第105話 旧王に追い出された直後、ミメシスが勝手に新しい武器を模倣していました
旧王の記録人格の輪郭が、怒りを表すようにわずかに揺れた。
カコは与えられた歴史を、そのまま真実として受け入れようとしなかった。
自分で調べ、自分の目で確かめる。
その答えが、旧王には認められないらしい。
【ならば、選べ】
低い声が響いた直後、玉座室の空気が一変した。
冷たい金色の光が漆黒の床を走り、玉座の周囲へ四つの巨大な表示を作り出す。
【第三封鎖牢】
【拘束対象 _ _ 賢者】
先生を示す表示を見た瞬間、カコの肩がわずかに揺れた。
【居住領域結界】
【結界損傷 _ _ 継続】
【北方集落】
【外縁監視機能 _ _ 不安定】
カコが暮らしていた森を守る結界。
俺たちが帰ると約束した村。
どちらも、このまま放置していいものではない。
そして最後の表示が、俺たちの正面へ浮かび上がった。
【異界生命体ケイ】
【旧王命令層分類 _ _ 排除対象】
【排除処理 _ _ 待機】
「……やっぱり俺も入ってるな」
カコが金色の瞳で俺を見る。
だが、前のように異界生命体と呼ばれている理由を尋ねることはなかった。
あとで必ず説明すると、すでに約束させられている。
「ケイは排除させない」
「ああ。俺も排除されるつもりはない」
『我が主を排除できると思っている時点で、この旧王は何も分かっておらぬ!』
「今は余計な挑発をするな」
【一つを選べ】
旧王の声が玉座室の隅々まで満たす。
【賢者を救うか】
【居住領域結界を修復するか】
【北方集落を守るか】
【その男を生かすか】
先ほど下層総合制御室で突きつけられたものと、同じ選択だった。
それでも旧王は、カコがいつか答えを変えると考えているらしい。
「どれも諦めない」
【不可能だ】
「じゃあ、できる方法を探す」
【そのような方法は存在しない】
「本当にないのか、自分で確かめる」
【無駄だ】
「やってみないと分からない」
【王は、そのような不確実な希望に国を委ねぬ】
「だから、王にはならない」
【……また、それか】
「何度聞かれても、答えは同じ」
カコは先生の手帳を胸へ抱いたまま、旧王を正面から見返していた。
金色に変わった髪も瞳も旧王と同じ王統の力を示している。
だが、同じ力を持っていても、その考え方はまったく違っていた。
【賢者を捨てれば、結界と集落を維持できる】
「先生を見捨てるなんて、できない」
【北方集落を捨てれば、賢者を救う余力を得られる】
「村の人たちを犠牲にもできない」
【異界生命体一人を捨てるだけでもよい】
「ケイは絶対に捨てない」
カコの声には、一切の迷いがなかった。
先生も、結界も、村も、俺も。
誰かを選んで残すのではなく、全員を助ける方法を探す。
それはカコが管理者教育を受けていた頃から、何度も口にしてきた答えだった。
【ならば玉座に座れ】
漆黒の玉座が冷たい金色に輝いた。
床を走る光が玉座の前へ集まり、カコを迎え入れるための道を作る。
【全てを選ぶ権限を与える】
「そんな権限がなくても、自分で選ぶ」
【全てを救うための力を与える】
「あなたの望む王になる代わりにもらう力なら、いらない」
【国を与える】
「国が欲しくて、ここまで来たんじゃない」
【王となれ】
「私は、あなたの望む王にはならない」
カコが拒絶するたびに、玉座を包む金色の光が大きく揺らいだ。
旧王はカコへ力を与えようとしているのではない。
王という器へ押し込み、自分の命令に従う後継者へ変えようとしている。
そのことが、もうカコにも分かっているのだろう。
『完全に嫌われているぞ、王よ』
「お前、楽しそうだな」
『非常に楽しい』
【ならば出て行け】
「言われなくても、もうここに用はない」
【二度と玉座室へ入る資格は与えぬ】
