第90話 通信中継点へ向かっていたら、壊れた警備端末に縦穴の上で襲われました
《通信中継点はこちらです》
俺たちはコーデックスの案内に従い、通信中継点へ向かって移動を始めた。
そこへ続く通路には、かろうじて金色の案内線が残っている。
その大部分は途切れていたが、コーデックスが欠けた経路を補いながら、進むべき道を示してくれた。
黒い壁には、巨大な王統紋の一部が刻まれている。
崩落によって半分を失った今も、残された金色の線だけは、高貴な輝きを保っていた。
「きれい」
「怖くないのか?」
「怖いけど、先生が優先」
カコは壁の紋様を見つめたまま、少しだけ首を傾げた。
その横顔には恐怖だけではなく、遠い過去へ触れようとする戸惑いも浮かんでいる。
「でも、きれいなものはきれい」
「そういうところは、カコらしいな」
「どういうところ?」
「怖い場所でも、ちゃんと周りを見てるところ」
カコはその意味を考えるように瞬きをした。
それから小さくうなずき、俺のすぐ後ろで再び歩調を合わせた。
通路の両側には、金色の装飾が施された黒い端末が、いくつも倒れている。
どれも視覚部から光を失い、すでに機能を停止しているようだった。
「ずっと見られてるような感じがするな」
《下層監視機構の一部が稼働しています》
「やっぱり見られてるのかよ」
『王の区画へ入り込んだのだ。監視されぬ方がおかしい』
「俺は侵入したくて入ったわけじゃないぞ」
《施設側が事情を考慮する可能性は低いです》
「知ってるよ」
通路の先で金色の光が動き、俺は足を止めた。
すぐに背中からミメシスを抜き、カコを庇うように前へ出る。
崩れた柱の陰から、黒い球体型警備端末が現れた。
その後ろには、細い手足を持つ人型警備端末が続いている。
どちらも外装の一部が欠け、内部の魂力導線がむき出しになっていた。
それでも視覚部は金色に輝き、確実に俺たちを捉えている。
「敵か?」
《識別処理を確認中です》
【王統反応 _ _ 検出】
【王統管理者カコ _ _ 確認】
【下層最終認証 _ _ 未完了】
【随伴者 _ _ 一名】
【対王権用模倣武装 _ _ 一振】
【全書系列端末 _ _ 一冊】
『一振とは何だ、一振とは!』
「剣を数えるなら、一振で合ってるだろ!」
『我は数え方に収まるような器ではない!』
《形態が複数でも、本体の識別数は一振です》
『紙束まで我を一振扱いするのか!』
「警備端末の前で喧嘩するな!」
【通信中継点までの制限付き通行 _ _ 許可】
警備端末の視覚部は、金色の光を保ったままだった。
それでも二体は俺たちを攻撃せず、道を空けるように通路の左右へ移動した。
すると、途切れていた床の金色の線が一本だけ点灯する。
その光は、崩れた通路のさらに奥へ、進むべき道を示すように伸びていった。
「通してくれるみたいだな」
《カコが王統管理者として登録されているためです》
「完全に信用されてるわけじゃないんだろ?」
《下層最終認証が未完了のため、自由な移動は認められていません》
「通信中継点までは行かせるけど、その先は駄目ってことか」
《現時点では、その認識で問題ありません》
「今は進める」
カコはほっとしたように息を吐いた。
だが、ミメシスは警備端末へ切っ先を向けたまま、しばらく動こうとしなかった。
『油断するな、小娘』
「分かってる」
『王の区画は、血を確認しただけで、心まで許すような場所ではない』
「それでも、先生が待ってる」
『ならば進め。振り返る必要はない』
カコが力強くうなずいた。
俺たちは警備端末の間を慎重に抜け、金色の案内線を追って先へ進んだ。
◇
通信中継点まで、何事もなく辿り着けるとは思っていなかった。
その予感は、壊れた連絡通路へ差しかかったところで現実になった。
床の一部が大きく陥没し、その下には底の見えない縦穴が広がっている。
通れる足場は、人が一人進めるほどの幅しか残されていなかった。
「ここを渡るのか?」
《別経路は完全に崩落しています》
《この足場を使用する以外に、通信中継点へ到達する方法は確認できません》
「聞くだけ無駄だったな」
「私が先に渡る。結界も使えるから」
「いや、俺が先に渡る」
「危ないよ?」
「だからまず、俺が先に渡るんだよ」
俺は無銘刃を背中へ戻さず、右手に構えたまま、細い足場へ踏み出した。
足元の深淵黒石には無数のひびが入っていたが、すぐに崩れる気配はない。
慎重に歩を進め、足場を半分ほど渡った。
そのとき、対岸の壁が音を立てて開き、中から赤い光を放つ球体型警備端末が飛び出してきた。
【局所識別機構 _ _ 損傷】
【王統情報 _ _ 照合不能】
【未登録侵入者排除 _ _ 実行】
「さっきの端末と話が違うぞ!」
《この球体型警備端末は、局所認証装置が破損しています》
「それは攻撃される前に教えてくれ!」
《認証装置の破損を先ほど確認しました》
「やっぱり警告が遅い!」
球体型警備端末の側面から、二本の細い刃が展開された。
この足場では、左右へ大きく避けられない。
正面から受け止めれば、衝撃に押され、そのまま縦穴へ突き落とされる危険がある。
まずは攻撃の軌道を逸らすべきだと判断し、俺は無銘刃を斜めに構えた。
球体型警備端末が高速で回転しながら、足場の上にいる俺へ突進してくる。
金色の刃が黒い刀身へ触れ、激しい火花が細い足場へ飛び散った。
俺はその力を正面から受け止めず、無銘刃の角度に沿って横へ逃がした。
軌道を逸らされた球体型警備端末は、足場の端ぎりぎりを通過していった。
《球体型警備端末下部、回転軸内部に制御基板を確認》
「攻撃の直後しか見えない場所だな!」
《肯定します》
『今の一撃で見えたぞ、我が主!』
球体型警備端末は縦穴の上で旋回し、再びこちらへ向き直った。
今度は刃を展開したまま、球体全体の回転速度を上げていく。
中央の視覚部へ赤い光が集まり、再突進の軌道が俺へ固定された。
この細い足場には、次の攻撃を避けられる場所がない。
それなら、すれ違う一瞬に、制御基板を潰すしかなかった。
「ミメシス、黒穿刃!」
『承知した、我が主!』
ミメシスの刀身から黒い靄が噴き出した。
無銘刃の刀身が細く絞られ、刺突に適した黒穿刃へ変わっていく。
球体型警備端末が再び突進を始めた。
俺は足場から落ちないよう腰を低くし、正面から一歩踏み込む。
金色の刃が迫る寸前、足の位置を動かさずに上体だけをひねった。
鋭い刃が胸元すれすれを通過する。
すれ違う一瞬、露出した下部の回転軸へ黒穿刃を突き入れた。
細い切っ先が装甲の隙間を抜け、内部の制御基板を貫く。
赤い光が激しく明滅し、球体型警備端末が縦穴の上で動きを止めた。
【制御異常】
【浮遊機能 _ _ 停止】
球体型警備端末は高度を失い、そのまま縦穴の暗闇へ落ちていった。
やがて金属が何かへぶつかる音が、遠く下から小さく響いた。
《球体型警備端末一体の停止を確認しました》
「危なかった……」
『見事だ、我が主! 足場の狭さすら物ともせず、勝利の演出に変えるとは!』
「好きでこんな場所で戦ったんじゃない!」
「ケイ、後ろ」




