第109話 先生を縛る拘束命令核を斬ったら、生命反応の低下が止まりました
「その命令が、この下にあるのか?」
その直後、総合制御室全体が大きく震えた。
黒い床の継ぎ目から赤い光が噴き出し、中央制御柱の周囲へ広がっていく。
「何が起きた!?」
《後退してください!》
俺は中央制御柱の前に立つカコを庇うため、一歩前へ出た。
床へ亀裂が走ったように見えたが、すぐにそうではないと気づく。
中央制御柱を囲んでいた何枚もの黒い床板が、機械仕掛けのように左右へ移動していた。
俺を狙っていた八本の金属腕は、今も赤い光と金色の光を交互にまとい、空中で激しく震えている。
カコの保護命令と旧王の排除命令が競合し、動きを大幅に遅らせているらしい。
やがて、開いた床の奥から現れたものを見て、俺は思わず息を呑んだ。
「……何だよ、この鎖は」
人の胴体ほどもある巨大な赤い鎖が、数え切れないほど床の奥から伸びていた。
それぞれの鎖には赤い古代文字が刻まれ、何重にも絡み合いながら総合制御室のさらに下へ続いている。
【拘束】
【沈黙】
【幽閉】
【王統継承者との接触禁止】
【情報伝達禁止】
【施設命令 _ _ 干渉禁止】
「まさか、この鎖全部が先生に関係してるのか?」
《第三封鎖牢に対して実行されている拘束命令です》
その説明を聞き、カコの顔から一気に血の気が引いた。
「先生は、こんなにたくさんの鎖に縛られてるの?」
《物理的に、これらの鎖が身体へ巻きついているわけではありません》
《拘束命令を視認可能な形へ変換して表示しています》
《しかし、これらの命令によって肉体拘束、通信遮断、権限剥奪が同時に実行されています》
【正しき処置である】
突然、旧王の声が総合制御室へ響いた。
【その者は罪人だ】
「先生は罪人なんかじゃない」
【王命に逆らった】
「それが何? 先生が悪いことにはならない」
【継承者を隠し、王位から遠ざけた】
カコの手が止まった。
【正しき教育を拒み、王として育つべき者を民として育てた】
【故に拘束した】
「違う。先生は私を育ててくれただけ」
カコの金色の瞳が、旧王の投影をまっすぐ睨んだ。
「料理も、畑仕事も、薬草も、傷の治し方も、字の読み方も、全部先生が教えてくれた」
【王には不要な知識だ】
「王には必要なくても、私には必要だった」
その言葉に呼応するように、床の奥を走る金色の王統制御線が強く輝いた。
「先生がいなかったら、私は今ここにいない。生きていられなかったかもしれない」
【一人の老人に執着するな】
「嫌」
【捨てよ】
「絶対に嫌」
【王となれ】
「それはもっと嫌」
『これは完全に嫌われたな』
「ミメシス、今は本当に黙ってろ」
『む……今ばかりは仕方あるまい』
そのとき、赤い表示が新たに浮かび上がった。
【拘束強度上昇】
床の下へ伸びていた赤い鎖が、一斉に締まった。
その直後、下層のさらに奥から、巨大な何かが軋むような鈍い音が響く。
【拘束対象生命反応 _ _ 低下】
「先生!」
《旧王命令層が拘束処理を強化しています》
「命令だけで生命反応まで落とせるのかよ!」
《拘束具による肉体への負荷も増加しています》
《この状態が続けば、生命活動へ重大な影響が発生します》
【選べ】
旧王の声が響いた。
【今ならまだ、他を救うことはできる】
「嫌! 先生も助ける!」
カコが、開いた床の奥へ向かって両手を伸ばした。
「先生を縛っているものを、全部ここまで出して!」
「カコ、そんなことができるのか?」
「分からない。でも、見えないなら見えるところまで引っ張り出す」
【拒否】
「その拒否を拒否する!」
【旧王命令層による拒否】
「現存最上位王統者権限で却下する!」
【権限競合】
総合制御室が大きく揺れた。
床の下から何百本もの金色の王統制御線が立ち上がり、巨大な赤い鎖へ次々と巻きついていく。
金色の線は、下層の奥へ続く鎖を総合制御室まで強引に引きずり出そうとしていた。
【何をする】
「先生を助ける。だから、先生から離れて!」
金色の王統制御線が鎖を引き上げる一方で、旧王の命令は反対方向へ強く引き戻している。
巨大な鎖が激しく振動し、一本、また一本と少しずつ床の奥から姿を現した。
カコの足元から広がる金色の光が強くなる。
そのたびに、床の下から引き上げられる赤い鎖の長さも増していった。
「カコ、無理するなよ!」
「まだ大丈夫。もう少し引き出せる!」
その瞬間、中央制御柱とは反対側の黒い床が開いた。
そこから、新たな三本の制御腕が勢いよく飛び出してくる。
「やっぱり邪魔してくるのか!」
『我が主、来るぞ!』
「分かってる!」
俺は手の中にある王権護剣を、通常の無銘刃へ戻した。
魂力構造を斬る王権護剣は命令線には有効だが、分厚い金属で作られた制御腕を相手にするなら、今は無銘刃の方が扱いやすい。
一本目の制御腕を横へ受け流す。
ガギン!
