第94話 総合制御室へ向かっていたら、追手に前後を挟まれました
通信中継点を出ると、漆黒の通路を満たす空気が明らかに変わっていた。
さっきまで床を伸びていた金色の案内線が細く明滅し、その周囲に赤い警告表示がいくつも重なっている。
【王統管理者カコ _ _ 移動確認】
【下層最終認証 _ _ 未完了】
【総合制御室方面への移動要求 _ _ 検出】
【制限区域への接近 _ _ 確認】
【随伴者 _ _ 一名】
【対王権用模倣武装 _ _ 一振】
【全書系列端末 _ _ 一冊】
「さっきまで案内してくれてたのに、急に警戒が厳しくなったな」
《総合制御室は、下層内でも最上位の管理区画です》
《下層最終認証を終えていないカコには、移動制限が設定されています》
「先生を助けるには、そこへ行くしかないんだろ?」
《肯定します》
『ならば進むだけだ。我が主を止められると思うな!』
「お前は少し黙ってろ。まだ戦うって決まったわけじゃない」
『この状況で、戦わずに済むと思っているのか?』
《可能性は低いです》
「二人して、嫌なところだけ意見が合うな」
カコは先生の手帳を胸に抱き、上方へ続く金色の案内線をじっと見ていた。
先生が捕らえられているのは、俺たちがいる場所よりさらに下に存在する第三封鎖牢だ。
それなのに、助けるためには一度反対方向へ進み、下層最上部の総合制御室を目指さなければならない。
「カコ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
カコは少しだけ、手帳を抱く腕に力を込めた。
「本当は今すぐ、先生のところへ行きたい。でも、先に総合制御室へ行かないと助けられない」
「ああ、そうだな」
「だから、上へ行く」
カコは顔を上げた。
淡い青銀色の瞳には不安が残っていたが、それ以上に強い意志が宿っている。
「先生を助けるために」
「行こう」
◇
コーデックスが空中へ浮かべた立体構造図には、縦に長い下層の姿が表示されていた。
俺たちがいる通信中継点は中央付近にあり、その下方には第三封鎖牢、上方には総合制御室が表示されている。
「下層なのに、さらに上へ行ったり下へ行ったりするんだな」
《下層とは、施設全体における位置を示す名称です》
《内部には複数の上下階層が存在します》
「つまり、地下の中にもう一つ建物があるみたいなものか」
《おおむね肯定します》
『王は高い場所を好むものだからな』
「本当にそれが理由なのか?」
《建築思想に象徴的意味が含まれる可能性は否定できません》
「否定しないのかよ」
通路を進んだ先で、突然視界が大きく開けた。
そこには、上下の果てが見えないほど巨大な縦穴が広がっていた。
その中央には一本の黒い柱がそびえ立ち、周囲には何重もの金色の輪が浮かんでいる。
柱を囲むように設けられた円形の足場が、上方へ向かって等間隔に並んでいた。
《下層連絡昇降路です》
「あれで総合制御室の近くまで行けるのか?」
《本来であれば可能です》
「その言い方、嫌な予感しかしないぞ」
《現在、昇降路は使用制限状態です》
「やっぱりか」
縦穴へ張り出す乗降口の手前には、漆黒の扉が立ちはだかっていた。
中央には金色の王統紋が輝いているが、その周囲には赤い細線が絡みつくように走っている。
【対象個体 _ _ カコ】
【登録状態 _ _ 王統管理者】
【下層最終認証 _ _ 未完了】
【上部管理区画への自由移動を制限】
【総合制御室への進入権限 _ _ 保留】
カコが扉を見上げた。
「また止められた」
《完全な拒否ではありません》
「違うの?」
《王統管理者権限そのものは維持されています》
《ただし、最終認証未完了のため、上位管理区画への移動のみ制限されています》
「なら、開けられる?」
《通常手順では困難です》
「通常手順じゃなければ?」
《別の権限規定を利用できる可能性があります》
「また何か抜け道を探すのか」
《規定に沿った適切な命令解釈です》
『つまり、屁理屈だな』
《否定します》
「今回は否定するんだな」
コーデックスのページに青白い文字が浮かびかけた、その時だった。
俺たちが歩いてきた通路とは別の通路の奥で、赤い光が一つ点灯した。
続けて二つ、三つと増え、硬い金属音が漆黒の回廊へ響き始める。
【警備対象 _ _ 検出】
【制限区域への継続接近 _ _ 確認】
【随伴異界生命体 _ _ 警戒対象へ指定】
【巡回警備端末 _ _ 移動阻止を開始】
「やっぱり来たか!」
俺は手にしていたミメシスを握り直し、無銘刃を正面へ構えた。
最初に姿を現したのは、赤い単眼を持つ黒い球体端末だった。
その後ろから、壁面を滑る小型警備機と、細長い腕を持つ浮遊端末が続いてくる。
さらに奥から、金属の脚音とは明らかに異なる、湿った足音が聞こえてきた。
通路の暗闇から現れたものを見て、俺は思わず息を止めた。
その姿は人間に似ていたが、右腕は肩から先が完全に黒い金属へ置き換えられている。
首筋には何本もの管が埋め込まれ、顔の半分も黒い金属板に覆われていた。
金属板に覆われていない片目には、生き物らしい光がほとんど残っていない。
「……あれは、警備端末じゃないよな」
《改造生命体反応を確認しました》
《生体組織と古代機械の融合個体です》
「人……?」
《生体部分の原型は解析できません》
《現在は、旧王命令層の命令によって行動しています》
『やはり、趣味の悪いものを残している』
ミメシスの声から、いつもの軽さが消えた。
球体端末が前へ出ると、その後ろを改造生命体がゆっくりと進み、金属化した腕を持ち上げた。
小型警備端末たちは、俺たちの移動を塞ぐように通路の左右へ広がっていく。
あの端末たちは、俺たちを足止めするためのものだ。
本当に危険なのは、その後ろにいる改造生命体だと考えた瞬間、コーデックスのページが激しく光った。
《警告します》
《背後からも複数の敵性反応が接近しています》
「後ろからも!?」
振り返ると、通信中継点へ戻る通路にも、いくつもの赤い光が浮かんでいた。
前方には複数の警備端末と改造生命体。
背後からも、正体の分からない敵性反応が近づいている。
このままでは、前後から挟み撃ちにされる。
ここで戦えば、総合制御室へ辿り着く前に消耗しすぎてしまう。
「コーデックス、この場で全部倒す必要はあるか?」
《ありません》
《総合制御室への到達を最優先にする場合、交戦回避を推奨します》
『逃げるのか?』
「違う。必要のない敵と戦わないだけだ」
『ほう』
「先生を助けるのが目的だ。ここで全滅させる必要はない」
『その言い方ならば気に入った』




