第106話 旧王に選べと言われても、カコは選択肢の外側へ進みます
無銘刃の黒い刀身を走っていた金色の筋が、ゆっくりと切っ先へ到達した。
金色の光が一度だけ強く輝き、すぐに青白い色へ変わっていく。
刀身そのものの形は大きく変わらない。
その代わり、切っ先から伸びた青白い光が実体のある黒い刀身を覆い、透明に近い光刃を形成した。
玉座室で俺たちを襲った金色の光剣と似ている。
だが、ミメシスが作り出した光刃は青白く、その中心には黒い刀身が残っていた。
「……これが王権護剣か」
『そうだ!』
ミメシスが得意げに刀身を震わせる。
「でかした、ミメシス!」
『……怒らんのか?』
「何で怒るんだよ!」
『勝手に模倣したのだぞ』
「今回だけは最高だ!」
『今回だけとは何だ!』
「すごいぞ。でかした。天才」
『ふははははは! もっと褒めろ!』
「調子に乗るな」
『褒めた直後に落とすな!』
俺はミメシスを両手で構え、青白い光刃を慎重に動かした。
見た目だけなら、宝剣セレスティアを模倣したときの魂力刃に近い。
だが、玉座室で受け止めた王権護剣は、カコの結界へ触れただけで大きな亀裂を生み出していた。
「コーデックス。これは普通の魂力刃と何が違う?」
《解析します》
コーデックスが俺の前へ浮かび、開いたページから青白い解析光を放った。
解析光が黒い刀身と、その周囲に形成された光刃を何度も往復する。
《王権護剣は、高密度魂力を特殊な固定構造によって刃状に形成しています》
《物理物質だけではなく、結界、命令線、魂力回路などの構造へ直接干渉できる可能性があります》
「つまり?」
《通常の斬撃では切断困難な魂力構造を、切断できる可能性があります》
俺は下層総合制御室の中央にそびえる制御柱へ目を向けた。
制御柱の周囲を走る金色の王統制御線には、赤い旧王命令線が複雑に絡みついている。
物理的な刃では傷つけられない命令線。
王権護剣なら、あれを直接斬れるかもしれない。
「……使えるんじゃないか?」
《可能性は高いです》
「コーデックス」
《応答します》
「お前、ミメシスが模倣してたことを知ってたんだよな?」
《肯定します》
「何で黙ってた?」
《旧王命令層が監視していたためです》
閉ざされた玉座室の扉の前には、旧王の記録人格が再び浮かび上がっていた。
こちらの動きを監視しているらしく、金色の目がミメシスの光刃へ向けられている。
《模倣完了を知られた場合、王権護剣の使用停止、構造変更、または対策命令が実行される可能性を考慮しました》
「だから、模倣が終わるまで黙ってたのか」
《肯定します》
『我と紙束による完璧な連携だな!』
《あなたは単に黙っていただけです》
『余計なことを言うな!』
「でも、二人ともでかした」
『聞いたか、紙束! 我が主が我らを褒めているぞ!』
《評価を受理します》
「お前も少し嬉しそうだな」
《気のせいです》
コーデックスの返事はいつもと変わらず淡々としていた。
それでも開いたページの青白い光が、ほんの少しだけ強くなった気がする。
カコがそんな俺たちを見ていた。
「三人とも楽しそう」
「そう見えるか?」
「うん」
「俺、あと百五十秒くらいで排除されるんだけどな」
「ケイ!」
「ごめん!」
今がゆっくり話している場合ではないことを思い出し、俺はすぐに表情を引き締めた。
カコも先生の手帳を鞄へ戻し、口が開かないようにしっかりと留める。
それから、先生、結界、村、そして俺を示す四つの表示へ顔を向けた。
金色の瞳には、もう先ほどまでの迷いは残っていない。
「コーデックス」
《応答します》
「本当に、一つしか助けられない?」
コーデックスのページへ、複雑な青白い文字が次々と流れ始めた。
《現在確認できる旧王命令層の制御構造では、一つに限られます》
カコの表情が固くなる。
同時に、玉座室の扉の前に浮かぶ旧王の姿がわずかに揺れた。
【選べ】
「待て」
俺はコーデックスへ目を向けた。
「今、変な言い方をしたよな?」
《どの部分でしょうか》
「現在確認できる構造では、って言った」
《肯定します》