重い衝撃が刀身から両腕へ伝わり、さらに左脇腹の傷へ鈍い痛みが走った。
「くっ……!」
二本目は身体を沈めてかわす。
だが、間を置かずに三本目が横から迫ってきた。
「ミメシス、どこを狙えばいい!」
『右側の関節だ!』
俺は黒い刀身を振り抜き、制御腕の関節へ叩き込んだ。
刃は金属の隙間へ食い込んだが、それでも制御腕の動きを止めることはできない。
《さらに四センチ内側です》
「それをもう少し早く言ってくれ!」
《今お伝えしました》
「毎回それを言うよな、お前!」
迫る制御腕を横へかわし、踏み込みながら無銘刃を引き戻す。
今度はコーデックスが示した位置へ、切っ先を正確に叩き込んだ。
ガンッ!
関節内部の細い軸が切断され、制御腕が重い金属音を響かせながら床へ落ちた。
「カコ、まだか! 先生の生命反応が下がってるぞ!」
「分かってる。あと少しだから!」
【拘束対象生命反応 _ _ さらに低下】
「急いでくれ!」
「今やってる!」
カコの金色の髪が大きく揺らめき、床を埋め尽くす王統制御線の光がさらに強くなった。
「全部、ここまで出てきて!」
次の瞬間、総合制御室全体が大きく震えた。
床の奥へ続いていた巨大な赤い鎖が、一気に引き上げられる。
その中心から、鎖よりもさらに強い赤い光を放つ巨大な球体が姿を現した。
何十本もの鎖が球体の表面へつながり、一つの巨大な拘束構造を形成している。
球体は、生き物の心臓を思わせる不気味な動きで脈打っていた。
《拘束命令核を確認しました》
「あれを壊せば、先生の拘束を止められるんだな!」
《肯定します》
《ただし、拘束命令核は魂力構造によって形成されています》
「だったら、王権護剣の出番だ!」
俺はミメシスを構え直した。
『行け、我が主!』
「ああ。今度こそ先生を返してもらうぞ!」
無銘刃を黒い靄が包み込む。
靄が消えると同時に、黒い剣身へ青白い古代文字が走り、切っ先から魂力構造へ干渉する光刃が伸びた。
ミメシスが、再び王権護剣へ切り替わる。
【停止せよ】
「ここまで来て止まれるか!」
『我も断る!』
俺が拘束命令核へ向かって走ると、残った二本の制御腕が左右から迫ってきた。
その進路へ、カコの金色の結界が割り込む。
バァン!
激しい音とともに二本の制御腕が結界へ弾かれ、軌道を大きく逸らした。
「ケイ、今のうちに行って!」
「ああ、任せろ!」
何十本もの鎖が集まる中心に、赤い拘束命令核が見える。
《切断対象は正面です》
「見えてる!」
俺は王権護剣の光刃を一気に振り抜いた。
だが、ほとんど音も手応えもない。
光刃が赤い拘束命令核を通過し、その中央へ青白い一本の線だけが残った。
「斬れたのか?」
『当然だ!』
次の瞬間、巨大な球体が青白い線を境に左右へずれた。
そのまま輪郭を崩し、無数の赤い光の破片となって砕け散る。
同時に、何十本もの赤い鎖も力を失った。
床へ崩れ落ちるように沈み、その途中で赤い光の粒へ変わって消えていく。
【第三封鎖牢】
【旧王拘束命令 _ _ 接続断絶】
【拘束具停止】
【封鎖扉 _ _ 解錠許可】
【拘束対象 _ _ 賢者】
【生命反応 _ _ 微弱】
【生命反応の急激な低下 _ _ 停止】
中央制御柱にある、赤い表示の第三封鎖牢が消えた。
「……先生、生きてるの?」
《肯定します》
《生命反応を確認しています》
「本当に? 話すことはできる?」
《通信経路を再接続できれば、会話可能となる可能性があります》
「だったら今すぐ……」
「カコ、待ってくれ」
俺が呼ぶと、カコの動きが止まった。
俺の前には、まだ消えていない赤い表示が浮かんでいる。
【異界生命体ケイ】
【排除処理継続】
さらにその隣では、北方集落と居住領域結界の表示も消えずに残っていた。
カコは唇を噛みしめた。
「先生、もう少しだけ待ってて」
こちらの声がまだ届いていないと分かっていても、カコは第三封鎖牢へ向かって語りかけた。
「あと三つ全部終わらせたら、必ず迎えに行くから」
金色の瞳から涙が一粒だけこぼれた。
カコはそれを拭うことなく、すぐに顔を上げる。
「次に行こう。村を助ける」




