第107話 王権護剣で、誰かを捨てる命令を斬ります
《解析を継続します》
【停止せよ!】
旧王の怒声が、総合制御室の壁を震わせた。
『随分と焦っているな、王よ』
【黙れ、反逆武装】
『嫌だ』
「今は煽るな!」
『なぜだ! 効いているぞ!』
「効いてるけど!」
金属腕が次々と俺へ襲いかかってきた。
俺は一歩下がり、正面から迫る一本目を無銘刃で横へ受け流す。
ガギン!
刃と金属腕がぶつかり、青白い火花が散った。
続いて横から迫った二本目をしゃがんでかわす。
だが、その陰から伸びてきた三本目までは避けきれなかった。
金属腕の鋭い先端が左脇腹をかすめ、服を裂きながら皮膚へ浅い傷を刻んだ。
「っ……!」
「ケイ!」
「大丈夫! 解析を続けろ!」
「でも!」
「俺はまだいる!」
カコの動きが一瞬止まりかけた。
中央制御柱へ触れていた手から、金色の光がわずかに弱まる。
俺は脇腹の痛みを無視し、すぐに言葉を続けた。
「全部助けるんだろ!」
カコが俺を見つめる。
不安そうに揺れていた金色の瞳が、もう一度強い光を取り戻した。
「うん!」
カコは中央制御柱へ向き直り、両手をしっかりと押し当てた。
その足元から伸びる金色の王統制御線が輝きを増し、中央制御柱の内部へさらに深く入り込んでいく。
《内部構造を確認しました》
《四つの制御系統を検出》
中央制御柱に、巨大な立体構造図が浮かび上がった。
そこには、四つの異なる対象へ伸びる制御経路が示されている。
《第三封鎖牢制御》
《居住領域結界維持制御》
《北方集落監視石防護制御》
《異界生命体管理制御》
四つ目の表示だけが激しく明滅し、すぐに赤黒い文字へ上書きされた。
【異界生命体ケイ】
【排除命令実行中】
「四つとも、別の制御なんだな」
《肯定します》
俺は金属腕の攻撃を無銘刃で弾きながら、立体構造図を見上げた。
中央制御柱からは、本来それぞれ別の方向へ伸びる四本の金色の王統制御線が出ている。
その上には一本の太い赤い命令構造が絡みつき、四本の線を無理やり束ねていた。
まるで別々に動くはずの四つの装置を、一つの鎖でまとめて縛りつけているように見える。
「これ……」
《解析中です》
【解析を停止せよ!】
旧王の声が響き、金色の王統制御線へ赤い光が押し寄せた。
もはや何かを隠そうとする様子すらない。
「コーデックス、急げ!」
《解析を継続します》
【停止せよ!】
「拒否する」
【何だと】
カコが顔を上げ、金色の瞳で旧王の投影をまっすぐ見据えた。
「今度は、私も拒否できる」
中央制御柱の表面へ、二つの要求が並んで表示された。
【旧王命令層】
【解析停止命令】
【現存王統者カコ】
【解析継続要求】
【優先順位判定】
【現存王統者権限率 _ _ 五十一】
【旧王命令層権限率 _ _ 四十九】
【現存王統者要求 _ _ 優先】
旧王の投影が大きく揺れた。
同時に、解析を妨害していた赤い光が押し返される。
《解析を継続します》
青白い文字が四本の金色の王統制御線をたどり、その上に絡みつく赤い旧王命令線と、接続先を次々に調べていく。
その間にも、金属腕の攻撃は止まらない。
ノクス・ニードルが突き刺さった二本は、結界の干渉によって命令の伝達が遅れていて、ほかの腕よりも動きが鈍い。
だが、残る六本は俺を排除しようと、休むことなく攻撃を繰り返していた。
床を這う一本を跳び越え、頭上から振り下ろされた別の一本を無銘刃で受け流す。
さらに背後から迫った金属腕へ蹴りを当て、その反動を利用して中央制御柱から距離を取った。
「まだか!」
《まもなく完了します》
立体構造図の中央で、赤い旧王命令線が大きく脈打った。
そこから細い命令線が四方へ伸び、本来は独立している四つの制御系統へ割り込んでいる。
やがて、四つの系統を無理やり一つへまとめるために追加された処理が、空中へ拡大表示された。
【単一選択処理】
【選択対象以外 _ _ 制御停止】
《解析が完了しました》
「本当に、一つしかできない?」
カコが問いかけると、コーデックスのページに新しい文字が浮かび上がった。
《否定します》
カコが目を見開き、俺も思わず息を止めた。
《確認した四つの制御系統は、本来、それぞれ独立しています》
「やっぱりか!」
《第三封鎖牢の拘束制御》
《居住領域結界の維持制御》
《北方集落監視石の防護制御》
《異界生命体に対する管理制御》
《本来は、いずれか一つを選択することで、ほかの制御が停止する構造ではありません》
「じゃあ……」
《第三封鎖牢の解放》
《居住領域結界および北方集落の防護維持》
