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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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第104話 反逆者の娘は、旧王の言葉を信じません

 下層総合制御室の中央には、先ほど現れた四つの巨大な表示が浮かび続けていた。


【第三封鎖牢】


【居住領域結界】


【北方集落】


【異界生命体ケイ】


 先生を救い、結界を直し、村を守る。


 そして、俺を生かす。


 旧王がカコへ突きつけたのは、どれか一つだけを選び、残る三つを捨てろという決定だった。


【選べ】


 冷たい声が、巨大な円形空間へ重く響き渡る。


 中央制御柱の半分を満たす金色の光へ、残る半分から伸びた赤い旧王命令線が何度も絡みついていた。


 赤い線が金色の領域を侵食しようとするたび、制御柱の内側で強い光が弾ける。


 それでも金色の光は消えず、旧王の命令を押し返していた。


「全部、助ける方法を探す」


【不可能だ】


「それも、あなた一人ではもう決められない」


 カコが言い返した瞬間、中央制御柱の金色の部分がさらに強く輝いた。


 赤と金色の境界で細かな光が激しく弾け、総合制御室全体が小さく振動する。


 旧王の命令は、まだ消えていない。


 だが、カコの意思を無視して、すべてを一方的に決めることもできなくなっていた。


【ならば証明せよ】


 総合制御室の奥にある王冠型の制御装置が、ゆっくりと光を強めた。


 その光に呼応し、制御装置のさらに奥にある壁へ一本の金色の線が走る。


 直後、冷たい金色で縁取られた漆黒の扉が、音もなく左右へ開き始めた。


「……今度は何だ?」


《全書系列端末は開門要求を行っていません》


『罠だな』


「俺もそう思う」


 扉の向こうには、深い暗闇が広がっていた。


 下層総合制御室のように無数の表示が浮かんでいるわけではない。


 青白い照明もなく、奥に何か一つだけが、冷たい金色の光に照らされている。


 目を凝らすと、それは玉座だった。


 金色で縁取られた漆黒の玉座が、暗闇の奥に浮かぶように置かれている。


 昇降台で見た古い立体映像の玉座と、よく似た形だった。


【入れ】


【反逆継承者カコに、最後の機会を与える】


 旧王の声が響いても、カコはその場から動かなかった。


「何の機会?」


【正しき道を選ぶための機会だ】


「いらない」


「即答だな」


 迷う様子さえないカコの返事に、俺は思わず呟いた。


【賢者を救いたくはないのか】


 先生を示す言葉が出た瞬間、カコの表情がわずかに揺れた。


【北方集落を守りたくはないのか】


【居住領域の結界を修復したくはないのか】


【その異界生命体を失いたくはないのか】


 カコがゆっくりと俺へ顔を向けた。


 完全な金色へ変わった瞳が、まっすぐに俺を捉える。


「そういえば、まだ聞いてない」


「何を?」


「ケイが異界生命体って呼ばれてる理由」


「……今は、先生を助ける方が先だ」


「あとで話す?」


「ああ」


「全部?」


「俺に分かる範囲なら」


 カコはじっと俺を見つめたまま、しばらく動かなかった。


「絶対、あとで聞く」


「……分かった」


『我が主が異界生命体であることに、今さら何の問題がある?』


「お前は黙ってろ」


《現在のところ、ケイの生物分類を確定できる情報は不足しています》


「コーデックスまで今は説明しなくていい!」


 カコはまだ少し納得していない様子だったが、再び玉座室の奥へ目を向けた。


【全てを望むならば、入れ】


 暗闇の奥に置かれた玉座が、カコを呼ぶように金色の光を強める。


 カコは開かれた玉座室をじっと見つめ、それから俺の手を強く握った。


「ケイも一緒」


【不要だ】


「じゃあ、入らない」


【これは王統継承者のみが交わす話だ】


「一人では入らない」


【異界生命体は玉座室への進入資格を持たぬ】


「だったら、話さない」


 旧王の声が途切れた。


 俺も何も言わないまま、カコと旧王の根比べを見守る。


 数秒が過ぎても、カコは俺の手を放そうとしなかった。


『我が主』


「何だ?」


『小娘は、旧王より頑固なのではないか?』


「俺も今、そう思ってた」


《同意します》


「三人とも、うるさい」


【……随伴者一名の入室を限定許可】


 通った。


「折れたぞ、旧王が」


『小娘の勝ちだな』


 カコはそれでも動かなかった。


「コーデックスとミメシスも一緒」


【それらは物品だ】


『誰が物品だ!』


《施設管理上の分類としては、完全には否定できません》


『紙束! 貴様はどちらの味方だ!』


《分類上の事実を述べています》


「だったら、一緒に入っても問題ないよね」


【……】


「服と同じで、物品なら持ち込めるでしょ?」


 王冠型の制御装置へ浮かんでいた金色の光が、一瞬だけ大きく揺れた。


 旧王が何を考えているのかは分からない。


 だが、カコの理屈へすぐに言い返せないらしいことだけは分かった。


【全書系列端末および対王権用模倣武装の携行を限定許可】


【入れ】


「完全に諦めたな」


『見事だ、小娘』


「自分の目で確かめる」


 カコが俺の手をつかんだまま歩き始める。


 俺も無銘刃となったミメシスを手にし、周囲へ注意を向けながらカコと並んだ。


 コーデックスもカコのそばへ浮かび、青白い光で扉の向こうを照らす。


 俺たちは誰一人として残らず、開かれた玉座室へ足を踏み入れた。


     ◇


 玉座室は広かった。


 しかし、下層総合制御室とは違い、驚くほど何も置かれていない。


