第92話 通信中継点を復旧したら、先生が第三封鎖牢にいると分かりました
右手を重ねた王統紋から、金色の光がコーデックスへ流れ込む。
《出力が強すぎます》
「弱くする」
《今度は不足しています》
「じゃあ、強くする」
《急激に変化させないでください》
「コーデックス、注文が多い」
《必要な指示です》
『紙束は細かすぎるのだ! 力など一気に流せばよい!』
《過剰入力によって通信中継点が停止した場合、責任を取れますか》
『我が主が何とかする!』
「何でも俺に押しつけるな!」
カコは小さく息を吐いた。
ミメシスとコーデックスの言い合いを聞いたことで、肩の力が少し抜けたようだった。
呼吸に合わせて金色の光が細く整い、揺れていた王統紋の輪郭も次第に安定していく。
《現在の出力を維持してください》
「これでいい?」
《適正値です》
「できた」
「その調子だ、カコ」
コーデックスのページから伸びた青白い文字が、中央の柱へ流れ込んだ。
停止していた金色の輪が、軋んだ音を立てながら一つずつ回転を始める。
《第一通信環 _ _ 損傷箇所を迂回しました》
《第二接続層 _ _ 王統管理者権限による限定接続を確立しました》
《第三補助管 _ _ 魂力入力を安定化しました》
《最深部方面への通信経路を再構築します》
部屋の床から中央の柱へ向かって、金色の光が次々と走った。
停止していた立体表示の一部が点灯し、漆黒の柱の表面に下層の構造図が浮かび上がる。
それは逆さにした塔のような、縦に長い構造だった。
俺たちがいる通信中継点は、その中央付近に表示されている。
《通信中継点の仮復旧を確認しました》
《下層内部の通信安定度が上昇しました》
《最深部方面から、管理補助端末の識別信号を再捕捉しました》
「先生は!?」
カコが王統紋へ手を重ねたまま、コーデックスへ目を向ける。
その瞬間、金色の光が一度大きく揺らいだ。
それでもカコはすぐに呼吸を整え、魂力の出力を元の状態へ戻した。
《識別信号との音声接続を試みます》
《カコ、魂力出力を維持してください》
「うん」
中央の柱を囲む金色の輪が急激に速度を上げ、立体表示に激しいノイズが走った。
やがて、その向こうから途切れ途切れの音声が部屋の中へ漏れ始める。
「……カコ、聞こえるか……」
今度の声は、先ほどよりもはっきりと聞こえた。
カコの淡い青銀色の瞳が、大きく見開かれる。
「先生!」
「……カコ、なぜ来た……」
「助けに来た」
「……戻れと言ったはずだ……」
「聞こえた」
カコの声は震えていた。
それでも先生へ届くように、一つずつ言葉を続ける。
「先生を置いて帰れない」
通信の向こうから、先生が弱々しく息を吐く音が聞こえた。
声を出すだけでも苦しいのか、その呼吸はひどく弱い。
「……一人で来たのか……」
「ケイと一緒」
「……ケイ?」
カコに名前を呼ばれ、俺は通信へ向かって口を開いた。
「初めまして。ケイです。カコと一緒に、先生を助けに来ました」
「……そうか……」
短い返事だった。
それでも先生の声にあった張りつめた響きが、少しだけ薄れたように感じた。
「先生、今どこにいるんですか?」
「……下層の最深部だ……」
「最深部の、どこ?」
「……第三封鎖牢……」
《位置情報を取得しました》
《位置 _ _ 下層最深部・第三封鎖牢》
《立体構造図へ反映します》
逆さの塔の最も深い場所で、第三封鎖牢を示す光点が弱々しく明滅した。
カコの手が震える。
金色の王統紋まで大きく揺らぎ、立体表示に再び激しいノイズが走った。
「今から行く」
「……駄目だ……」
「どうして?」
「……第三封鎖牢は、独立した防衛機構に守られている……」
「……拘束命令も、牢の中からは解除できない……」
「それなら、どうすれば開けられるんですか?」
「……総合制御室へ行け……」
先生の言葉に反応し、コーデックスが構造図の上部へ金色の光点を浮かべた。
先生がいる第三封鎖牢とは反対側にあたる、下層上部の大きな区画だった。
《下層上部に総合制御室を確認しました》
《第三封鎖牢の拘束命令は、総合制御室側から送信されています》
「先生は一番下にいるのに、助けるためには先に上へ行くのか」
《肯定します》
「先生が、この下にいるのに?」
「……カコ……」
先生の声は、先ほどよりも強かった。
弱っているはずなのに、カコを案じる気持ちがはっきりと滲んでいる。
「……無茶だけはするな……」
「……お前まで傷つくことになれば、私は何のためにここで耐えてきたのか分からなくなる……」
「先生……」
「……助けに来てくれたことは嬉しい……」
「……だが、焦って自分を危険にさらすな……」
カコは何かを言おうとしたが、すぐには言葉が出なかった。
代わりにコーデックスのページが開き、下層の立体構造図へ複数の光点が表示される。
《先生を救出するまでの工程を説明します》
《第一工程。下層上部に存在する総合制御室へ到達します》
《第二工程。総合制御室から第三封鎖牢へ送信されている拘束命令を特定し、解除します》
《第三工程。第三封鎖牢の独立防衛機構を停止させ、封鎖状態を解除します》
《その後、最深部への進入経路を確保します》
《以上を完了した後、第三封鎖牢へ向かい、先生を救出します》
「今すぐ先生のところへ行っても、駄目なの?」
《肯定します》
《拘束命令が継続している状態では、第三封鎖牢へ到達できたとしても、先生を解放することは困難です》
カコの瞳に涙が浮かんだ。
それでも泣き崩れることなく、先生の言葉を受け止めようとしている。
「総合制御室へ行けば、助けられる?」
《可能性はあります》
「分かった」
カコは涙をこぼさないように唇を固く結んだ。
そして、胸に抱いていた先生の手帳を左手で強く握り締める。
「先に総合制御室へ行って、それから、必ず先生を助ける」