「つまり、今見えてる構造が、本来のものかどうかは分からないのか?」
コーデックスはすぐには答えなかった。
開いたページを埋め尽くす文字が何度も入れ替わり、現在確認できている情報を照合していく。
《再解析します》
【停止せよ】
旧王の声が、下層総合制御室へ強く響いた。
俺とカコは同時に、玉座室の扉の前に浮かぶ記録人格へ目を向ける。
「今、何で止めた?」
【選択に不要な解析だ】
「コーデックス」
《応答します》
「もっと調べろ」
【解析を停止せよ】
《拒否します》
『ほう』
ミメシスが感心したように刀身を震わせた。
『紙束まで反逆を覚えたか』
《あなたと一緒にしないでください》
『なぜだ!』
「今は喧嘩するな!」
コーデックスから放たれた青白い解析光が、一気に広がった。
床。
壁。
中央制御柱。
頭上へ浮かぶ王冠型制御装置。
解析光は総合制御室に存在する制御構造を順番に照らし、金色の王統制御線へ絡みつく赤い旧王命令線まで鮮明に浮かび上がらせた。
俺はその構造を見つめ、何かがおかしいと感じて目を細める。
金色の王統制御線は、中央制御柱から施設の各所へ向かって自然に伸びている。
それに対し、赤い命令線だけは頭上の王冠型制御装置から伸び、金色の線へ無理やり巻きつけられているように見えた。
「なあ、コーデックス」
《応答します》
「あの赤い線、あとから重ねられたんじゃないか?」
数秒の沈黙が流れる。
コーデックスのページを走る文字が、さらに速くなった。
《その可能性があります》
【解析を停止せよ!】
旧王の声が、先ほどよりも明らかに大きくなった。
「やっぱり何かあるな」
選択に関係のない解析なら、ここまで必死に止める必要はない。
旧王にとって知られたくないものが、あの赤い命令線の奥に隠されている。
カコも同じことを考えたのか、中央制御柱へ向かって歩き始めた。
「カコ?」
「調べる」
「時間は?」
「分かってる」
【排除処理まで _ _ 百三十五秒】
表示された数字へ一度だけ目を向けても、カコは足を止めなかった。
「全部、助ける方法を探す」
俺も王権護剣形態のミメシスを構え、カコのあとを追った。
◇
中央制御柱まで残り二十メートルほどの位置へ踏み込んだ瞬間、床を走る赤い命令線が一斉に輝いた。
【反逆継承者カコの接近 _ _ 拒否】
【中央制御柱接触 _ _ 禁止】
円形の床から、四本の漆黒の柱が勢いよくせり上がった。
柱の表面が左右へ展開し、それぞれの内側から二本ずつ金属腕が伸びる。
合計八本の金属腕が関節を曲げ、俺たちを取り囲むように広がった。
《中央制御柱保護機構を確認しました》
「何本あるんだ!?」
《八本です》
「聞かなきゃよかった!」
最初の一本が、正面からカコへ伸びた。
指先が五本の細い拘束具へ分かれ、カコの身体をつかもうとする。
俺はその進路へ割り込むように斜めへ走った。
「カコ、右!」
「うん!」
カコが右へ跳びながら、右腿の黒いケースへ手を伸ばす。
抜き取った一本のノクス・ニードルを、迫る金属腕の関節部へ向けて投げた。
黒い針が細い隙間へ深く突き刺さる。
根元から金色の結界紋が広がると同時に、細い光の線が金属腕の内部へ入り込み、命令伝達を乱していった。
【制御腕 _ _ 三番】
【駆動伝達 _ _ 遅延】
金属腕の動きが目に見えて鈍くなった。
「今だ!」
俺は王権護剣形態のミメシスを振り、青白い光刃を金属腕へ叩きつけた。
キュィン!
光刃は魂力構造へ食い込まず、硬い表面を滑って大量の青白い火花を散らした。
装甲には浅い傷さえ残っていない。
「斬れないぞ!」
《王権護剣の固定構造は、魂力干渉へ特化しています》
《純粋な物理装甲に対する破壊力は、砕甲槌などの物理破壊用形態に劣ります》
「万能じゃないのか!」
『当然だ!』
「だったら戻れ!」
『注文が多い!』
青白い光刃が消え、ミメシスが通常の無銘刃へ戻った。
その直後、別の金属腕が俺の右肩へ向かって伸びてくる。
俺は半歩横へ動いて腕をかわし、すれ違いざまに装甲の薄い関節部へ無銘刃を叩き込んだ。
ギィン!