《ケイに対する排除命令の解除》
《これらを個別に実行できる可能性があります》
カコが俺へ顔を向けた。
張りつめていた表情がわずかに緩み、俺も思わず笑みを浮かべる。
「あったな」
「うん」
【否定する】
旧王の声が、俺たちの間へ割り込んだ。
【すべてを維持する余力は存在しない】
《訂正します》
今度はコーデックスが、旧王の言葉を遮った。
《問題は、魂力供給の余力ではありません》
『ほう』
《本来独立している四つの制御へ、旧王命令層による追加命令構造が重ねられています》
立体構造図の中で、金色の王統制御線へ絡みついた赤い線が強調された。
《この追加命令構造により、四つの制御系統が強制的に単一選択処理へ統合されています》
「つまり……」
俺は立体構造図を見上げた。
「最初から一つしか選べないわけじゃない」
《肯定します》
「一つしか選べないように、後から作り変えられてる」
《その可能性が極めて高いです》
【黙れ!】
旧王の怒声が、総合制御室を激しく震わせた。
その反応だけで、俺たちの考えが正しいことは十分に分かった。
カコは確信したように、金色の王統制御線へ絡みつく赤黒い旧王命令線を見つめた。
「これを外せばいい?」
《単純な解除は困難です》
「どうして?」
《旧王命令線は、旧王命令層の中枢へ直接接続されています》
《通常の管理命令で解除を試みても、現在の権限競合状態では即座に上書きされる可能性があります》
「命令で消せないなら……」
俺は、手の中にある無銘刃へ目を落とした。
玉座室で新たに模倣した、魂力構造へ干渉する光の刃。
あれなら、赤い旧王命令線そのものを切断できるかもしれない。
「斬れるか?」
《解析します》
青白い解析光が赤い旧王命令線へ集中した。
続いて、切断対象となる部分だけが立体構造図から抜き出され、俺たちの前へ大きく表示される。
《切断できる可能性があります》
「よし」
《ただし》
「やっぱり来た!」
《赤い旧王命令線のみを切断する必要があります》
《下部を通る金色の基幹王統制御線を損傷した場合、四つの制御系統すべてに重大な障害が発生する可能性があります》
赤い旧王命令線と金色の基幹王統制御線の間には、刃一枚分ほどの隙間しかない。
「細かい作業か」
『問題ない』
ミメシスが自信に満ちた声で答えた。
「本当に?」
『我を誰だと思っている』
「勢いで何でも壊そうとする剣」
『違う!』
《おおむね正確です》
『紙束!』
「でも、今回は壊す場所を間違えられない」
『分かっている』
ミメシスの声から、ふざけた調子が消えた。
『我が主』
「何だ?」
『切断位置を示せ』
俺はコーデックスへ目を向けた。
「頼む」
《承知しました》
青白い解析光が、複雑に絡み合った赤い旧王命令線をたどっていく。
その中から、異界生命体ケイと表示された制御系統へ伸びる一本だけが強く照らし出された。
【異界生命体ケイ】
【排除処理まで五十八秒】
赤い数字が一つ減る。
【排除処理まで五十七秒】
「俺からか」
「時間がないから」
「それなら納得だ」
カコが中央制御柱へ両手を置いたまま、俺を見る。
「ケイ、全部助ける」
「ああ、そのつもりだ」
俺はミメシスを両手で構えた。
ミメシスが短く震え、黒い靄が刀身を包み込んだ。
無銘刃から王権護剣を模倣した状態へ切り替わっても、剣そのものの形はほとんど変わらない。
だが、黒い刀身の表面には青白い古代文字が走り、その切っ先から透明に近い光の刃がまっすぐ伸びていく。
《切断対象を表示します》
一本の赤い旧王命令線にだけ、青白い光点が浮かび上がる。
そのすぐ下には、決して傷つけてはいけない金色の基幹王統制御線が走っていた。
『細いな』
「今さら怖いこと言うなよ!」
『だが、斬れる』
「頼むぞ」
『承知した、我が主』
【停止せよ】
旧王の低い声が響いた。
【その命令線を切断すれば】
【王統秩序への反逆となる】
俺は光の刃を構えたまま、旧王の投影を見る。
「今さらだろ」
『まったくだ』
ミメシスが楽しそうに笑う。
だが、カコは笑わなかった。
金色の瞳で、俺をまっすぐ見つめている。
俺は一度だけ、強くうなずいた。
残り時間は、今も減り続けている。
金属腕も停止してはいない。
旧王の命令も、この場所から消えたわけではなかった。
俺は赤い旧王命令線へ狙いを定め、王権護剣の光の刃を振り上げた。
四つのうち一つを捨てることだけが、唯一の答えではない。
それが分かったのなら、あとは斬るだけだ。
誰かを捨てなければ成り立たないように作り変えられた、旧王の命令そのものを。




