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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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第103話 反逆継承者は、複数の保護対象を指定します

 下層総合制御室の奥で、金色の光に縁取られた王冠型の制御装置が強く輝いた。


 それまで壁や床を流れていた金色の文字が止まり、広大な室内が一瞬だけ静まり返る。


【よく来た、反逆継承者】


 王冠型の制御装置から、旧王の低い声が響いた。


 下層総合制御室へ入ることを許したというより、ここまで来た俺たちを待ち受けていたような声だった。


【王位を拒み、なお王の力を求めるか】


「王の力が欲しいんじゃない」


 カコは金色へ変わった瞳を逸らさず、王冠型の制御装置を正面から見返した。


【ならば、何を求める】


「先生を助ける」


 カコの返事は短かった。


 だが、その言葉に迷いはなかった。


 次の瞬間、中央制御柱を囲む金色と赤い命令線が激しく明滅した。


 下層総合制御室の四方へ光が集まり、カコを取り囲むように四つの巨大な立体表示を作り出す。


 最初の表示に映ったのは、幾重もの拘束機構に覆われた漆黒の牢だった。


【第三封鎖牢】


【拘束対象生命反応 _ _ 継続】


 牢の中央には、複数の金色の鎖に拘束された人影が見える。


 顔までは確認できない。


 それでも、あの場所に先生が捕らえられていることは分かった。


「先生……」


 カコの声がわずかに震えた。


 二つ目の表示には、カコが先生と暮らしていた森と家、その周囲を覆う巨大な結界が映し出された。


【居住領域結界】


【結界維持率 _ _ 低下】


 森を包む透明な結界には細い亀裂が走り、その一部から光が失われている。


 結界の中には、カコが暮らしていた家や畑も見えた。


 三つ目の表示には、森の外にある北方集落が映っている。


【北方集落】


【外縁監視機能 _ _ 不安定】


 集落を囲む塀や門、その内側に並ぶ家々が小さく映し出されていた。


 道を歩く村人たちや、集会所の近くを走る子供たちの姿も見える。


 ルカやラウルさんたちがいる村だ。


 そして、最後の表示へ俺の姿が浮かび上がった。


【異界生命体ケイ】


【生命状態 _ _ 継続】


【旧王命令層分類 _ _ 排除対象】


「……俺も入ってる」


『光栄だな、我が主』


「絶対に違う」


 旧王は、俺たちの言葉には構わず問いを続けた。


【第三封鎖牢の拘束対象を救うか】


【居住領域結界を守るか】


【北方集落を守るか】


【異界生命体ケイを守るか】


【選べ】


 四つの立体表示から赤い光が伸び、中央制御柱へ集まっていく。


【保護対象優先順位 _ _ 指定要求】


【選択可能対象 _ _ 一】


「一つしか選べないのか?」


《旧王命令層は、カコに一つの対象を最優先として指定させようとしています》


「ほかの三つはどうなる?」


《表示内容だけでは断定できません》


《ただし、最優先対象に指定されなかった三つは、旧王命令層による保護対象から除外される可能性があります》


「それは、選ばなかったものを見捨てろってことじゃないか」


《その解釈を否定できません》


 コーデックスの答えを聞き、俺は四つの表示を見回した。


 先生。


 カコの家と森を包む結界。


 ルカたちが暮らす村。


 そして、俺。


 どれか一つを助けるために、残る三つを諦めろと旧王は迫っている。


 もし俺が選べと言われたなら、先生を助けろと答えるべきなのかもしれない。


 俺自身を選ぶ必要はない。


 だが、ここで俺がそう言えば、それも結局はカコへ一つの選択を押しつけることになる。


 俺は口を閉じたまま、カコの答えを待った。


 カコは空中に浮かぶ四つの表示を、一つずつ見つめていた。


 一か月の管理者教育でも、似たような問いを何度も向けられている。


 使える力が限られている場合、誰を、どの場所を、何から優先して守るのか。


