第81話 試験条件より村の安全を選んだカコが、王統管理者試験に合格しました
ホブゴブリンが倒れた瞬間、周囲にいた魔物たちの動きが目に見えて変わった。
狼型魔物たちは俺たちと森の奥を交互に見た。残っていたゴブリンたちも、次にどこへ向かえばいいのか分からないように立ち止まる。
やがてそれぞれが散り散りに動き始め、先ほどまで見せていた統率の取れた動きは完全に失われていた。
「ホブゴブリンを倒したぞ!」
ラウルさんが声を張り上げた。
「追撃するな! 村を守ることを最優先にしろ!」
「「はっ!」」
「俺も賛成です! 逃げる魔物は無理に追わないでください!」
敵を全滅させることが目的ではない。
魔物を村へ入れず、村人たちを一人でも多く生き残らせることが、今の戦いの目的だ。
その時、森の奥にある第三遺跡の方角で、消えていた淡い光が再び灯った。
「監視石の光が戻った……!」
それは、魔物を遠ざける忌避光だった。
「カコが戻したのか」
◇
中層監視室では、カコが透明な球体に映る第三遺跡側の監視石へ両手を向けていた。
《第三遺跡側監視石との接続を再確立して、忌避光の起動準備を開始します》
【試験課題では、忌避光消灯状態における結界操作が評価対象】
「知ってる」
【忌避光を再点灯した場合、課題条件との差異が発生】
「分かってる」
【試験評価へ影響する可能性 _ _ 有】
カコは、中層管理人格へ視線を向けた。
「試験のために、危険を残すの?」
【管理者には、危機状況下における判断能力が対象】
「だから判断した」
もう、カコの声は震えていなかった。
「村を守るために、使えるものは全部使う」
【忌避光を再点灯した場合、低位魔物群の侵入圧力は大幅に低下】
「だから、つける」
【課題条件から逸脱】
「評価より、村の安全が大事」
カコは迷うことなく、はっきりと言い切った。
「第三遺跡側監視石の忌避光、再点灯」
《承認を補助します》
コーデックスのページが開き、あふれ出した青白い光が透明な球体へ流れ込む。
すると球体の中で、消えていた監視石の光が再びゆっくりと点灯した。
【第三遺跡側監視石 _ _ 忌避光再点灯】
【低位魔物群 _ _ 進行速度低下】
【複数個体の撤退行動 _ _ 確認】
森の中を動いていた赤い点が、次々と村とは反対の方角へ向きを変えていった。
「ケイは?」
《ケイの生体反応は継続しています》
「怪我は?」
《肩部の表層裂傷を確認しています》
「戻ってきたら見て怒る」
《推奨します》
「村の人は?」
《重傷者反応は確認されていません》
その答えを聞いたカコは、ようやく安堵したように大きく息を吐いた。
「よかった……」
だが、中層管理人格の言葉はまだ終わっていなかった。
【王統管理者試験】
【最終課題 _ _ 継続評価中】
「まだ終わってない?」
【実地判断内容 _ _ 解析中】
【王統継承候補者カコは、課題条件に反して、忌避光を再点灯しました】
「うん」
【ただし、保護対象の安全維持を最優先】
【集会所を中心保護対象へ再設定】
【避難経路 _ _ 誘導】
【門前誘導壁 _ _ 形成】
【村内部への局所結界片 _ _ 展開】
【随伴者通信 _ _ 接続】
【指揮個体ホブゴブリンの識別】
【現地随伴候補者との連携による指揮個体撃破】
【忌避光 _ _ 再起動】
【複合的保護判断 _ _ 確認】
カコは何も言わず、透明な球体の中に映る村をじっと見つめていた。
【評価結果】
【王統管理者試験最終課題 _ _ 合格】
その言葉が響いた瞬間、カコの肩から一気に力が抜けた。
「合格……」
《はい。合格です、カコ》
カコは目を閉じて一度深く息を吐くと、すぐに顔を上げた。
「ケイに伝える」
《ケイへの通信を接続します》
◇
村では、鳴り続けていた警戒鐘の音が少しずつ収まり始めていた。
村人たちは集会所への避難を終え、魔物たちも門前から退き始めている。
塀を越えたゴブリンも、群れを率いていたホブゴブリンも倒した。
それを確認した俺は、門の前で大きく息を吐いた。
「……終わったか?」
『油断するな、我が主』
「分かってる。でも、ひとまず村は守れた」
その時、耳元に聞き慣れた声が届いた。
「ケイ、合格した」
「本当か!? すごいじゃないか!」
「うん」
少し間が空く。
「ケイも無事?」
「ああ。少し疲れたけど、ちゃんと無事だ」
「怪我は?」
「本当に少しだけだ」
「戻ったら見る」
「分かった」
「それと」
「何だ?」
「怒る」
「それは約束通りだな」
「うん」
耳元から聞こえるカコの声に、ほんの少しだけ笑みが混じった。
「でも……、村を守ってくれてありがとう」
俺は門や集会所、森へ順番に目を向け、最後にまだ淡く輝いている金色の障壁を見た。
「俺だけじゃない。カコの光が、ルカたちを守った」
「うん」
その直後、通信がわずかに揺らいだ。
《随伴者通信が、まもなく切断されます》
「カコ。集会所へ続く金色の道、助かった。それでルカたちも守れた」
一瞬だけ返事が途切れたあと、向こうから小さな声が届いた。
「よかった……本当に」
「ああ。それに、試験もちゃんと合格したんだろ」
「うん」
「だから胸張っていい。村を守ったのはカコだ」
「違う、一緒に守った」
今度の声には、先ほどよりも強い意志が込められていた。
「……ああ。一緒に守ったな」
そこで通信が切れ、俺はいつの間にか無銘刃へ戻っていたミメシスを鞘に戻した。
ふと隣を見ると、ラウルさんが俺をじっと見つめていた。
「ケイ」
「はい?」
「さっきの動きは指示だけじゃなく、かなり戦い慣れたな」
「一か月間、中層で嫌になるほど叩き込まれました」
「中層で?」
「はい。守るための戦い方を、何度も」
『我も鍛えたぞ!』
「ミメシス殿も、ありがとうございました」
ラウルさんは真剣な表情で、俺に礼を言った。
『聞いたか、我が主! 我の活躍については、あとで長めに説明するのだぞ!』
「誰に説明するんだよ」
ラウルさんは、集会所の方角へ目を向けた。
「まずは全員の無事を確認しよう」
「はい」
集会所の方から、少しずつ人々のざわめきが聞こえ始める。
泣いていた子供は母親に抱きしめられ、そのそばでは、ルカが扉の隙間からこちらを見つめていた。
「ケイ兄ちゃん!」
「もう大丈夫だ!」
俺がそう答えると、ルカは泣きそうな顔のまま笑った。
その直後、誰かが大きな声を上げた。
「魔物が引いたぞ!」
「門前も無事だ!」
「集会所も守られた!」
「カコ様の光が、俺たちを守ってくれた!」
その声を聞き、俺はようやく胸の奥に詰まっていた息をゆっくりと吐き出した。
村を守り抜いたことで、カコは王統管理者試験に合格した。
そして俺たちは、下層に捕らわれている先生のもとへ、また一歩確実に近づいた。




