第11話 結界を斬る前に、伝説の黒い剣で薪割りをして性能を確かめることになりました
『我は剣だぞ! 刃が届くものならば、何であろうと斬ってみせる!』
ミメシスが自信満々にそう言い放つと、黒い鞘に刻まれた青白い文字が一斉に強く輝いた。
その言葉に呼応するように、窓の外では森全体を包む巨大な結界が一瞬だけ淡く明滅した。
「……今、結界がまた光ったよな? 俺の見間違いじゃないよな?」
「うん。私も見たよ」
カコも窓の外をじっと見つめていたが、淡い光はすぐに消えてしまった。
森には再び、いつもと変わらない静けさが戻っている。
木々の葉が風に揺れ、遠くから鳥の声が聞こえるだけだった。
『見たか、我が主!』
ミメシスが得意げに声を張り上げた。
『我の力を感じ取り、あの巨大な結界が恐れおののいたのだ!』
「……本当にそうなのか?」
『当然だ!』
「たまたま光っただけって可能性はないのか?」
『ない!』
「どうして、そこまで言い切れるんだ?」
『我がそう感じたからだ!』
「根拠が自分の感覚だけなのは、かなり曖昧だと思うぞ」
『我はアーティファクトだぞ! 我の感覚をもっと信じろ!』
俺の手の中で、黒い剣が不満そうに激しく震えた。
目覚めてからというもの、ミメシスはずっとこんな調子だった。
自分の力に対する自信だけは、誰にも負けないらしい。
「ミメシス」
カコが黒い剣へ視線を向けた。
『なんだ、小娘』
「本当に、あの結界を斬れるの?」
『無論だ!』
「今までに、結界を斬ったことがあるの?」
『…………』
すると、ミメシスが突然黙り込んだ。
さっきまであれほど自信満々だったのに、鞘に刻まれた青白い文字の輝きまで、少し弱くなったような気がした。
「ないの?」
『覚えていないだけだ!』
「それって、今の時点では斬ったことがないのと同じじゃないか?」
『違う!』
反論の内容は弱かったが、声だけは相変わらず大きかった。
『我は、あらゆる武器を模倣するために生み出されたアーティファクトだ! 結界の一つや二つ、斬れないはずがない!』
「今、『斬れる』じゃなくて『斬れないはずがない』って言ったよな?」
『斬れる!』
「でも、目覚めてから一度も今の力を試してないんだろ?」
『む……』
ミメシスは再び言葉に詰まった。
俺たちのやり取りを聞いていたカコが、少し不安そうに窓の外へ目を向けた。
「結界を本当に斬ったら、どうなるの?」
「普通に考えれば、斬ったところに穴が開くんじゃないか?」
「その穴は、ちゃんと元に戻る?」
「それは……正直、俺にも分からない」
『我にも分からん』
「じゃあ、駄目」
カコは即座にそう言った。
「元に戻せるって分からないなら、結界を斬ったら駄目だよ」
カコの言う通り、この巨大な結界は彼女と森そのものを守っている。
外からは人も魔物も入ることができない。
もしミメシスが本当に結界を斬り、その裂け目が元に戻らなければ、今まで安全だったこの場所へ外の魔物が入り込んでくるかもしれない。
「そうだな。何が起きるのか分からない状態で、いきなり結界を斬るのは危険すぎる」
『待て、我が主!』
ミメシスが大声で抗議した。
『まさか、我の力を疑っているのではあるまいな!』
「お前の力そのものを疑ってるんじゃない」
『ならば斬ろう!』
「だから、斬った後のことをお前がまったく考えてないから止めてるんだ!」
『剣は、斬った後のことなど考えん!』
「少しは考えろよ!」
『我は斬るために生み出された剣だぞ!』
「だから余計に危ないんだよ!」
俺とミメシスの声が、家の中へ響き渡った。
目覚めてからまだそれほど時間が経っていないはずなのに、もう何度同じような言い争いをしたか分からない。
そんな俺たちを見ていたカコは少し考え込むと、やがて窓の外を指さした。
「薪」
「薪?」
「外に、まだ割ってない薪があるよ」
『薪だと?』
「それなら、斬っても何も困らない」
カコは真剣な表情で、俺とミメシスを交互に見た。
「まず薪で、どれくらい斬れるのか試せばいいよ」
『我ほどのアーティファクトを、薪割りに使うつもりか!』
「嫌なら試さなくてもいいよ」
『試す!』
「即答じゃないか!」
『我の偉大な力を示すためならば、薪の一本や二本くらい斬ってやろう!』
確かに、目覚めたばかりのミメシスが、どれほどの力を持っているのか一度確認しておく必要はある。
いきなり結界へ刃を向けるよりも、まずは安全な物で試した方がいい。
俺がそう考えていると、カコが静かに口を開いた。
「今日は駄目だよ」
「……どうして?」
「ケイの傷が、まだ治ってないから」
「家の前まで歩くくらいなら、もう大丈夫だろ」
「この前、立とうとして倒れたよね」
「それは前の話だろ。今は前より治ってる」
「全部治ったの?」
「いや、全部じゃないけど……」
「じゃあ駄目」
『小娘の言う通りだ』
意外にもミメシスがカコに同意した。
「お前は一刻も早く力を試したかったんじゃないのか?」
『我が主に倒れられては困るからな』
「……俺の心配をしてるのか?」
『我を持つ者がいなくなるからだ!』
「少しくらい素直に心配してくれてもいいだろ!」
『我は剣だぞ!』
「それはもう何度も聞いた!」
結局、試し斬りは俺の傷がもう少し治ってから行うことになった。




