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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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第83話 試験で村を危険にさらしたカコが謝ったら、村のみんなから「守ってくれてありがとう」と言われました

「ごめんなさい」


 その一言だけで、場を包んでいた空気が大きく変わった。


「今回、第三遺跡側の監視石から光が消えたのは、私の試験のためです」


 村人たちの間に戸惑いのざわめきが走った。


 だが、ラウルさんは何も言わず、カコが続ける言葉を待っている。


「中層の管理者が、私に結界を管理できるか試すため、監視石の忌避光を消しました。そのせいで魔物が村まで来てしまって、みんなを危険な目に遭わせたのは私の責任です。本当にごめんなさい」


 その言葉が終わると、周囲に重い沈黙が落ちた。


 カコ自身は中層にいて、この場所にはいなかったが、それでも彼女の謝罪はコーデックスを通して確かに村の人たちへ届いていた。


「違うよ。カコ姉ちゃんのせいじゃないよ」


 最初に口を開いたのは、集会所の扉の前にいたルカだった。


 身を乗り出したルカをエナさんが止めようとしたが、少年は構わず言葉を続ける。


「カコ姉ちゃんの光があったから、みんな集会所まで走れたんだ」


「怖かったけど、光があったからどこへ行けばいいか分かったんだ」


 隣にいたミナも、ルカの言葉に同意するように小さくうなずいた。


「金色の障壁も出してくれて、ゴブリンの斧から守ってくれたよね」


「でも……」


 カコの声が途中で詰まり、それ以上の言葉を続けられなくなる。


「カコ殿」


 その沈黙を破るように、ラウルさんが静かに口を開いた。


「試験のために村が危険にさらされて、それ自体が問題であることは確かだ」


 厳しい言葉に、集まっていた村人たちも黙り込んだ。


「だが、村を守ったのも事実だ。監視石の光を戻し、集会所への避難路を作り、門前では魔物の進路を妨害した。子供たちの前へ金色の障壁を出したのも、あなたなのだろう?」


「……はい」


「ならば、俺たちはあなたを責める前に、礼を言うべきだ」


 ラウルさんはそう告げると、集会所の方へ振り返った。


「村は守られ、重傷者は出ず、子供たちも無事だった。それが今回の結果だ」


 その言葉を聞いたオルドさんが、杖をつきながらゆっくりと前へ出てきた。


「我らは古代文明を祀る村として、長い間その意味も分からぬまま監視石や遺跡を守り続けてきました。ですが今日、その古代文明の力が確かにこの村を守ってくれたのです」


 オルドさんはコーデックスへ、いや、その向こう側にいるカコへ向かって深く頭を下げる。


「カコ殿。あなたは守り手として、我らの村を守ってくださった。ありがとうございます」


 その言葉をきっかけに、集会所の中から村人たちの声がぽつぽつと上がり始めた。


「本当に助かったよ。あの光がなかったら、どうなっていたか分からなかった」


「避難する道を光で示してくれたおかげで、混乱せずに集会所まで来られたんだ」


「子供たちを先に逃がせたのも、カコ様が道を作ってくれたからだよ」


「門の外にいた魔物まで食い止めてくれたんだろう?」


「カコ様がいなかったら、この村は無事じゃ済まなかった。本当に守ってくれれて、ありがとう」


 次々と届く感謝の言葉を聞き、カコの声がまた少し震えた。


「私一人の力じゃないよ。ケイも、ラウルさんたちも、それに村のみんなも一緒に戦ってくれたから守れたの。だから、この村はみんなで守ったんだと思う」


 俺はその言葉を聞いて、思わず少しだけ笑った。


「そうだな。誰か一人じゃなくて、みんなで力を合わせて守ったんだ」


     ◇


 それから村人たちは手分けして、魔物による被害状況の本格的な確認が始まる。


 ただし、子供と老人はすべての確認が終わるまで、ラウルさんの指示で中に残されている。


 門前に倒れた魔物の死骸は、槍を持った男たちが慎重に調べていた。


 ゴブリンの粗末な武器も、一か所へ集められていく。


 狼型魔物の爪や牙については、毒や病気の危険があるかもしれないため、不用意に触れないよう注意が出されていた。


 やがてホブゴブリンの巨大な死骸を目にした村人たちは、その異様な大きさに顔を青ざめさせる。


「こんな大物まで、村のすぐ近くまで来ていたのか……」


「もし門を破られていたら、今頃どうなっていたか分からないな」


 村人たちの呟き声を聞きながら、俺も地面に倒れたホブゴブリンを見下ろした。


 あいつは、ただ身体が大きくて力が強いだけの魔物ではなかった。


 周囲のゴブリンや狼型魔物へ指示を出し、門前への攻撃を陽動として使いながら、集会所へ続く避難路まで狙ってきた。


 もし俺たちがあいつの狙いに気づくのが少しでも遅れていたら、村は無事では済まなかっただろう。


「ケイさん」


 声をかけられて振り返ると、薬箱を持ったエナさんがこちらへ歩いてきていた。


「その傷を見せてください」


「これくらいなら大丈夫です。もう血もほとんど止まっていますから」


「大丈夫かどうかは、私が傷を見てから判断します。見せてください」


「……分かりました」


 エナさんの声は静かだったが、とても逆らえるような雰囲気ではない。


 俺は素直に集会所の脇へ腰を下ろし、傷を見せるために肩の布を少しだけめくった。


 傷そのものは深くない。


 だが、戦っている間に開いてしまったらしく、今もまだ赤い血がにじんでいる。


 その状態を見たエナさんが、呆れたように眉をひそめた。


「これで『少し』なんですか? 思っていたより、ちゃんと傷になっていますよ」


「はい。でも、本当にこれくらいなら大丈夫です」


「無理をする人は、みんな同じことを言うんです。もう少し自分の体を気にしてください」


「……分かりました。次からは気をつけます」


『だが、我が主はよく働いたぞ! 村を守るために、誰よりも動いていたのだ!』


「その結果、こうして怪我をしているんでしょう」


『む……それを言われると……』


 正論を返されたミメシスが言葉に詰まる中、エナさんは慣れた手つきで傷口を洗い、つぶした薬草を当ててくれた。


 途端に傷口へ鋭い痛みが走り、俺は思わず肩を震わせた。


「っ……思ったより、しみますね」


「やっぱり痛いですか?」


「少しだけです。これくらいなら我慢できます」


「また『少し』ですか。さっきから、そればかりですね」


「……すみません。もう言いません」


 俺の隣ではコーデックスが静かに浮かび、青白い光でこちらの状態を確認している。


《傷は浅いですが、戦闘を続けた影響で全身に疲労が蓄積しています》


「そこまで細かく報告しなくていいって」


《すでにカコへ送信しました》


「送るのが早すぎるだろ!」


 俺が止める間もなく、コーデックスからカコの声が響いた。


「ケイ、戻ってきたら医療カプセルに入って、ちゃんと治療して」


「今、エナさんに傷を見てもらってるし、これくらいなら大丈夫だ」


「駄目。戻ってきたら医療カプセル」


「……そこまでしなくても」


「決定。戻ってきたら、絶対に入ってもらうからね」


「……はい」


 俺とカコのやり取りを聞いていたエナさんが、口元へ手を添えて小さく笑う。


「どうやら、ケイさんはカコさんには頭が上がらないみたいですね」


「……誰も俺の味方をしてくれないんですよ」


『何を言う、我はいつでも我が主の味方だぞ!』


「お前はたぶん、俺をかばうより先にカコへ全部報告する側だろ」


『なぜそうなるのだ! 我ほど忠実な武器はいないぞ!』

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