へ少しずつ金色へ変わっていく。
淡い青銀色の瞳にも金色の光が満ち、やがて本来の色を覆い尽くした。
「私は、王にはならない」
【ならば、権限はない】
「でも」
カコの足元から金色の光が広がった。
「この力は、私のもの」
【王統の力は王のものだ】
「違う。私は生きてる」
カコが顔を上げ、扉に浮かぶ王統紋をまっすぐ見返した。
「あなたは、もう生きてない」
旧王の声が止まった。
扉を覆っていた赤い命令線だけが、不規則に明滅している。
「私は、あなたの玉座には座らない」
カコから広がる金色の光が、扉を覆う赤い命令線を少しずつ押し返していく。
「それでも、先生を助ける」
金色の光がさらに広がった。
「村も守る」
赤い命令線の一部へ、細い亀裂が走る。
「結界も直す」
カコが最後に俺を見た。
「ケイとも、一緒にいる」
「ああ。俺はここにいる」
俺が迷わず答えた瞬間、空中に浮かんでいた表示が激しく乱れた。
【権限競合 _ _ 継続】
【旧王命令層 _ _ 優先率五十一パーセント】
【現存王統者カコ _ _ 優先率四十九パーセント】
「まだ負けてる!」
《先ほどまで、旧王命令層が全面的に優先されていました》
「それを先に言え!」
表示されている数字が動いた。
【旧王命令層 _ _ 優先率五十パーセント】
【現存王統者カコ _ _ 優先率五十パーセント】
背後から重い金属音が響き、俺はすぐに振り返った。
そこでは、再び動き始めようとしていた守護端末が、その姿勢のまま停止していた。
【旧王命令 _ _ 反逆継承者カコを拘束】
【王統管理規定 _ _ 現存王統者カコを保護】
【命令競合 _ _ 確認】
【制圧処理 _ _ 保留】
守護端末の四本の腕から力が抜け、構えていた武装がゆっくりと下がる。
「止まった……?」
《完全停止ではありません》
《旧王命令と王統保護規定が拮抗し、処理が保留されています》
俺は守護端末の命令受信核へ突き込んでいた黒穿刃を引き抜き、数歩後ろへ下がった。
「ミメシス、無銘刃へ戻れ」
『承知した』
細長い黒穿刃が黒い靄に覆われ、厚みのある無銘刃へ戻っていく。
『だが、これで十分だ』
ミメシスが低く笑った。
『王の犬が、どちらに従うべきか分からなくなったのだ』
【黙れ、反逆武装】
『嫌だ!』
【命令する】
『もっと嫌だ!』
「お前、本当に王が相手だと元気だな!」
『当然だ!』
カコは扉から両手を離さなかった。
「開いて」
【要求 _ _ 拒否】
「開いて」
【下層総合制御室は、王位を継ぐ者のための……】
「私は王にはならない」
カコが旧王の言葉を遮った。
「でも、今生きている王統者の中では、私の権限が一番上なんでしょ?」
《肯定します》
「なら、王にならない私にも、守るための権限はある」
カコの金色の髪と瞳が、さらに強い光を放った。
【認めぬ】
「まだ、あなた一人が決めるの?」
【何】
「さっきまでは、そうだった」
床に浮かぶ表示が再び変化した。
【旧王命令層 _ _ 優先率四十九パーセント】
【現存王統者カコ _ _ 優先率五十一パーセント】
優先率が逆転した。
差は、わずか二パーセントしかない。
それでも、その差が回廊の空気を大きく変えた。
床を走っていた赤い命令線の一部が、一斉に金色へ変わっていく。
【警告】
【現存王統者の管理優先率が旧王命令層を上回りました】
【下層総合制御室前門制御 _ _ 再照合】
【旧王命令層 _ _ 開門拒否】
【現存王統者カコ _ _ 開門要求】
【優先権判定 _ _ 実行】
カコが巨大な扉を見上げた。
「開いて!」
今度は、旧王の声が返らなかった。
【現存王統者の命令 _ _ 限定優先】
【下層総合制御室前門 _ _ 開放】
重い機械音が回廊へ響き、巨大な漆黒の扉がゆっくりと左右へ開き始めた。
「……開いた」
カコが小さく呟く。
その金色の髪と瞳は、今も淡い光を放っていた。
少し遅れて、背後からシュンという鋭い音が二度続けて響いた。
カコの右腿にある黒いケースの前へ金色の光が集まり、その中から守護端末へ投げた二本のノクス・ニードルが姿を現す。
二本の黒い針は空いていた収納部へ収まり、六本すべてがケースへ戻った。
《使用されたノクス・ニードル二本の帰還を確認しました》
カコはケースを見て、二本の針が戻っていることを確かめた。
俺はその横顔を静かに見つめる。
カコは王になったわけでも、玉座を受け入れたわけでもない。
むしろ、自分の意思ではっきりと王位を拒んだ。
それでも、今を生きている王統者として、すでに死んだ王の命令を押し返したのだ。
「カコ、髪」
「髪?」
カコは自分の髪を一房つまみ、そこで初めて完全な金色へ変わっていることに気づいたらしい。
「……金色」
「瞳もだ」
「変?」
「いや。すごく似合ってる」
俺が正直に答えると、カコがその場で固まった。
「……今、それを言う?」
「聞かれたから!」
金色の髪の間から覗く耳が、少しずつ赤くなる。
『我が主』
「何だよ」
『王の命令を打ち破った直後に、何をいちゃついている』
「俺が悪いのか!?」
《会話の継続より、下層総合制御室への進入を推奨します》
「お前まで!」
カコが巨大な扉の向こうへ顔を向けた。
「行くよ」
「あ、はい」
「先生を助ける」
「はい」
「ケイとは、あとで話す」
「何を!?」
カコは答えず、開いた扉へ向かって歩き始めた。
◇
俺たちが巨大な扉を越えると、その先には広大な円形の空間が広がっていた。
床全体には金色と赤い命令線が複雑に走り、周囲の壁にも同じ色の無数の文字が浮かんでいる。
中央には、天井まで届くほど巨大な漆黒の制御柱がそびえ立っていた。
その表面を金色と赤い光が絶えず上昇し、途中でぶつかるたびに激しく明滅している。
さらに奥には、冷たい金色の光で縁取られた王冠型の制御装置が、床から離れた状態で浮かんでいた。
《下層総合制御室です》
「ここが……」
《中央制御柱へ接続できれば、第三封鎖牢に対する拘束命令の解除を試行できます》
「先生を助けられる?」
《可能性は大きく上昇しました》
「今のカコの権限なら、解除できるのか?」
《不明です》
「そこは肯定じゃないのかよ」
《旧王命令層との競合が継続しています》
その言葉と同時に、室内の表示が一斉に切り替わった。
【下層総合制御室進入 _ _ 確認】
【対象 _ _ カコ】
【王位継承 _ _ 拒否済み】
【旧王命令層分類 _ _ 反逆継承者】
【王統管理系統分類 _ _ 現存最上位王統者】
【権限競合 _ _ 継続】
【施設統治権限 _ _ 未確定】
「二つの呼び方がある」
《肯定します》
《現在、旧王命令層と王統管理系統で、カコに対する認識が一致していません》
「だから片方では反逆継承者で、もう片方では現存最上位王統者なのか」
《肯定します》
『面白いではないか』
ミメシスが低く笑った。
『死した王と、生きた継承者』
『どちらが上か、ここで決めればよい』
「簡単に言うなよ」