「そんな資格がなくても、私は自分のやることを決められる」
「カコ、強いな……」
俺だったら、これほど強い口調で旧王へ言い返せたか分からない。
だが、カコは先生の手帳を抱いたまま、一歩も引かなかった。
その直後だった。
【排除】
玉座室の床全体が、白い光を放った。
「え?」
《強制転送反応を確認しました》
「先に言え!」
《今、確認しました》
光は俺たちの足元から急速に広がり、全身を包み込もうとしている。
同時に、玉座室の左右の壁が音もなく開いた。
壁の内側から現れたのは、二本の黒い柄だった。
刃はなく、柄だけが宙へ浮かんでいる。
「何だ、あれ?」
『剣……いや、柄だけか?』
二本の黒い柄が、それぞれ俺とカコへ切っ先を向けるように傾いた。
次の瞬間、その先端から金色の光が伸びた。
細長い光は空中で凝縮され、音もなくまっすぐな刀身を形作っていく。
実体のない光に見える。
それでも、あの刃が危険なものだということだけは、見ただけで分かった。
《該当する武装情報がありません》
「コーデックスにも分からないのかよ!」
《解析を開始します》
二本の光剣が同時に動いた。
柄だけで宙を飛び、金色の光刃をこちらへ向けて一直線に迫ってくる。
「カコ、下がれ!」
俺はカコの前へ出て、ミメシスの無銘刃を両手で構えた。
一本目の光剣が、俺の胸を狙って突き出される。
避ければ、その後ろにいるカコへ届く。
俺は無銘刃を斜めに構え、迫る光刃を正面から受け止めた。
キュィーン!
金属同士がぶつかる音ではない。
耳の奥まで突き抜け、頭の中を直接揺さぶるような甲高い音が響いた。
金色の光刃がミメシスの黒い刀身を滑る。
接触した場所から細かな光が弾け、黒い表面へ一本の金色の筋が残った。
『……っ!』
「ミメシス?」
『何でもない!』
明らかに何でもない声ではなかった。
だが、問い直す余裕はない。
俺が一本目を受け止めている間に、もう一本の光剣が大きく軌道を変えた。
狙われているのはカコだ。
「通さない!」
カコが先生の手帳を抱いたまま右手を突き出した。
俺たちの前へ金色の結界が広がり、迫る光剣を受け止める。
バァン!
光剣の切っ先が結界の表面へ突き刺さった。
結界全体が激しく波打ち、接触した一点から細い亀裂が一気に広がっていく。
「結界まで斬るのか!?」
《解析結果を更新します》
《高密度魂力を刃状に固定した武装と推測します》
《物理構造だけではなく、魂力によって形成された構造へ直接干渉しています》
「今分かったのか!」
《直前の接触によって確認しました》
カコの結界へ走る亀裂が、さらに大きく広がった。
「ずっとは止められない!」
「十分だ!」
俺は受け止めていた光剣を無銘刃で横へ押し流した。
金色の刃が俺の肩すれすれを通過し、空中で素早く向きを変える。
再び襲ってくる前に、足元の転送光が強さを増した。
【排除】
旧王の声と同時に、床から立ち上がった白い光が俺たちの腰まで届く。
「カコ、離れるな!」
「離れない!」
俺がカコの手をつかむと、カコも先生の手帳を抱えたまま強く握り返した。
コーデックスも開いたページを激しく動かし、すぐに俺たちのそばへ飛び込んでくる。
ミメシスを握ったまま、俺の身体も白い光に包まれた。
足元の感覚が消える。
視界が完全に白く染まる直前、二本の光剣が追撃をやめ、何事もなかったように左右の壁へ戻っていくのが見えた。
金色の刀身が消え、黒い柄が開いた壁の内側へ収められる。
直後、壁は音もなく閉じた。
それを見ていたはずのミメシスだけが、なぜか妙に静かだった。
◇
「っ!」
硬い床へ放り出される直前まで、俺とカコの手はつながったままだった。
俺はその手を強く引き、カコの身体を自分の胸へ抱き寄せる。
空中で身体をひねり、カコを抱え込むようにして俺の肩と背中を床へ向けた。
ドンッ!
