第78話 村へ押し寄せた魔物の群れを見たら、中層で覚えた護衛訓練が役に立ちました
「村には入れさせない!」
俺が叫んだ瞬間、待ち構えていたかのように狼型魔物たちが森の奥から姿を現した。
最初に見えたのは三体だったが、その後ろにも、いくつもの赤い目が揺れている。
しかも、こちらへ向かってくるのは狼型魔物だけではない。
木の根の間を縫うように、小柄で背中の曲がった影が低い姿勢で走っていた。
汚れた緑色の肌に長い腕を持ち、手には木を削った粗末な槍や石斧、板切れを組み合わせたような盾を握っている。
「ゴブリンまで混じってるのか……!」
隣へ来たラウルさんが剣を抜く。
「狼型魔物だけじゃなかったんですか!」
「監視石の忌避光が消えたんだ。寄ってくる魔物の種類までは選べん!」
ラウルさんはすぐ、門の内側へ向かって声を張り上げた。
「門を早く閉じ切れ! 門上の弓手は配置につけ!」
「槍兵は門前を固めろ!」
「集会所への避難の誘導を急げ!」
集会所は村の中央に建つ、石の土台を使った大きな建物だ。
以前この村へ泊めてもらった時には、村人たちが集まって話し合いをしていた場所でもある。
「家ごとに隠れるんじゃなくて、集会所へ集めるんですか?」
「ばらばらに隠れたら守りきれない。守る場所を一か所へ絞った方がいい!」
「なるほど……!」
重い木の門が、ギギギッと軋みながら閉じ始める。
俺とラウルさん、それに槍を持った二人の男は、門の外側に残った。
背後には守るべき村があり、目の前には魔物の群れが迫っている。
以前の俺なら、敵の数だけを見て焦っていただろう。
だが、今は違う。
自分たちはどこに立つべきか。敵をどこから先へ通してはいけないのか。そして、味方の射線をどう確保するのか。
一か月に及ぶ中層での訓練で、嫌というほど叩き込まれた教えが、自然と頭に浮かんできた。
【守る対象を背にする場合、敵の突破経路を優先して塞いでください】
【味方の射線を妨害しない位置を維持してください】
【敵の総数ではなく、敵がどこへ進もうとしているかを管理してください】
訓練中は腹が立つほど繰り返された無感情な声だったが、今はその言葉が俺の足から迷いを消してくれる。
「槍の二人は、半歩ずつ左右へ広がってください! 狼型魔物は真正面から突かず、まず足を崩してください!」
「分かった!」
「門の上の弓手は、狼なら前脚、ゴブリンなら武器を持つ腕を狙ってください! 味方が近い時は無理に撃たないで!」
槍を持った男の一人が、驚いたように俺を見る。
「ケイ、お前……そんな指示まで出せたのか?」
「一か月間、嫌になるほど同じことを訓練させられました!」
『我が主は成長したのだ!』
「今はそこを誇らしげに説明しなくていい!」
ラウルさんは短く笑ったあと、すぐに険しい表情へ戻った。
「聞いただろ! いいから今はケイの指示に従え!」
「「「「了解です!」」」」
槍を持った男たちが構えを変え、門の上では弓手たちが一斉に矢をつがえる。
俺も無銘刃の姿をしたミメシスを、両手で握り直した。
「ミメシス、今は大きな武器になるなよ。味方の動きを邪魔したら意味がない」
『分かっている! この人数と場所ならば、むやみに大型化する方が不利だ!』
「本当に分かってるなら助かる!」
最初の狼型魔物が低く唸りながら、一直線にこちらへ走ってきた。
口からよだれを垂らし、その勢いのまま俺へ飛びかかってくる。
以前の俺なら、真正面から剣で受け止めようとしていたかもしれない。
だが、中層で戦った警備機兵は狼型魔物よりも速く、攻撃もはるかに正確だった。
何度も倒され、そのたびに足の置き方を直された。
受け止めるな。流せ。崩せ。そして、守る位置を間違えるな。
その教えを身体が覚えるまで、同じ訓練を何度も繰り返した。
「来い!」
狼型魔物が跳びかかってきた瞬間、俺は大きく避けず、半歩だけ身体を横へずらした。
牙を刃で正面から受け止めるのではなく、剣の腹を使って攻撃の軌道だけを外側へ流す。
勢いを殺されなかった狼型魔物の身体が、そのまま俺の横を通過した。
以前の俺なら、ここから体勢を立て直すだけで精一杯だっただろう。
だが、今なら次の動きへつなげられる。
「ミメシス!」
『承知!』
黒い刀身が、大きすぎず重すぎない、今の間合いに必要な分だけ伸びる。
俺は横を通り過ぎた狼型魔物の後ろ脚へ向け、低い横薙ぎを放った。
ザンッ!
「ギャウッ!」
後ろ脚を斬られた狼型魔物は大きく体勢を崩し、そのまま地面へ転がった。
俺はすぐに踏み込み、起き上がる前に首筋へ刃を突き立てる。
一体目の狼型魔物から、完全に力が抜けた。
「一体目!」
『いい動きだ、我が主!』
「褒めるのは全部終わってからにしてくれ!」
二体目の狼型魔物は、今度は右側にいる槍を持った男へ向かって突進した。
「真正面から刺さないでください! 柄を斜めに当てて左へ流して!」
「分かった!」
男が穂先ではなく長い柄を斜めに構えると、そこへ狼型魔物が激突した。
勢いを完全には流しきれず、男の足が一歩、二歩と後ろへ押される。
「くっ……!」
このままでは門の正面まで押し込まれる。
そう判断した俺は、一体目を倒した勢いのまま、すぐさま横へ踏み込んだ。
「足を引かないで! そのまま支えて!」
俺は叫びながら、狼型魔物の横腹へ剣の柄を強く叩き込んだ。
刃を使わなかったのは、味方の槍とぶつからないようにするためだ。
ガンッ!
