第12話 傷が治ってきたので、伝説の模倣剣を初めて振ります
それから、さらに何日かが過ぎた。
カコが毎日傷口に薬草を塗り、包帯を交換し、食事まできちんと用意してくれたおかげで、俺の身体は順調に回復していた。
まだ右脇には鈍い痛みが残り、右腕を急に高く持ち上げると、傷口が引きつるような感覚もある。
それでも、家の中を歩いただけで息を切らすような状態ではなくなっていた。
「もう一人で普通に歩けるぐらいには回復した」
「うん、少しだけなら」
「それなら、剣を振るくらいならできるよな?」
「一振りだけ」
「……一振り?」
「うん。一振りだけなら」
「さすがに少なすぎないか? せめて二振りくらい……」
「駄目」
『諦めろ、我が主』
「お前はどっちの味方なんだよ!」
『我は常に正しい者の味方だ!』
「お前、俺の剣じゃなかったのか?」
『無茶をして傷口を開く主に従うほど、我は愚かな剣ではない!』
「目覚めたばかりなのに、ずいぶん偉そうになったな」
『生まれながらの威厳だ!』
俺は、カコが用意してくれた剣を背負うための革帯を身体に装着した。
背中に鞘を固定するためのものらしく、かなり古びている。
それでも革には定期的に油が塗られ、留め具もしっかりと手入れされていた。
「この革帯も先生が使ってた物なのに、俺が借りて本当にいいのか?」
「うん、今は使う人がいないから」
そう答えたカコの声は、ほんの少しだけ小さくなったが、それでもカコは言葉を続けた。
「でも、先生が戻ってきたら返してね」
「ああ。そのときはちゃんと返すよ」
『その革帯は、あの偏屈者の物か?』
ミメシスが突然そう尋ねると、俺とカコはほとんど同時に黒い剣へ視線を向けた。
「先生が使ってた物らしいぞ。何か覚えてるのか?」
『いや。以前も言った通り、あの男に関する記憶は断片的にしか残っていない』
ミメシスの声は、いつもより少しだけ落ち着いていた。
『我をここまで運んだことは把握しているが、奴がその革帯を使っていたかまでは分からん』
「そう……」
カコは、少しだけ残念そうな表情を浮かべた。
『すまんな、小娘』
その言葉を聞き、俺は思わずミメシスへ視線を向けた。
「ミメシスが謝ったの、初めて見た」
『我も謝ることくらいある! そもそも、我が目覚めてからまだそれほど時間が経っていないだろう!』
カコの表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
◇
俺たちはそのまま家の外へ出ると、木々の間から暖かな日差しが森へ降り注いでいた。
家の前には小さな畑があり、カコが育てている野菜がきれいに列を作っている。
それから家の横へ回ると、薪を割るための小さな広場があった。
地面に据えられた太い切り株の上には、まだ割られていない薪が一本置かれていた。
「これなら、本当に斬ってもいいんだな?」
「うん」
カコは、静かにうなずいた。
「斬れなくても、あとで斧で割るから大丈夫だよ」
『斬れなくても、だと!?』
ミメシスが、すぐさま大声を上げた。
『我が薪ごときすら斬れぬと、本気で思っているのか!』
「斬れないとは言ってないけど、まだ本当に斬れるかは分からないから」
『よく見ていろ、小娘!』
黒い鞘が、大きく震えた。
『薪程度、刃が触れた瞬間に真っ二つにしてくれる!』
「それはそれで危ないから、俺がちゃんと振ったときだけ斬れてくれよ」
『物の例えだ!』
俺は柄を握ると、ミメシスを鞘からゆっくりと引き抜いた。
漆黒の刀身が太陽の下へ姿を現したが、丁寧に磨かれているはずなのに、ほとんど光を反射しない。
刀身の中央に刻まれた青白い文字だけが、淡い光を放っている。
見た目だけなら、確かに強力なアーティファクトと呼ぶにふさわしかった。
「思ったより軽いな。もっと重いと思ってた」
『我は使い手に合わせて、重さを調整できる』
「そんなことまでできるのか?」
『当然だ!』
「じゃあ、ほかには何ができる?」
『何でもできる!』
「具体的には?」
『何でもだ!』
「……お前、自分でも分かってないんだろ」
『これから思い出すところだ!』
どうやら、ミメシス自身も自分の能力を正確には把握していないらしい。
俺は左手も柄に添え、両手でしっかりと握った。
その瞬間、右脇に僅かな痛みが走った。
「ケイ」
カコは、すぐに俺の異変に気づいた。
「大丈夫だ。少し引きつっただけだ」
「痛いならやめる?」
「いや。一回振るだけなら本当に平気だって」
俺は薪へ視線を向けると、柄を握る手にじわりと汗が滲んだ。
その瞬間、オーガに剣を折られたときの記憶が頭をよぎる。
甲高い音とともに両腕を突き抜けた凄まじい衝撃と、身体を押し潰されるような感覚。
気づけば、俺は柄を強く握り締めていた。
『我が主、力を入れすぎだ』
「分かってる」
『分かっていないから言っている』
「少しだけ黙っててくれ」
『また剣が折れると思っているのか?』
昨日、ミメシスにオーガとの戦いで剣を折られたことを話したのを思い出す。
カコも何も言わず、じっとこちらを見ていた。
「……少しだけな。また途中で折れたらどうしようって、どうしても考えていた」
『我は折れん』
「どうして、そこまで言い切れる?」
『我を誰だと思っている』
青白い文字が、淡い光を明滅させた。
『永劫の模倣――アエテル・ミメシスだぞ』
「もし薪一本も斬れなかったら?」
『そのときは、主の腕が悪い!』
「もう失敗したときの言い訳を用意してるじゃないか!」
俺は思わず言い返したが、そのおかげで肩に入っていた力が少しだけ抜けた。
深く息を吸ってからゆっくりと吐き、薪へ向かって黒い剣を振り上げた。
「いくぞ、ミメシス」
『うむ!』
「はあっ!」
俺は、黒い剣を一気に振り下ろした。