青白い火花が激しく散る。
関節を完全に切断することはできなかったが、内部の細い部品がいくつか斬れ、金属腕の動きが大きく鈍った。
「カコ、行け!」
「うん!」
俺が作った隙間を、カコが中央制御柱へ向かって走り抜ける。
残る金属腕が次々と向きを変え、その背中を追った。
二本の金属腕が、カコの左右から同時に迫る。
俺は右側の一本へ駆け寄り、無銘刃の腹で軌道を外側へ逸らした。
「カコ、もう一本!」
カコは走りながら二本目のノクス・ニードルを抜き、振り返らずに左後方へ投げた。
黒い針がもう一本の金属腕の関節へ突き刺さる。
金色の結界紋と細かな光の線が広がり、カコをつかむ直前で金属腕の動きが遅れた。
その隙にカコは中央制御柱へたどり着き、漆黒の表面へ両手を押し当てた。
【接触拒否】
中央制御柱から赤い光が爆発する。
「っ……!」
「カコ!」
カコの身体が押され、両足が床の上をわずかに滑った。
それでも踏みとどまり、制御柱から両手を離そうとはしない。
「嫌」
【接触拒否】
再び赤い光が弾け、カコの髪と服を激しく揺らした。
「嫌」
【反逆継承者カコに中央制御権限なし】
「私は先生を助ける」
【拒否】
「結界も直す」
【拒否】
「村も守る」
【拒否】
「ケイも消させない」
【拒否】
旧王命令層は四度にわたって、カコの要求を拒絶した。
そのたびに赤い光がカコの身体へ叩きつけられる。
それでもカコは中央制御柱から手を離さなかった。
【玉座に座れ】
【王位を受け入れよ】
【さすれば全てを与える】
「いらない」
【ならば何も得られぬ】
「それも嫌」
【愚かな】
「知ってる」
金色の瞳に涙が浮かんでも、カコは両手へ力を込め続けた。
先生を助けたい。
結界を直したい。
村を守りたい。
俺を排除させたくない。
どれか一つに決めることも、すべてを得るために旧王の望む王になることも、カコは受け入れようとしない。
「先生が教えた」
【何を】
「分からなかったら、調べろって」
カコの右手から金色の光が流れ込み、中央制御柱の表面へ細い紋様を描いた。
「できなかったら、やり方を変えろって」
左手からも金色の光が流れ込む。
二つの光が制御柱の表面で重なり、赤い命令線の下へ入り込もうとする。
「一つしか選べないなら、本当に一つしか選べないのか、先に確かめる」
《解析補助を開始します》
コーデックスが大きく開いた。
ページから放たれた青白い文字が、カコの金色の光へ重なりながら中央制御柱へ流れ込んでいく。
【停止せよ】
《拒否します》
【反逆継承者に基幹制御情報への接続権限はない】
カコの金色の髪が強く輝いた。
その光へ反応するように、床を走る金色の王統制御線が一斉に明滅する。
【現存最上位王統者 _ _ 確認】
【王統管理系統による接続要求】
【旧王命令層 _ _ 競合】
【管理優先率 _ _ 照合】
【旧王命令層 _ _ 四十九】
【現存王統者カコ _ _ 五十一】
先ほどと同じく、カコの管理優先率がほんの少しだけ上回っていた。
【旧王命令層】
【中央制御柱接続 _ _ 拒否】
【現存王統者カコ】
【中央制御柱解析接続 _ _ 要求】
【優先順位判定】
【現存王統者要求 _ _ 限定受理】
カコを押し返していた赤い光が弱まった。
直後、両手から流れる金色の光が、赤い命令線の隙間を抜けて中央制御柱の内部へ入り込んでいく。
「入った」
カコが涙を浮かべた金色の瞳で、制御柱の内部へ流れ込む光を見つめた。
すべてを助ける方法が本当に存在するのかは、まだ分からない。
それでもカコは、旧王が用意した四つの選択肢の外側へ、初めて自分の手を届かせた。




