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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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第76話 王統管理者試験で村が危険になったので、カコが俺を門前へ転送しました

「止めて」


 カコがすぐに中層管理人格へ言った。


【試験中止は可能です】


「なら、今すぐ止めて」


【中止した場合】


【王統管理者登録は失敗となります】


「……」


【下層進入権限は取得できません】


 カコの表情が、苦しそうに歪んだ。


 村を危険にさらしたくはない。だが、ここで試験を中止すれば、先生が捕らわれている下層へ進めなくなる。


 五年間も待ち続けているかもしれない先生を、助けに行けなくなってしまう。


「性格が悪すぎるだろ、この試験……」


【管理者は望まない状況においても、判断を行う必要があります】


「だからって、実際に村を危険にさらすな!」


【村は現在、結界外縁管理網における保護対象候補により、実地評価対象として適切です】


「適切じゃない」


 カコが静かに言った。


「村の人たちは、試験に使う道具じゃない」


【発言を記録】


 カコは透明な球体へ両手を置いた。


「試験のせいで危なくするなら、私が守る」


【村周辺への低位魔物侵入を確認】


【カコは中層から結界操作を実施して、村への侵入を阻止してください】


「私は、ここから操作するの?」


【肯定】


 俺も球体に映る村へ目を向けた。


 村の門から第三遺跡へ続く道や森、監視石、そして門前へ集まっている複数の人影まで映し出されている。


「待て。あれ、ラウルさんたちじゃないか?」


 俺が球体をのぞき込むと、映像がゆっくりと拡大された。


 弓を背負い、腰に剣を下げた短い髪の男が映っている。見間違えるはずがない。巡回隊長のラウルだ。


 その周囲には、槍を持った男が二人と、弓を手にした若い女性が二人いる。門の内側では、別の村人たちが彼らへ荷物を渡していた。


 どうやら、消えた監視石を調べるため、これから第三遺跡側へ向かおうとしているらしい。


「ラウルさんたち、今から監視石を調べに出るつもりだ。その進路へ魔物が向かってる!」


「ラウルたち……」


 カコの声が震えた。


 球体の中では、森の奥にあった赤い点が、村へ続く道へ向かって移動している。


「俺を村の門前へ送ってくれ」


 自分でも驚くほど、その言葉はすぐに口から出た。


 カコが、はっとしたように俺を見る。


「絶対駄目。危ない」


「分かってる。でも、ラウルさんたちはもっと危ないはずだ」


「ケイもここにいて」


「俺がここにいたら、監視石の光が消えた理由も、魔物が近づいてることも伝えられない」


「私も行く」


「カコはここで結界を操作するんだろ」


 俺は球体の中に映る村の門を指さした。


「だったら、俺が現地へ行く。ラウルさんたちに警告して、必要なら一緒に戦う」


「でも……」


「中層から結界を動かせるのは、今のところカコしかいない。でも、現地へ行って警告することなら、俺にもできる」


「駄目、ケイ!」


「頼む!」


 俺は中層管理人格へ目を向けた。


「俺とミメシスを村の門前へ送る方法を教えろ」


【課題追加】


【王位継承候補者カコは、随伴候補者ケイおよび対王権用模倣武装アエテル・ミメシスを、村の門前へ転送してください】


「私が?」


【肯定】


【現地戦力の配置も、保護領域管理の一部です】


「駄目」


 カコがすぐに否定した。


「私がケイを危ない場所へ送るの?」


【肯定】


「そんなの嫌」


【試験課題です。低位魔物群が、第三遺跡側森林より村方面へ接近中】


 球体の中では、赤い点が少しずつ村へ続く道に近づいている。


 それを見つめるカコの手が、震え始めた。


「ケイ、どうすればいい?」


「俺を送ってくれ」


「私が送ったせいで、ケイが危ない目に合う」


「カコのせいじゃない」


「でも……」


「俺が自分で行くって決めたんだ」


 俺はカコの目をまっすぐ見つめた。


「カコは俺を、危ない場所へ捨てるんじゃない」


「……」


「村を守るために、必要な場所へ俺を送るんだ」


「守るために?」


「ああ。俺はカコの随伴候補者なんだろ?」


 俺は少しだけ笑った。


「だったら、俺を使ってくれ」


「使う?」


「管理者は、守るために誰をどこへ動かすのか決めるんだろ。俺は現地へ行ける。戦える。ミメシスもいる」


『当然だ!』


 ミメシスが力強く答えた。


『我が主を守り、村の者たちも守ってみせる!』


 カコが唇を噛んだ。


「私、命令したくない」


「だったら、命令じゃなくてお願いしてくれ」


「お願い?」


「ああ。それなら俺も、自分で引き受けられる」


 カコはしばらく俺を見つめたあと、小さく息を吸った。


「ケイ、ラウルたちを守って」


「ああ」


「村に魔物を入れないで」


「わかった」


「それから」


 カコの声が、わずかに震えた。


「絶対に戻ってきて」


「もちろんだ。必ず戻るって約束する」


「ケイから約束するって言ったんだから、必ず守って」


「もちろんだ!」


 カコが拳を差し出し、俺もその小さな拳へ自分の拳を重ねた。


 それからカコは、透明な球体へ両手を置いた。


「コーデックス、どうすればいい?」


《補助します》


《最初に転送対象を固定してください》


 コーデックスのページが開き、青白い光が俺とミメシスへ向かって伸びてきた。


《対象一》


《ケイの生体情報を固定》


《対象二》


《アエテル・ミメシスの武装情報を随伴対象として結合》


『我を荷物のように扱うな!』


「今だけは我慢しろ!」


《転送先座標を取得》


 球体の中で村の門前が大きく拡大され、ラウルたちから十五歩ほど離れた村の外に、青白い円形の印が表示された。


《村の門前》


《ラウル隊前方十五歩の位置に、転送可能地点を確認》


「そこに送ればいい?」


《肯定します》


《ただし、転送出力の最終承認は、カコが実行します》


「私が……」


《肯定します》


 カコがもう一度、俺を見た。


「本当に大丈夫?」


「ああ」


「危険だよ」


「分かってる」


「戻ってきたら怒るから」


「それは困るな」


「ちゃんと怒る」


「分かった。ちゃんと怒られるためにも戻ってくる」


「だから、絶対に戻ってきて」


「ああ。絶対だ」


 カコの手元で、金色の光がさらに強くなった。


【転送操作を確認】


【王位継承候補者カコによる現地戦力配置を評価対象へ追加】


《カコ。今です》


 カコは小さく息を吸うと、透明な球体へ向かってはっきりと告げた。


「ケイとミメシスを、ラウルたちのところへ送って」


 金色の光が、俺の足元へ広がった。


【転送実行】


【随伴候補者ケイ】


【対王権用模倣武装アエテル・ミメシス】


【村の門前へ転送】


【全書端末は中層へ残留】


《承認します》


 金色の光の向こうで、カコの姿が少しずつ遠ざかっていく。


「ケイ、駄目って言ったのに」


「聞かなくて悪かった」


「絶対、戻ってきて」


「ああ。任せろ!」


 光が視界を完全に包み込み、中層監視室の景色が消えた。

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