第80話 群れを操るホブゴブリンがラウルさんを狙ったので、門前へ戻って迎え撃ちました
村門へ近づくにつれて、戦いの音が大きくなっていった。
狼型魔物の唸り声や、槍が牙や地面にぶつかる音、門の上から次々と放たれる矢の音が重なっている。
さらに、そのすべてを押し潰すような低い咆哮が響いた。
通用扉から門外へ戻った時には、ホブゴブリンがすでに森の影から完全に姿を現していた。
普通のゴブリンよりも明らかに身体が大きく、肩幅も腕の太さも人間を上回っている。
片目の上には古い傷があり、胸元には何枚もの錆びた鉄片を縄で縛りつけ、簡素な防具として身につけていた。
その手に握られているのは、俺の胴ほどもある太い棍棒だ。
だが、最も厄介なのは力の強さではない。
ホブゴブリンは魔物でありながら、ラウルさんとの距離を測り、周囲にいる狼型魔物の位置まで確かめながら、動く瞬間を選んでいた。
「厄介な相手だな」
ラウルさんも剣を正面に構えながら、低い声で呟いた。
ホブゴブリンが喉の奥から短い唸り声を発すると、それに従うように周囲の狼型魔物たちがラウルさんの左右へ散っていく。
槍を持った男たちが左右から迫る狼型魔物を食い止め、門の上からは弓手たちが矢を放った。
その隙を狙い、ホブゴブリンが真正面からラウルさんへ踏み込んだ。
「グオッ!」
巨大な棍棒が、凄まじい速さと重さを伴って頭上から振り下ろされた。
ラウルさんが両手で剣の腹を構えて、その一撃を受け止める。
ガンッ!
「ぐっ……!」
鈍い音が響くと同時に、ラウルさんの膝がわずかに沈んだ。
「ラウルさん!」
ホブゴブリンはすでに二撃目の棍棒を振り上げている。
だが、ラウルさんはまだ最初の一撃による衝撃から、姿勢を戻しきれていない。
「間に合え!」
このまま正面から割って入り、棍棒を受け止めれば、俺まで力負けする。
俺はラウルさんとホブゴブリンの正面には入らず、斜めから踏み込んだ。
棍棒が振り下ろされる瞬間、無銘刃の腹を斜めに当てる。
ガンッ!
受け止めるのではなく、勢いを利用して外側へ滑らせた。
巨大な棍棒の軌道がずれて、ラウルさんの頭を狙っていた一撃が地面へ叩きつけられる。
ドンッ!
激しい衝撃とともに、土が高く跳ね上がった。
「今です!」
ラウルさんがすぐさま踏み込み、ホブゴブリンの右腕へ剣を走らせた。
ザシュッ!
傷は浅かったが、血が飛び散り、ホブゴブリンが怒りの声を上げた。
「助かった、ケイ!」
「まだ来ます! 油断しないでください!」
ホブゴブリンは怒っていたが、完全に我を忘れているわけではなかった。
その赤い目がラウルさんから離れ、今度は俺へ向けられる。
「狙いを変えたか……」
『我が主よ。気に入られたようだぞ!』
「全然嬉しくない!」
ホブゴブリンが俺へ向かって突進し、巨大な棍棒を横薙ぎに振り抜いた。
俺は正面から受け止めず、腰を落として低くしゃがみ込む。
棍棒が頭上すれすれを通過して、その風圧だけで髪が激しく踊った。
俺は低い姿勢のまま、ホブゴブリンの膝へ黒い刃を走らせる。
ザッ!
だが、傷は浅い。
「硬いな!」
『だからホブゴブリンなのだろう!』
「何の説明にもなってない!」
ホブゴブリンがそのまま蹴りを放ってきたため、大きく後方へ跳んで距離を取った。
そこへ、槍を持った男の一人が横から割って入る。
「ケイ!」
「膝の外側を狙ってください! 正面の防具は避けて!」
「分かった!」
男が槍を突き出したが、ホブゴブリンは棍棒を振り、その穂先を横から払いのけた。
同時に門の上から一本の矢が飛んできたものの、肩に縛りつけられた錆びた鉄片に命中し、甲高い音を立てて弾かれた。
「くそっ!」
弓手が叫ぶ。
その時、ホブゴブリンが再び角笛のような低い声を上げた。
それに反応し、森にいた狼型魔物たちが一斉に動き出す。
門へ向かうのかと思ったが、違う。
狙いは、門の右脇にある小さな通用扉だった。
「通用扉を狙ってます!」
俺が叫んだ瞬間、ラウルさんの顔色が変わった。
「門番! 閂を押さえろ!」
だが、狼型魔物の方が早く、一匹が通用扉へ飛びかかった。
ドンッ!
