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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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第79話 避難路へゴブリンが入ったので、カコの結界と連携して子供たちを守りました

 同じ頃、中層監視室では、透明な球体の内部に村全体の状況が映し出されていた。


 門前や集会所、そこへ続く避難路に加え、東側の塀を越えた二つの赤い点も表示されている。


 その動きを目にした瞬間、カコの顔から血の気が引いた。


「私が……門ばかり見てたから」


《現在、自己責任評価を行う必要はありません》


 コーデックスが、いつもと変わらない静かな声で告げた。


《現在必要なのは、発生した状況への対応です》


「……うん」


【村内部へ低位魔物反応を確認】


【ゴブリン二体が東側外壁を越境】


【集会所方向へ接近中】


【門前に大型ゴブリン反応を確認】


「大型?」


《ホブゴブリンと推定します》


「ホブゴブリン?」


《通常のゴブリンより大型で、複数個体への統率行動が確認されています》


「じゃあ、あれがみんなを動かしてる?」


《指揮個体である可能性が高いと判断します》


【王位継承候補者カコは、保護対象を再設定してください】


 中層管理人格の声は、冷たいままだった。


 カコは透明な球体の中を動く複数の赤い点を見つめながら、拳を強く握り締めた。


「集会所」


《中心保護対象を集会所へ設定します》


「そこへ行く道も守る」


《集会所までの避難経路へ局所結界片を配置します》


「門前は?」


《既存の誘導壁を維持します》


「ケイ」


《ケイへの通信を接続します》


「それから……」


 カコの視線が、森の奥に表示されたひときわ大きな赤い点へ向けられた。


「ホブゴブリンに印をつけて。ケイから分かるようにして」


《視覚共有用の標識を、付与可能です》


【複数地点同時操作 _ _ 確認】


【操作負荷 _ _ 上昇】


【誘導壁または避難経路防御の一部が不安定化する可能性があります】


「消えたら、また作る」


【根拠 _ _ 不確定】


「何度でも作る」


 その言葉に応じるように、コーデックスのページが大きく開いた。


《補助します》


     ◇


 村の中はすでにかなり混乱していたが、完全に統制を失っているわけではない。


 集会所へ続く道の端には、短い壁や小さな盾のような障壁、進む方向を示す線が金色の光の矢印となって点々と灯っている。


 どれもカコが中層から作り出した、村人たちを安全な場所へ導くための光だ。


「全員、金色の道しるべから外れないで、集会所へ向かってください! 立ち止まらないで! 子供と足の遅い人を手伝って!」


 俺は叫びながら集会所へ向かって走り、角を曲がった。


 その先には、ルカとミナ、それに二人よりも幼い子供が二人いる。


 そして子供たちの前には、石斧と短槍を持った二体のゴブリンが立ちはだかっていた。


「ルカ! 下がれ!」


「ケイ兄ちゃん!」


 ルカが振り返りこちらを見たが、その間にも石斧を持ったゴブリンが腕を振り上げていた。


 俺とルカたちにはまだ距離があり、今からでは間に合わない。


「くそっ……!」


 石斧が振り下ろされた瞬間、ルカの目の前に小さな金色の障壁が現れた。


 ガンッ!


「ギャッ!?」


 振り下ろされた石斧が、金色の障壁に弾かれた。


「カコ!」


 あの障壁が誰のものなのか、考えるまでもない。


 俺は障壁が作り出した一瞬の隙へ滑り込むように踏み込み、石斧を弾かれて体勢を崩したゴブリンの肘へ剣の柄を強く打ちつけた。


 腕が跳ね上がり、無防備になった腹部が露出する。


 だが、そいつを倒しきるよりも早く、もう一体のゴブリンがミナへ向けて短槍を突き出した。


「ミメシス、震断刃!」


『承知!』


 黒い片手剣から靄があふれ、ミメシスが長剣へ変形する。


 俺は身体をひねりながら長剣を振り、刃でゴブリンの短槍を下から弾いた。


 カンッ!


 短槍の穂先が大きく逸れ、ミナの服の端をわずかにかすめるだけで済んだ。


「ルカ! ミナの手を引いて集会所へ走れ!」


「う、うん!」


 ルカはすぐにミナの手をつかむと、幼い子供たちも連れ、金色の誘導線に沿って走り始めた。


 石斧を持ったゴブリンが、その背中を追おうとする。


「行かせるか!」


 俺はゴブリンの膝裏へ蹴りを入れ、体勢が崩れた瞬間に喉元へ刃を滑らせた。


 一体目のゴブリンが地面へ倒れる。


 短槍を持ったもう一体は子供たちを追うのを諦め、今度は俺へ向き直った。


「そうだ。狙うならこっちへ来い」


 俺はミメシスを無銘刃に変えて、低い姿勢で構えた。


『我が主よ。怒っているな』


「当たり前だろ」


 ゴブリンが短槍を真正面から突き出してきた。


 俺は迫る穂先だけに気を取られず、相手の肩や腰、足の位置から動きを見極める。


 中層の訓練では、長い武器を持つ相手との間合いをどう詰め、武器を奪わずに無力化するかを何度も教え込まれた。


 穂先が迫った瞬間、俺は半歩だけ外側へずれ、そのまま槍の内側へ入り込む。


 そして、短槍を握るゴブリンの手首へ短い斬撃を入れた。


「ギャッ!」


 手から力が抜け、短槍が地面へ落ちた。


 武器を失ったゴブリンは爪を立てて飛びかかってきたが、俺は半歩後ろへ下がって攻撃をかわす。


 爪が空を切った瞬間、首筋へ刃を走らせた。


 二体目のゴブリンも、その場に倒れた。


「二体目!」


《集会所避難経路上の敵性反応が消失しました》


 耳元からコーデックスの声が届き、その向こうではカコが安堵したように息を吐く気配も感じた。


 集会所の入口では、エナさんが大きく手を振っている。


「ケイさん!」


「エナさん! まだ外に残ってる人はいますか!」


「あと数人です!」


「その人たちが入ったら、すぐ扉を閉めてください! 中から閂をかけて、絶対に開けないで!」


「分かりました!」


 ルカは集会所の入口に立ったまま、まだこちらを見つめていた。


「ケイ兄ちゃん!」


「もういいから早く中へ入れ!」


「うん!」


 ルカたちが集会所へ駆け込むのを見届け、俺は扉の前に立って再び武器を構えた。


 今は、ここが俺の守るべき場所だ。


 だがその時、耳元にカコの声が届いた。


「ケイ」


「どうした!」


「門前にいる大きい反応……ホブゴブリンが前に出た」


「ラウルさんたちのところか!」


「うん」


《指揮個体が門前戦力へ接近して、負荷が上昇しています》


「くそっ……!」


 ホブゴブリンが自ら前へ出た。


 ただ門を壊すだけなら、狼型魔物やゴブリンたちを突撃させればいい。


 それでも指揮役であるホブゴブリン自身が前へ出たのは、おそらくラウルさんを狙っているからだ。


 村門の指揮を執る人間を倒せば、守りは一気に崩れる。


「エナさん! 扉を閉めてください! 絶対に中から動かないで!」


「はい!」


 集会所の重い扉がゆっくりと閉まり始める。


 避難中だった最後の村人が中へ入ったことを確認すると、俺は村門へ向かって走り出した。

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