 すべてを同時に守れないなら、何かを選ばなければならない。


 そのたびにカコは、同じ答えを返していた。


 全部を守れる方法を探す、と。


 少し前までのカコには、施設から命じられた選択そのものを拒む力がなかった。


 旧王命令層が決めた規則に従い、提示された選択肢の中から答えを選ぶしかなかったのかもしれない。


 だが、今は違う。


 カコの足元へ金色の王統紋が浮かび上がった。


 そこから一本の金色の光が床を走り、中央にそびえる漆黒の制御柱へ向かって伸びていく。


【現存最上位王統者 _ _ 管理接続要求】


【接続処理 _ _ 開始】


 金色の光が中央制御柱へ触れた。


 接続が成立すると、床を伸びていた光の線は薄れ、代わりに制御柱の表面へ金色の光が広がっていく。


 旧王命令層を示す赤い光と、カコの管理権限を示す金色の光。


 二つの力が同じ制御柱の中で激しくぶつかり合い、互いを押し返し始めた。


「ケイ」


「どうした?」


「今は、一方的じゃない」


 カコは中央制御柱を見上げたまま言った。


 先ほどまでは、旧王命令層から拒否されれば、それ以上進むことができなかった。


 だが今は、カコ自身の命令も下層総合制御室へ届いている。


「ああ」


 俺は四つの立体表示へ目を向けた。


「だから、カコが決めていい」


「うん」


 カコは小さくうなずき、改めて四つの表示へ向き直った。


 先生のいる第三封鎖牢。


 ひび割れた居住領域結界。


 ルカたちが暮らす北方集落。


 最後に、俺の姿が映った表示。


 そのすべてを確かめてから、カコは王冠型の制御装置へ顔を向けた。


「だったら、全部助ける方法を探す」


 金色の髪と瞳が、さらに強く輝いた。


 カコの足元に浮かぶ王統紋から光が広がり、四つの立体表示を同時に包み込んでいく。


【優先対象 _ _ 識別不能】


【単一対象指定 _ _ 要求】


【再入力要求】


「一つには決めない」


【不可能だ】


 旧王の声が、下層総合制御室全体を震わせた。


【すべてを守ることはできない】


【王とは、選ぶ者だ】


【守るものと、切り捨てるものを決定する者だ】


 その言葉を聞いた瞬間、昇降台で見た古い立体映像が脳裏に浮かんだ。


 金色の玉座。


 その前で、一人も顔を上げることなく頭を下げていた無数の人々。


 旧王にとっては、誰かを切り捨てることも王の役目だったのだろう。


 だからこそ、選ばれる側の意思など必要としていなかった。


「それも、あなた一人ではもう決められない」


 カコが旧王の声を遮った。


【何】


「私の守りたいものは、私が決める」


 カコが右手を中央制御柱へ向けた。


 金色の光が一気に強まり、柱の中を流れていた赤い命令線へ食い込んでいく。


【現存王統者カコ _ _ 複数対象保護要求】


【第三封鎖牢拘束対象 _ _ 保護対象指定】


【居住領域結界 _ _ 保護対象指定】


【北方集落 _ _ 保護対象指定】


【異界生命体ケイ _ _ 保護対象指定】


【旧王命令層 _ _ 要求拒否】


【王統管理系統 _ _ 要求受理】


【管理命令 _ _ 競合】


 中央制御柱の半分が赤く染まり、残る半分が金色に輝いた。


 柱の内側で二色の命令線が激しく絡み合い、接触するたびに青白い火花が周囲へ飛び散る。


 旧王の命令は、まだ完全には消えていない。


 カコもまた、この場所のすべてを支配できるわけではなかった。


 四つの立体表示も消えず、どれを選ぶのか問い続けるように浮かんでいる。


 それでも、カコはもう表示された選択肢に従おうとはしなかった。


 王位を拒み、玉座へ座ることを選ばなくても、自分の意思でこの場所に立っている。


 先生を助ける。


 結界を直す。


 村を守る。


 俺とも一緒にいる。


 そのどれか一つではなく、すべてを実現する方法を見つけるために。


 そして今、死んだ王だけがすべてを決めていた時代が、初めて大きく揺らぎ始めていた。

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