その衝撃で出来たわずかな隙間に、爪をねじ込もうとしている。
「カコ! 通用扉だ!」
「分かってる!」
耳元から声が返ってきた直後、通用扉の前に金色の障壁が出現した。
ガンッ!
「ギャウッ!」
狼型魔物が、金色の障壁に弾かれた。
「「助かった!」」
俺とラウルさんの声が、思わず重なった。
その隙に槍を持った男が狼型魔物を突き離した。
だが、ホブゴブリンは俺たちの意識が逸れた瞬間を見逃さなかった。
俺へ向かってジャンプして、巨大な棍棒を振り下ろした。
「くっ!」
俺は無銘刃を斜めに当て、棍棒を受け流そうとした。
だが、その一撃はあまりにも重く、衝撃で腕が痺れ、片足が一歩後ろへ下がる。
身体の軸が崩れた瞬間、ホブゴブリンが肩から体当たりを仕掛けてきた。
俺の背後には閉ざされた門があり、その向こうには守らなければならない村人たちがいる。
「ここでは押し負けられない!」
『ならば形を変えるぞ!』
「ミメシス、黒鋼長槍!」
『承知!』
黒い剣が一気に形を変え、使い慣れた長槍へ変形する。
俺は長槍の石突きを地面へ斜めに突き立て、自分の筋力だけで受け止めないように構える。
長槍と地面、それに身体の角度まで利用し、ホブゴブリンの突進を横へ受け流した。
「おらっ!」
身体が軋むような衝撃に襲われたが、真正面から受け止めなかったことで、ホブゴブリンの肩が俺の横を滑るように通過した。
「そこだ!」
ラウルさんがすぐに横から踏み込み、ホブゴブリンの脇腹へ剣を深く斬り込んだ。
「グオオッ!」
ホブゴブリンは苦痛と怒りの声を上げながらも倒れず、棍棒を大きく振り回して俺たちをまとめて後退させた。
「長引けば力負けする……!」
俺は長槍を無銘刃へ戻した。
正面から何度斬りつけても、こいつを倒すのは難しい。
それなら、一撃で確実に仕留められる状況を作る。
「カコ。一瞬だけでいい。ホブゴブリンの足を止められるか?」
「やる」
《足元へ局所結界片を形成します》
【操作負荷 _ _ 高】
【門前誘導壁の一部出力が低下します】
「本当に一瞬だけでいい!」
「ケイが行けるなら、止める」
ホブゴブリンがもう一度前へ踏み込もうとした瞬間、足元に金色の障壁が現れた。
地面から伸びた光が、踏み出した片足をわずかに押し上げる。
「グッ!?」
ホブゴブリンの巨体が、ほんの一瞬だけ大きく傾いた。
「今だ!」
俺は棍棒を持つ側とは反対の、すでに傷を負っている脇腹へ踏み込んだ。
同時にラウルさんが反対側から斬り込み、槍を持った男がホブゴブリンの膝へ穂先を突き刺す。
さらに、門の上から放たれた矢が、ホブゴブリンの片目へ突き刺さった。
「グオオオオッ!」
ホブゴブリンの巨体が、大きくのけぞった。
「ミメシス!」
『決めろ、我が主!』
「やるっきゃ、ないだろ⤴︎!」
黒い靄があふれ、無銘刃が宝剣セレスティアへ姿を変える。
漆黒の刀身に、青白い光が宿った。
俺は体勢を崩したホブゴブリンの懐へ踏み込み、無防備になった首筋へ宝剣を全力で叩き込む。
ザンッ!
「グ……オッ!」
刃が首へ深く食い込み、ホブゴブリンの巨体が大きく揺れた。
さらに反対側からラウルさんの剣が走り、ホブゴブリンの膝が折れる。
そのまま大きな身体が傾き、横向きに崩れ落ちた。