 どこまでも広がる鏡のような漆黒の床。


 見上げても端がよく見えないほど高い天井。


 そして、正面の奥に置かれた一つの玉座。


 装飾らしいものはほとんどなく、この巨大な空間そのものが、玉座だけを目立たせるために作られているようだった。


 俺たちの足音が、広い室内へ何度も反響する。


 壁際には、歴代の王を思わせる人影が何十体も並んでいた。


 どれも長い衣をまとい、頭上へ王冠を浮かべている。


 だが、すべての像に顔がなかった。


 誰がどの王だったのかを見分けられるものは、何一つ残されていない。


「……何だ、これ」


《歴代王位者を象徴化した記録像と推測します》


「何で顔がないんだ?」


《王位継承後の個人情報は、大幅に制限されていた可能性があります》


「王になったら、誰だったか分からなくなるの?」


《完全な消失を意味するとは断定できません》


《ただし、この区画では個人よりも王位そのものが優先されているようです》


 カコが一番近くにある顔のない像を見上げた。


 並んでいる像は、背丈も衣の形も少しずつ異なっている。


 それでも顔がないせいで、一人一人の違いはほとんど感じられなかった。


 昇降台で見た古い立体映像では、大勢の人々が同じ姿勢で王へ頭を下げていた。


 この場所では、王たちの方が同じ姿へ変えられている。


「みんな、同じに見える」


「ああ」


【王とは個人ではない】


 玉座の前へ金色の光が集まり始めた。


 細かな光が人の輪郭を作り、やがて黒い衣と冷たい金色の装飾をまとった姿へ変わっていく。


 その頭上へ金色の王冠が浮かび、旧王の記録人格がゆっくりと姿を現した。


 顔は光に覆われておらず、年老いた男のものだった。


 鋭い目が、玉座ではなく、その前に立つカコへ向けられている。


【国を維持するための意思】


【文明を存続させるための器】


【それが王だ】


 旧王の後ろには、何代もの王が座ってきたはずの玉座がある。


 だが、壁際に並ぶ顔のない像を見たあとでは、玉座に座ることが王になることだとは思えなかった。


 あそこへ座った者は、一人の人間であることを許されなくなる。


 王という同じ形へ押し込められ、旧王の意思のように受け継ぐ器へ変えられてしまう。


 そんな場所に見えた。


「私は、誰かを捨てるための器にはなりたくない」


【故に未熟なのだ】


「未熟でも、自分で考えて決めたい」


【お前には力がある】


【王の力を持つ者には、それを用いる義務がある】


「力があるからって、あなたの望む王になる理由にはならない」


【義務から逃れることは許されぬ】


「それを決めるのは、あなたじゃない」


【お前には、王の血が流れている】


 カコの表情が固くなった。


 銀白色だった髪は金色に輝き、その瞳もまた旧王と同じ色へ変わっている。


 それでも、二人が同じ存在には見えなかった。


 旧王の金色は、周囲を従わせるための冷たい光だった。


 カコの金色は、自分の意思を押しつぶそうとする力へ抵抗するために輝いている。


【その血を受けながら、お前の父母も王権に従うことを拒んだ】


「……私の、お父さんとお母さん?」


 カコが目を見開いた。


 俺も玉座の前に立つ旧王へ視線を向ける。


【あの者たちは王権の継承を拒み、幽閉されてもなお、王権への服従を拒絶した】


 カコは鞄へ手を入れ、先生の手帳を取り出した。


 両手で手帳を包み込み、自分の胸へ強く抱き寄せる。


「幽閉……?」


 カコは自分の両親について、ほとんど何も知らない。


 先生が知っていたとしても、これまで詳しく教えられてはいなかった。


 その両親が王家の血を引き、旧王へ逆らったために幽閉された。


 旧王の言葉を信じるなら、そういうことになる。


「待て」


 俺はカコをかばうように一歩前へ出た。


「それは事実なのか?」


【そう伝えられている】


「伝えられている?」


 旧王はそれ以上答えなかった。


 だが、今の言い方には明らかな違和感がある。


 自分が直接見たとも、当時の記録が完全に残っているとも言っていない。


 こいつが語っているのは、過去から伝えられた記録か、王権にとって都合よく整理された歴史にすぎない可能性がある。


「お父さんとお母さんは、反逆者だったの?」


【歴史上、その系統は反逆者として分類されている】


「私は、あなたに聞いてる」


【同じことだ】


「違う。私は本当のことを聞いてる」


 カコは先生の手帳を抱いたまま、旧王をまっすぐに見返した。


 その声には、両親のことを突然聞かされた動揺が残っている。


 それでも、旧王から目を逸らすことはなかった。


【歴史こそが真実だ】


「それなら、自分で調べる」


【必要ない】


【お前は残された歴史を受け入れればよい】


「受け入れるかどうかを決めるのは私」


 カコの髪を走る金色の光が強くなる。


「だから、自分で調べる」


【調べた末に、同じ答えへ至る】


「それでも、自分で確かめる」


 旧王の輪郭がわずかに揺れた。


 光で作られた顔に大きな変化はない。


 それでも、その反応から怒っていることは俺にも分かった。


 カコは命令に従わない。


 旧王が用意した選択肢から一つを選ぶことも、与えられた答えをそのまま真実として受け入れることもしなかった。


 王位を拒みながら、王統の力だけを自分の意思で使おうとしている。


 歴史に反逆者と記された両親のことさえ、旧王の言葉だけで決めつけようとはしない。


 自分で調べ、自分で確かめ、自分の意思で答えを選ぶ。


 その姿勢こそ、受け継がれてきた王の命令だけですべてを決めてきた旧王が、最も嫌うものだった。

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