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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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第91話 ノクス・ニードルで警備端末を止めて、下層との通信をつなぎ直します

 まだ足場を渡っていないカコの声に、俺は顔を向けた。


 カコは険しい表情を浮かべ、俺の背後を指さしている。


 振り返ると、今度は人型警備端末が姿を現していた。


 その視覚部は、先ほど俺たちを通した端末のような金色ではなく、現れた時から赤い光を放っている。


 カコは右腿の黒いケースへ手を伸ばし、ノクス・ニードルを一本抜いた。


 そのまま、迫ってくる警備端末の脚へ向けて構える。


《右膝関節部へ投擲してください》


「分かった」


 カコの指先から放たれた黒い針が俺のすぐ横を通り、警備端末の右膝にある装甲の隙間へ突き刺さった。


 ノクス・ニードルの根元から、小さな金色の結界紋が広がる。


 振り下ろしかけていた警備端末の腕も、踏み出そうとしていた脚も、その動きが大きく鈍った。


【右脚補助制御 _ _ 低下】


【動作遅延 _ _ 確認】


「動きが遅くなった」


「カコはそこで待っててくれ! 今度は俺が行く!」


 俺は黒穿刃を無銘刃へ戻すと、残っていた細い足場を一気に駆け抜けた。


 動きの鈍った警備端末は、俺を迎え撃つように腕を振り下ろしてくる。


 俺はその腕を無銘刃の腹で受け、力を外側へ流した。


 体勢を崩した警備端末の脇へ回り込みながら、ミメシスを再び黒穿刃へ変形させる。


《背面上部に主制御基板を確認しました》


 コーデックスが、主制御基板の位置を青白い光で照らした。


「見えた!」


 警備端末の背中では、破損した外装の隙間から金色の導線が露出している。


 俺は青白い光が示す位置へ黒穿刃を突き入れ、内部の主制御基板を正確に貫いた。


 甲高い破裂音とともに、赤い視覚部から光が消える。


 人型警備端末はその場で膝をつき、重い音を立てながら床へ倒れた。


《警備端末二体目の停止を確認しました》


 右膝に刺さっていたノクス・ニードルが金色の光を放ち、自ら装甲の隙間から抜けた。


 そのまま金色の光に包まれ、その場から姿を消す。


 シュンという小さな音とともにカコのもとへ戻った黒い針は、右腿のケースへ収まった。


 根元に残っていた金色の光も、ゆっくりと消えていく。


《ノクス・ニードル一番の帰還を確認しました》


《再充填を開始します》


「戻ってきた」


「今のは本当に助かった。ありがとう」


「うん」


 カコはケースの上へ手を置き、倒れた警備端末を見つめた。


 その指先は少し震えていたが、針を投げる瞬間に迷いはなかった。


「戻ってくるけど、六本しかないから大事に使う」


「そうしてくれ。俺も、できるだけ使わせないようにする」


『我が主がすべて斬れば解決だ!』


《それでは補助武装を取得した意味がありません》


『紙束は、我が主の活躍を減らしたいのか!』


《戦闘の効率と安全性を高めたいだけです》


「二人とも、縦穴の前で喧嘩を始めるな!」


     ◇


 細い連絡通路を渡った先には、巨大な漆黒の扉が立ちはだかっていた。


 表面の半分は亀裂に覆われていたが、中央に刻まれた王統紋だけは、今も金色の輝きを保っている。


 扉の前には何枚もの透明な操作盤が浮かんでいた。


 表示された文字の多くは欠けていたものの、機能を完全に失ってはいないようだった。


《通信中継点の入口です》


「カコの権限で開けられるか?」


《試行する価値はあります》


「成功するとは言わないんだな」


《装置の状態を確認できていないため、断定はできません》


「やってみる」


 カコが漆黒の扉の前へ立ち、王統紋へ右手をかざした。


 淡い金色の光が指先から広がり、扉に残された導線へ流れ込んでいく。


【王統反応 _ _ 確認】


【王統管理者カコ _ _ 確認】


【下層最終認証 _ _ 未完了】


【通信中継点への限定進入 _ _ 許可】


 王統紋が強い光を放つ。


 漆黒の扉は何度か震えたあと、擦れるような低い音を立てながら左右へ開いていった。


「開いた」


「今度は普通に通してくれたな」


《旧王命令層は、現段階でカコを排除対象として認識していません》


「じゃあ、どういう扱いなんだ?」


《下層最終認証を終えていない王統管理者です》


「つまり、向こうはカコが来るのを待ってるのか」


《その可能性は高いです》


 胸の奥へ冷たいものが沈んでいく。


 攻撃されないことを、これほど不気味に感じたのは初めてだった。


 拒まれていないのではない。


 逃がさないために、奥へ招き入れられているような気がした。


     ◇


 通信中継点の内部には、円形の広い部屋が広がっていた。


 中央には天井近くまで伸びる漆黒の柱が立ち、その周囲には金色の輪が幾重にも浮かんでいる。


 しかし、すべてが動いているわけではない。


 半数以上の輪は傾いたまま停止し、一部は床へ落下して砕けていた。


 壁に浮かぶ立体表示も、その大半が激しいノイズに覆われている。


 金色の通信線は何度も途切れ、中央の柱へ届く前に空中で消えていた。


「これを俺たちで直すのか?」


「私も、直し方は分からない」


《完全な修復は不可能です》


「いきなり諦めたぞ」


《完全な修復が不可能でも、一時的な迂回経路の構築は可能です》


「最初から、そっちを言ってくれ」


 コーデックスがカコのそばから浮かび上がり、中央の柱の前へ移動した。


 黒い表紙が開くと、何百もの青白い文字が部屋中へ広がっていく。


《ケイは入口の警戒をお願いします》


《カコは、王統管理者権限の使用を許可してください》


《続けて、必要な魂力をわたくしへ提供してください》


「分かった」


「俺だけ単純な仕事だな」


《ケイに通信設備の修復知識はありません》


「分かってるけど、はっきり言われると傷つくぞ」


『安心しろ、我が主! 我にもない!』


「お前に慰められると、余計に傷つく!」


 俺は入口の横へ移動し、ミメシスを構えて切っ先を通路へ向けた。


 先ほどの戦闘音を聞きつけた警備端末が、ここへ現れないとも限らない。


 背後ではカコがコーデックスの隣に立ち、空中に浮かび上がった金色の王統紋へ右手を重ねていた。


《通信中継点の診断を開始します》


《第一通信環 _ _ 物理損傷》


《第二接続層 _ _ 旧王命令層による制限》


《第三補助管 _ _ 魂力入力不足》


《最深部方面との接続 _ _ 遮断》


「壊れてるうえに、邪魔もされてるのか」


《肯定します》


《物理損傷箇所を迂回し、王統管理者権限で制限経路への接続を試みます》


「私は、どうすればいい?」


《表示された紋様へ、一定量の魂力を流してください》


「一定量?」


《強すぎても弱すぎても接続に失敗します》


「難しい」


「カコならできる」


 俺が声をかけると、カコは小さくうなずいた。

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