狼型魔物の身体がくの字へ曲がり、槍の男にかかっていた力が弱まった。
「今だ!」
「そのまま喉へ!」
「おう!」
その瞬間素早く距離を取り、男が突き出した槍の穂先が、無防備になった狼型魔物の喉へ深く突き刺さった。
「ギャンッ!」
巨体は槍にぶら下がるように動きを止め、そのまま地面へ崩れ落ちた。
「助かった!」
「次が来ます! まだ止まらないで!」
今度は、二体のゴブリンが低い姿勢で駆けてきた。
一体は石斧を、もう一体は短槍を手にしている。どちらも枝を削り、石を縄で縛りつけただけに見える粗末な武器だった。
『我が主よ。あれも一応、人為的に作られた武器ではあるが……』
「今は模倣しなくていい」
『ほう?』
「粗すぎるし、解析する時間がもったいない。今持ってる武器で十分だ」
『正しい判断だ! あの程度、我が模倣する価値もない!』
「そういう上から目線の言い方はしなくていい!」
石斧を持ったゴブリンが、低い位置から俺の足を狙って斧を振ってきた。
攻撃を受けにくい嫌な角度だったが、その動きははっきりと見えている。
俺は剣で受け止めず、狙われた右足だけを半歩後ろへ引いた。
石斧が空を切り、勢い余ったゴブリンの身体が前へ流れる。
「そこだ!」
俺はすぐに踏み込み、武器を握るゴブリンの手首へ短い斬撃を入れた。
「ギャッ!」
石斧が地面へ落ち、俺は無防備になった喉元へ、必要最小限の動きで刃を突き込んだ。
一体目のゴブリンが倒れる一方、短槍を持ったもう一体は、ラウルさんの足元を狙っていた。
「ラウルさん、下です!」
叫ぶより先に身体が動き、俺は横から入り込んでゴブリンの腕へ刃を当てた。
カンッ!
手が切り落とされた短槍の穂先が、ラウルさんの脚をわずかにかすめ、そのまま地面へ落ちた。
「助かった!」
「続けます!」
俺は落ちた槍の柄を踏みつけ、ゴブリンに武器を拾わせないようにしながら、その顔を剣の柄で殴りつけた。
ゴブリンがのけぞった瞬間、門の上から一本の矢が放たれ、その胸元へ深く突き刺さる。
ゴブリンが地面へ倒れた、その時だった。
森のさらに奥から、低く不快な音が響いてきた。
ブォォォ……。
それは角笛とも獣の唸り声ともつかない、奇妙な音だった。
「……今の音は?」
ラウルさんが眉をひそめた直後、魔物たちの動きに異変が起きた。
その音を聞いた狼型魔物たちは正面からの突撃をやめ、数体ずつ左右へ大きく散り始める。
ゴブリンたちも門へ一直線に向かわず、低い姿勢のまま村の東側にある塀へ走り始めた。
「……こいつら、指示されて動いてる?」
俺が森の奥へ目を凝らすと、赤い目の群れのさらに後ろに、ひときわ大きな影が立っていた。
普通のゴブリンより何倍も大きく、肩幅も腕の太さも明らかに違う。
身体には錆びた鉄片を貼り合わせたような防具をまとい、手には大きな棍棒を握っていた。
「ホブゴブリンだ」
ラウルさんが低く言った。
「あいつが群れを動かしてる……。じゃあ、門前の正面攻撃は陽動ですか?」
「おそらくな」
その直後、門の内側から女性の悲鳴が聞こえた。
「きゃああああっ!」
門の上にいた弓手が、慌てて村の内側を見下ろした。
「ゴブリンが東側の塀を越えました! 集会所へ続く道へ向かっています!」
「やられた……!」
門前に俺たちを集中させ、その隙に避難している村人たちを狙ったんだ。
「ケイ!」
ラウルさんが叫ぶ。
「はい!」
「お前は村の中へ戻って、集会所へ向かう避難路を守れ!」
「門前は俺たちで支える!」
「分かりました!」
俺は迷わず答えられた。
以前の俺なら、ラウルさんたちを残していいのか、門前を離れても大丈夫なのかと迷っていただろう。
だが、今は分かる。
門前にはラウルさんと槍兵たちがいて、門の上からは弓手が援護できる。さらに、中層にいるカコも結界を動かして支援しているはずだ。
それよりも今、最も危険なのは、戦えない村人たちが集まる集会所への避難路だ。
【脅威が分散した場合、最も被害が大きくなる地点へ移動してください】
【護衛の目的は、戦闘の継続ではありません】
【保護対象の生存です】
「通用扉はどこですか!」
「門の右脇だ!」
ラウルさんが答える。
「中から閂を外せば、一人ずつ通れる!」
「門番! 俺を中へ入れてください!」
「分かった!」
大門の横にある小さな通用扉が、人一人通れるだけ開く。
俺は身体を横にして、その隙間へ滑り込んだ。
「すぐ閉めてください!」
「はい!」
背後で扉が閉まり、閂が下りる音とほとんど同時に、集会所の方角から子供の悲鳴が聞こえた。