肩から床へ叩きつけられ、続けて背中へ強い衝撃が走る。
「ぐっ……!」
それでもカコを離さず、抱きしめたまま横へ転がって勢いを逃がした。
身体が止まると、俺はすぐに腕の中のカコへ目を向ける。
「カコ、大丈夫か!」
「うん。ケイが庇ってくれたから」
カコは俺の腕の中で、先生の手帳を胸へ抱えていた。
怪我をした様子がないことを確かめてから、俺はようやくカコを抱いていた腕を緩めた。
「本当に大丈夫か?」
「うん。ケイは?」
「たぶん大丈夫だ」
「たぶん禁止」
「今だけ許してくれ」
肩から落ちたせいで少し痛むが、動かせないほどではない。
周囲を見回すと、俺たちは下層総合制御室へ戻されていた。
目の前には巨大な中央制御柱がそびえ、頭上には金色の王冠型制御装置が浮かんでいる。
制御柱の半分を満たす金色の光も、そこへ絡みつく赤い旧王命令線も、先ほどまでと変わらず互いを押し返していた。
俺たちを吐き出した玉座室への扉が、ゆっくりと閉じ始める。
【最後の機会は失われた】
旧王の声が、下層総合制御室へ響いた。
漆黒の扉が完全に閉じ、金色の境界線も消えていく。
【選べ】
先ほどと同じ四つの表示が、中央制御柱の周囲へ再び浮かび上がった。
先生。
結界。
村。
そして俺。
【排除処理まで _ _ 百八十秒】
「今度は時間制限付きかよ!」
「ケイ」
カコの顔色が目に見えて青ざめた。
金色の瞳が、表示されている数字へ固定される。
「大丈夫だ」
【排除処理まで _ _ 百七十九秒】
「百七十九秒」
「……大丈夫じゃないかもしれない」
「ケイ!」
「でも、まだ三分近くある!」
「少ない!」
「その通りだ!」
何とかカコを落ち着かせようとしたが、数字は今も減り続けている。
俺はミメシスを握り直し、何か使えるものがないか周囲へ目を向けた。
そのとき、ふと違和感に気づく。
玉座室で光剣を受け止めてから、こいつは一言も喋っていない。
「ミメシス」
『何だ』
「静かだな」
『悪いか』
「悪くはないけど、ものすごく怪しい」
『失礼だな!』
「何かした?」
『していない』
あまりに早い即答が、かえって怪しかった。
「本当に?」
『本当だ』
「コーデックス」
《応答します》
「ミメシス、何かした?」
《肯定します》
『紙束!』
「何をしたんだ?」
『何もしていない!』
《玉座室内において、ミメシスが未知武装の情報を取得していました》
「やっぱり何かしてるじゃないか!」
『向こうから我へ触れてきたのだ!』
「だからって、戦ってる最中に勝手に模倣するな!」
『模倣可能な武器が触れてきたのだぞ!』
『模倣しない方が失礼ではないか!』
「誰に対しての礼儀だよ!」
《接触時に、武装識別情報も取得しています》
《名称 _ _ 王権護剣》
《形状情報 _ _ 取得》
《内部構造 _ _ 取得》
《材質情報 _ _ 取得》
《付与性質 _ _ 取得》
《模倣条件 _ _ 達成》
俺は手の中にあるミメシスへ目を落とした。
無銘刃の黒い刀身には、光剣を受け止めたときに残った金色の筋が、今も細く輝いている。
「お前……勝手に模倣したのか?」
『……少しだけだ』
「少しだけって何だよ」
『向こうから触れてきた』
「それはさっき聞いた」
『模倣できそうだった』
「それも聞いた」
『だから模倣した!』
「結局、全部やってるじゃないか!」
ミメシスの刀身が、開き直ったように大きく震えた。
『だが、我が主』
「今度は何だ?」
『あの光刃は、魂力によって作られた構造そのものを斬ることができる』
俺は反射的に、中央制御柱へ絡みついている赤い旧王命令線を見た。
物理的な刃では傷つけられない命令線。
カコの王統権限と衝突しながら、今も施設の各所へ旧王の命令を送り続けている力。
王権護剣が魂力構造へ直接干渉できるなら、あの赤い線にも刃が届くかもしれない。
【排除処理まで _ _ 百六十八秒】
表示の数字は、今も止まらず減り続けていた。
「ミメシス。その武器へ変われるか?」
『当然だ!』
無銘刃の表面から黒い靄が立ち上がる。
同時に、刀身へ残っていた細い金色の筋が、切っ先へ向かってゆっくりと伸び始めた。




