第10話 黒い剣に結界を斬れるか聞いたら、自信満々で答えました
『ところで、我が主』
「今度は何だ? また俺の弱さについて話すつもりじゃないだろうな」
『我が主は、なぜこんな場所で寝ていた』
「寝てたんじゃない。怪我をして、まともに動けなかったんだよ」
『弱いな!』
「分かってるから何回も繰り返すな!」
『ならば、なぜ身体を鍛えない?』
「傷が治ってからに決まってるだろ!」
『傷など気合いで治せ!』
「そんな無茶が通じるなら、とっくに治ってる!」
『我がかつての主候補は、腕が千切れても戦ったぞ!』
「俺をそんな化け物みたいな奴と比べるな!」
『その程度で、我を使いこなせると思うなよ!』
「そもそも俺は、頼んでお前の主になったわけじゃない!」
『それはそれ! これはこれだ!』
「勝手すぎるだろ!」
鞘の中で、ミメシスが笑うように小さく震えた。
『安心しろ、我が主』
「今の会話のどこに安心できる要素があった?」
『貴様が弱くとも、我は強い』
「本当に腹が立つ言い方だな」
『我がいれば、オーガ程度に負けることはない!』
その言葉を聞き、俺は一瞬だけ黙り込んだ。
脳裏に浮かんだのは、迷宮の狭い通路で出会った巨大なオーガだった。
振り下ろされる棍棒と、軋む剣の音。
死を覚悟したあの瞬間、もしこの黒い剣を持っていたなら、本当にオーガと戦えたのだろうか。
「ミメシス、盗み聞きしていたのか? 本当に、お前がいればオーガとも戦えるのか?」
『当然だ!』
「俺が今のままでも?」
『それは無理だ!』
「さっきと言ってることが違うだろ!」
『我は強い! だが、振るう主が弱ければ限界はある!』
「結局、俺も強くならないと駄目ってことか」
『当たり前だ! 名剣を持っただけで最強になれるならば、誰も苦労せん!』
「そこだけ妙にまともなこと言うなよ」
だが、考えてみれば当然のことだった。
どれほど優れた武器を持っていても、それを扱えなければ意味がない。
俺自身も、これから強くなる必要がある。
ただ、その前に一つだけ、もっと気になることがあった。
「ミメシス。お前は、どんなものでも斬れるのか?」
『我を誰だと思っている』
ミメシスが、自信に満ちた声で答えた。
『我はアエテル・ミメシス!』
『剣も! 槍も! 斧も! あらゆる武器を写し取り、どんな困難も超えるために生み出された剣だ!』
「じゃあ……結界は?」
『む?』
俺は窓の外へ視線を向けた。
木々の向こうまでは見えないが、そこには森全体を囲む巨大な結界がある。
外からは誰も入れず、中にいる者も外へ出られない。
カコはずっと、この森に一人で閉じ込められている。
先生は外へ出られたものの、今も戻ってきていない。
「この森全体を囲んでる結界を、お前の刃で斬ることはできるか?」
カコが俺を見つめる中、ミメシスはすぐには答えなかった。
短い沈黙のあと、やがてミメシスが答えた。
『……できる!』
「今、絶対少し考えただろ」
『考えていない!』
「本当に?」
『我は剣だぞ!』
「剣だからって、何でも斬れるとは限らないだろ」
『刃が届くものならば、何であろうと斬ってみせる!』
鞘に刻まれた文字が、再び青白く輝いた。
その瞬間、まるでミメシスの言葉に反応したかのように、窓の外で森全体を覆う巨大な結界が淡い光を放った。
カコが窓の方へ振り返り、俺も同じ方向へ視線を向ける。
光ったのはほんの一瞬だったが、森の向こうで空気そのものが輝いたように見えた。
「……今、結界が反応したよな?」
「うん」
『ほう』
ミメシスが、これまでとは違う僅かに低い声で告げた。
『どうやら、ただの結界ではなさそうだな』
「さっきまで何でも斬れるって言ってたのに、急に慎重になるなよ」
『慎重ではない! 敵を知ることも強者の務めだ!』
「便利な言い換えだな」
カコは窓の外を見つめたまま、何も言わなかった。
もし本当にこの剣で結界を斬れるのなら、カコは外へ出て、先生を探しに行ける。
俺も、元いた場所へ戻れるかもしれない。
だが、この結界が何のために存在するのか、壊せば何が起きるのかは分からなかった。
それでも、絶対に出られないと思っていたこの場所に、初めて外へ続く可能性が生まれた。
その中心にあるのは、昨日まで暖炉の上の壁に静かに掛けられていた黒い剣、アエテル・ミメシス。
そして、その剣はなぜか俺を主として選んだ。
俺はまだ、その意味をまったく理解していなかった。




