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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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第9話 喋る黒い剣の名前はアエテル・ミメシス、カコには変な剣と呼ばれています

 カコが、俺の服の裾を小さく引いた。


「剣と喧嘩してるの?」


「俺は喧嘩してない。こいつが目覚めた瞬間から、ずっと勝手に怒鳴ってるんだ」


『我も喧嘩などしていない!』


「だったら、まず声を小さくしろ!」


『断る!』


「何でだよ!」


『我の威厳が損なわれる!』


「大声を出せば威厳が出ると思うな!」


 俺は、黒い剣を鞘へ戻そうとした。


『待て』


「今度は何だよ」


『なぜ我をしまおうとしている』


「うるさいからだ。少し静かにしてくれ」


『目覚めた直後だぞ!?』


「だから何なんだ!」


『普通はもっと喜ぶところだろう!』


『歓声を上げ! 涙を流し! ひざまずいて我を崇めるところだ!』


「誰がするか!」


『我は伝説の剣だぞ!』


「今のところ、分かってるのは喋ることと、とにかくうるさいことだけだ!」


『何だとぉ!?』


「だから怒鳴るなって言ってるだろ!」


 どうにか黒い刀身を鞘へ収めると、カチンという音とともに鍔が鞘の口元に当たった。


 これで少しは静かになると思ったが、声は消えなかった。


『出せ!』


「嫌だ」


『出せ、我が主!』


「しばらくその中で反省してろ!」


『剣に反省を求めるな!』


「喋れるなら反省くらいできるだろ!」


『できるが、する必要がない!』


「最悪だな!」


 鞘の中で暴れ続ける黒い剣を見ていたカコが、話しかけた。


「名前は?」


 カコがそう尋ねた瞬間、黒い剣の動きが止まった。


『む?』


「剣の名前」


『よくぞ聞いた、小娘!』


 急に声が誇らしげな調子に変わり、鞘に刻まれた文字が青白く輝いた。


『我が名は――アエテル・ミメシス!』


 その声が、家中に響き渡った。


『あらゆる武器を写し取り! その技を喰らい! さらなる高みへ至るために生み出された!』


 黒い剣が、鞘の中で大きく震えた。


『永劫の模倣――アエテル・ミメシス!』


「長い」


 カコが、ぽつりと一言だけ呟いた。


『なに!?』


「名前が長い」


『長くない!』


『我が偉大さを表すには、むしろ短いくらいだ!』


「ミメシスでいい?」


『……まぁ、特別に許可しよう』


「ずいぶん簡単に許可したな!」


『小娘は、我に敬意を示したからだ』


「名前を聞いただけだろ!」


『貴様よりは礼儀がある!』


「主の俺よりカコを気に入ってないか?」


『現時点ではな!』


「そこは少しくらい否定してくれ!」


 カコは黒い剣をじっと見つめたあと、何かを思い出したように尋ねた。


「ミメシスは、先生を知ってる?」


 その一言を聞いた瞬間、さっきまであれほど騒がしかった剣が、急に静かになった。


『……あの偏屈者か』


「知ってるの?」


『我をここまで運び、暖炉の飾りにした男だ』


「どうして先生は、ミメシスを使わなかったの?」


『奴は我の主ではない』


「先生は強かった?」


『弱くはなかった』


「じゃあ、どこに行ったか知ってる?」


 カコの声が、少しだけ小さくなった。


「どうして、今も帰ってこないの?」


 ミメシスは、すぐには答えなかった。


 鞘に刻まれた青白い文字の光が消え、少し長い沈黙が続く。


 やがて、さっきまでとは違う低い声が響いた。


『知らん。我が眠っていた間のことは、断片的にしか分からん』


「そう……」


 カコは、静かに俯いた。


『だが』


 ミメシスは、そのまま言葉を続けた。


『あの男が、この場所を捨てるとは思えん』


 カコは、ゆっくりと顔を上げた。


『戻らぬのならば、戻れぬ理由がある。ただそれだけだ』


「本当に?」


『我は嘘をつかん』


「さっき、何年眠ってたかも分からないのに、何千年待ったって怒鳴ってなかったか?」


『勢いだ!』


「それって嘘じゃないのか?」


『表現を大きくしただけだ!』


「普通、それを嘘って言うんじゃないか?」


『うるさいぞ、我が主!』


 ミメシスの声は再び大きくなったが、カコはほんの少しだけ笑っていた。


「変な剣」


『誰が変な剣だ!』


「確かに変な剣ではあるな」


『我が主まで言うのか!』


「うるさい剣」


『小娘!』


「それは完全に正しい」


『主ぃぃぃぃ!』


 先生がいなくなってから俺が来るまで、この家にはカコしかいなかった。


 広くもない家と静かな森は、誰も入れない巨大な結界に守られている。


 そんな場所へ、俺はある日突然落ちてきた。


 そして今度は、長いあいだ眠っていた騒がしい黒い剣まで目を覚ました。


 これがすべて偶然なのか、それとも最初から決められていたことなのか、今の俺には分からない。


 ただ、これまでずっと静かだったこの家が、急に騒がしくなったことだけは間違いなかった。


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