第108話 俺を先に助けたいカコと、先生を先に助けたい俺
赤い旧王命令線へ向かって青白い光刃を振り上げた瞬間、中央制御柱へ両手を当てていたカコが振り返った。
金色に変わった瞳が、まっすぐ俺を見つめている。
「最初はケイを助ける」
空中には、俺たちへ選択を迫るように四つの表示が並んでいた。
【第三封鎖牢】
【北方集落】
【居住領域結界】
【異界生命体ケイ】
先生のこと。
村のこと。
俺が斬り裂いた結界のこと。
そして、旧王から排除対象に指定された俺自身のことが表示されている。
その中でも俺の表示だけは赤く明滅し、今も排除処理が続いていることを示していた。
【異界生命体ケイ】
【旧王命令層 _ _ 排除命令継続】
【現存王統者カコ _ _ 保護命令継続】
【権限競合】
【排除処理 _ _ 遅延】
【残存時間 _ _ 再計算中】
同時に、俺を狙っていた金属腕の動きも目に見えて鈍くなった。
赤い光と金色の光が表面を交互に走り、俺へ伸びかけた状態で激しく震えている。
カコの保護命令が、旧王の排除命令を一時的に押し止めているらしい。
俺は振り上げていたミメシスを止め、四つの表示をもう一度見比べた。
「いや、最初は先生からだ。俺はまだこうして立ってるんだから、先に先生を助ける」
「駄目。最初にケイを助ける」
「カコ、でも今は排除処理が止まってるんだろ?」
《訂正します》
《停止しているわけではありません》
《カコの保護命令と旧王命令層の排除命令が競合し、処理速度が大幅に低下している状態です》
《遅延状態が維持される時間は予測できません》
「それでも、すぐに消されるわけじゃないってことだろ?」
「止まってないなら同じ。今もケイを消そうとしてる」
「そう言われると、確かに止まってはいないけどさ」
「ケイ、誤魔化さないで」
カコは俺から目を逸らさなかった。
いつもの柔らかな表情とは違う。
本気で俺を止めようとする険しい顔をしている。
「だったら聞くけど、先生の生命反応は今どうなってる?」
コーデックスのページを青白い文字が走る。
短い沈黙のあと、答えが返ってきた。
《生命反応は微弱です》
その言葉を聞いた瞬間、カコの表情がわずかに強張った。
俺はミメシスを下ろし、王権護剣の光刃を一度消した。
頭上に並ぶ四つの表示を、改めて見上げる。
「だったら、やっぱり先生からだ。その次に村を守って、それから結界を直す」
「じゃあ、ケイはいつ助けるの?」
「俺は最後でいい。三つを終わらせてから助けてもらえばいいだろ」
「それは絶対に嫌」
迷う時間さえなく、カコの返事が返ってきた。
「頼むよ。先生は本当に時間がないかもしれないんだ」
「できない。ケイを最後にはできない」
「カコ、俺ならまだ大丈夫だから」
「それだけは信じない」
「そこまで言い切るのかよ」
「ケイは、大丈夫じゃなくても大丈夫って言うから」
『我が主、これは諦めた方がよいぞ。小娘は完全に聞く耳を持っておらぬ』
《同意します》
「お前たちは一体どっちの味方なんだよ!」
『小娘を怒らせたくない側だ』
《その判断にも同意します》
「本当にこういう時だけ意見が合うな、お前ら!」
いつもなら、カコも少しくらいは笑いそうなやり取りだった。
だが今は、金色の瞳で俺を見つめたまま、笑うことなく静かに問いかけてきた。
「もし、このままケイが消されたらどうするの?」
「そうはならない。俺だって消えるつもりはないからな」
「どうして絶対にそうならないって言えるの?」
「そこまで聞かれると、正直に言えば分からない」
「分からないなら、なおさら先には行かせられない」
赤と金の光に包まれた金属腕が、一度大きく震えた。
止まりかけていた先端が、わずかに俺へ向かって動き始める。
カコの保護命令は、確かに排除処理を遅らせている。
だが、完全に止めているわけではない。
「でも、俺を先に助けている間に先生が間に合わなかったら、俺は絶対に後悔する」
カコの表情が、さらに強張った。
それでも俺は、今考えていることをそのまま伝えるしかなかった。
「先生だけじゃない。村で誰かが死んでも後悔する。結界が壊れたままで、また何か起きても、俺はずっと引きずると思う」
「でも、ケイが消えたら、私はそれよりもっと後悔する」
カコの声が、ほんの少しだけ震えた。
「……ああ。それは分かってる」
「たぶんじゃない。きっと今までで一番後悔する」
「そこまで言われると、本当に困るんだけどな」
「冗談みたいに言わないで。私は本気で怖い」
「悪かった。今のは俺が悪い」
俺がミメシスを握り直すと、先ほど金属腕にかすめられた左脇腹へ鈍い痛みが走った。
「くっ……」
小さく漏れた声を、カコは聞き逃さなかった。
俺の脇腹へ目を向け、さらに険しい表情を浮かべる。
「ほら、怪我もしてる。だから最初にケイを助ける」
「この怪我は大丈夫だ。排除命令とは関係ない」
「また大丈夫って言った」
「今度のは本当に大丈夫だ!」
「信用できない」
「そこまで信用がないのかよ……」
俺は小さく息を吐き、カコの金色の瞳をまっすぐ見返した。
「俺を先に助けたせいで先生が間に合わなかったら、助かったあとで俺自身が一番後悔する。それじゃ意味がないんだ」
「でも……」
「だから、先に先生たちを助けてくれ。その代わり、最後までちゃんと俺も助けてくれ」
カコはすぐには答えなかった。
中央制御柱の内部では、金色の王統制御線と赤い旧王命令線が激しく明滅している。
やがて、カコが小さな声で尋ねた。
「……本当に、絶対に大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ。途中で勝手に消えたりもしない」
「私が助けるまで、ちゃんと生きていて?」
「もちろんだ。ちゃんと生き残るから安心してくれ」
「……約束してくれる?」
「約束する。だから先生から助けよう」
長い沈黙のあと、カコはようやく俺から視線を外した。
四つの表示の中から、第三封鎖牢へ顔を向ける。
「……分かった。最初は先生から助ける」
「ああ、それでいい」
「その次は村を助けて、それから結界を直す」
「その順番でいこう」
カコは最後にもう一度だけ俺を振り返った。
「そのあと、絶対にケイを助ける。だから、ちゃんと待ってて」
「分かった。頼んだぞ」
『我が主、一つ言っておくが、約束を破った場合は我が貴様を斬るぞ』
「俺が消えたあとに、どうやって俺を斬るつもりなんだよ」
『……確かに、それでは斬れぬな』
《発言する前に少しは考えてください》
『紙束にだけは言われたくない!』
「二人とも、今は静かにして」
「はい。俺も黙ります」
『む……承知した』
《了解しました》
珍しく三人とも素直に従うと、カコは中央制御柱へ当てている両手に力を込めた。
足元から伸びる金色の王統制御線が、第三封鎖牢へつながる制御経路へ集中していく。
「コーデックス、最初は先生を助ける。第三封鎖牢を調べて」
《第三封鎖牢に対する旧王命令を解析します》
コーデックスのページからあふれた青白い文字が、中央制御柱へ流れ込んでいく。
その光は柱の内部から下層の深部へ伸び、やがて見えない場所まで到達した。
赤い旧王命令線が解析を拒むように激しく明滅する。
それでも、金色の王統制御線は退かなかった。
しばらくして、コーデックスの声が総合制御室へ響いた。
《発見しました》
《対象命令は、この総合制御室よりさらに下に存在します》




