第82話 村を守って中層に戻ったら、カコに怒られて医療カプセルへ連れていかれました
魔物の群れが引いたあとも、しばらく村の門は開かなかった。
門の外には狼型魔物やゴブリンの死骸が転がり、その中でもひときわ大きなホブゴブリンの死骸が、戦いの激しさを物語っていた。
森の奥へ逃げた魔物たちは、もう近づいてくる気配がない。
第三遺跡側の監視石に忌避光が戻り、森の向こうで弱く、それでも確かな光を放っているからだ。
「……終わったな」
ラウルさんが張り詰めていた息を吐きながら剣を下ろし、俺もミメシスの切っ先を地面へ向けた。
腕は鉛のように重く、肩の傷も痛んでいた。
それでも、まだ倒れるほどではない。
「ケイ、怪我は大丈夫か?」
「はい。少し怪我しただけなので、大丈夫です」
ラウルさんの視線が俺の肩へ向けられ、裂けた服の隙間から赤い血がにじんでいるのを見つけた。
「それだけ血が出ていて、少しで済ませるつもりか?」
「本当に大した怪我じゃありません。これくらいなら平気です」
『我も同意するぞ。この程度なら、我が主にとっては軽傷だ』
「お前まで話をややこしくするな。少し黙ってろ」
『なぜ我まで黙らねばならんのだ!』
ラウルさんはミメシスが話したことには反応せず、村の中へ視線を向けた。
今は、村が無事かどうかを確かめる方が大切なのだろう。
門の内側からは、集会所へ避難した村人たちのざわめきが聞こえる。
子供の泣き声や大人の呼びかけ、慌ただしく走る足音も混じっていた。
どれも、生きている者が立てる音だった。
ラウルさんが閉ざされた門を見上げ、内側にいる者たちへ声を張った。
「門を少しだけ開けろ。ただし、全開にはするな」
ラウルさんが周囲の男たちへ指示を飛ばす。
ほどなくして、重い音を立てながら門がわずかに開き始めた。
「周囲の魔物が本当に退いたか確認しろ。森へは追わず、村の中の安全確認を優先する」
「分かりました!」
槍を持った男たちがうなずき、門の上にいる弓手たちも、そのまま周囲への警戒を続ける。
それからラウルさんは、改めて俺へ顔を向けた。
「ケイ。お前が突然現れたことも、監視石の光が消えたことも説明してもらう」
「カコ殿が中層から村を守ったという話も、すべて聞かせてもらうぞ」
「ですよね」
俺は肩を落としながら、小さく息を吐いた。
「ただ、俺一人だとうまく説明できる自信がありません。古代施設のことは、俺も全部理解しているわけじゃないので」
「だろうな。お前だけに説明を任せるのは、こちらも少し不安がある」
「そこはもう少しオブラートに包んで答えてくれてもよくないですか?」
「戦っている間は周囲をよく見ていたが、古代施設の仕組みを人に説明するのは、あまり得意ではなさそうだからな」
「……そこまで言われると、否定できません」
『ならば、この我が代わりに説明してやろうではないか!』
「お前に任せたら、実際より何倍も大げさな話になるだろ」
『大げさではない! 偉大なる事実を、より偉大に語っているだけだ!』
「それを大げさって言うんだ。だから駄目なんだよ」
その時、門の内側の空気がふっと震え、集会所へ続く道の中央に青白い光の円が浮かび上がった。
突然現れた光に気づいた村人たちが息をのみ、驚いたように後ずさる。
「転送光だ」
光の円の中心へ一冊の黒い本が現れた。
表紙には青白い線と古代文字が浮かび上がっている。
見間違えるはずがない。コーデックスだ。
《転送を完了しました》
《座標誤差は許容範囲内です》
「コーデックス!」
俺とラウルさんは、コーデックスが現れた場所へ急いで移動した。
《ケイの生体反応を確認しています》
《肩部に軽度の裂傷があります》
《カコへ報告します》
「そのことは、まだカコには報告しなくていい!」
《すでに接続中です》
「もう伝わってるのかよ……最悪だ」
コーデックスが俺の目の前で静かにページを開くと、中央に小さな金色の光が灯った。
そこから、聞き慣れた声が流れてくる。
「ケイ、大丈夫? 怪我してるの?」
「少しだけだ。大した怪我じゃない」
「それ、少しじゃないよ」
「……もしかして、こっちの様子が見えてるのか?」
「うん。コーデックスを通して、ちゃんと見えてる」
「そこまでできるのかよ。便利すぎるだろ……」
「戻ってきたら、ちゃんと怪我を見せて」
「……はい」
ラウルさんが宙に浮かぶコーデックスをじっと見つめ、少し戸惑いながら尋ねた。
「今の声は、カコ殿なのか?」
《肯定します》
《現在、カコは中層監視室にいます》
《わたくしは、カコの遠隔通信を中継しています》
「つまり、その本がカコ殿の言葉を届けているのか」
《その理解で問題ありません》
集会所の扉が内側から少しだけ開き、その隙間からエナさんとオルドさん、それにルカやミナが姿を見せた。
その後ろでは、多くの村人たちが不安そうな表情でこちらの様子をうかがっている。
ルカが宙に浮かぶコーデックスを見つけ、小さく声を上げた。
「黒い本だ。これ、前にも見たことある」
「カコ姉ちゃんが持ってた本だよね?」
《訂正します。私は単なる本ではなく、全書端末コーデックスです》
「コーデックス。今は本ってことでいいだろ。説明すると長くなる」
《……不本意ですが、今回はその認識を承認します》
俺が苦笑していると、コーデックスから再びカコの声が響いた。
「ラウルさん」
ラウルさんがすぐに姿勢を正し、コーデックスへ向き直る。
「聞こえています、カコ殿」
「村の人たちも?」
「聞こえているよ~」
ルカが元気よく答えた。
だが、その直後、集会所の周囲は静まり返った。
カコはしばらく言葉を探していたようだったが、わずかな間を置いて声を絞り出した。
「ごめんなさい」




