第75話 一か月の教育が始まり、カコは管理者として、俺は護衛として学ぶことになりました
治療を終えた俺たちは、それぞれ別の教育区画へ案内されることになった。
カコとコーデックス、俺とミメシスの二組に分かれ、一か月の短縮教育課程を受けるらしい。
「別々なの?」
カコが少し不安そうに俺を見た。
【王位継承者カコには、管理者教育を実施】
【随伴者候補ケイには、護衛教育を実施】
【教育内容が異なるため、分離訓練を行います】
「私は、コーデックスと?」
《補助します》
「ケイは?」
『我がいる!』
「ミメシスと……」
「そこ、どうして不安そうに言うんだよ」
「だって……」
『カコ!』
ミメシスが大声を上げる。
『我が責任をもって、我が主を鍛え上げる!』
「それを聞くと、俺まで不安になってきたぞ!」
カコが俺の手を握った。
「夜は会える?」
【休息時間に合流可能です】
「なら、頑張る」
「ああ。毎日、何を覚えたか教えてくれ」
「ケイも」
「俺は、訓練用の警備機兵に何回転ばされたかって話しかないかもしれないぞ」
「それでも聞く」
「そこは少しくらい笑ってくれ」
「分かった」
「分かるのかよ!」
◇
カコの一か月は、そのほとんどが勉強に費やされた。
ただし、学習に使える時間は、普通の一か月とは比べものにならない。
仮想学習空間と呼ばれる特殊な設備では、現実の一時間が、内部では体感十時間ほどに引き延ばされる。
施設管理、結界制御、王統権限、保護対象の設定。
透明な立体地図が無数に浮かぶ空間の中で、カコは次々と新しい知識を学んでいった。
その間も、コーデックスは常にカコの隣に浮かんでいた。
《この表示は、保護対象の優先順位を示しています》
「優先順位」
《誰を》
《どの場所を》
《何から守るのか》
《限られた資源を、どこへ優先的に使用するかを決定します》
「全部守る」
《資源が不足した場合、すべてを同時に守ることは困難です》
「なら、全部守れる方法を探す」
《その回答は、管理者教育において重要な考え方です》
「先生も、そう言うと思う」
カコは先生の手帳を開き、古い文字が並ぶ頁の余白に、自分が学んだ新しい知識を少しずつ書き込んでいった。
先生が残した知識の隣に、今度はカコ自身が身につけた知識が増えていく。
◇
「それ、先生に見せるのか?」
休息時間に俺が尋ねると、カコはすぐに頷いた。
「今日覚えたことは、先生が知らないかもしれないから」
「きっと喜ぶよ。先生が教えたことを覚えてただけじゃなく、今度はカコが新しいことまで覚えてるんだから」
「うん」
その笑顔を見るたびに、俺は絶対に先生を生きたまま連れて帰らなければならないと思った。
◇
一方、俺の一か月は、勉強と訓練を延々と繰り返す毎日になった。
【随伴者候補 _ _ ケイ】
【護衛基礎教育 _ _ 開始】
「俺も勉強しないといけないのか?」
俺もカコと同じように仮想学習空間へ入り、その隣には当然のようにミメシスがいた。
【王位継承者の護衛には、戦闘能力だけではなく】
【状況判断】
【距離管理】
【礼儀】
【施設規則への理解】
【複数の知識と技能が必要です】
『礼儀だと!?』
「お前が一番苦手そうな分野が来たな」
『剣に礼儀など不要だ!』
【対王権用模倣武装には、形状固定訓練を実施します】
『我にも訓練があるのか!?』
「よかったな。俺だけじゃないぞ」
『よくない!』
俺とミメシスは、ほとんど毎日のように仮想学習空間の訓練室へ放り込まれた。
警備機兵との模擬戦や、カコを模した人影を背後に置いた状態での防御訓練。正面だけでなく、左右、上方、背後から同時に迫る攻撃への対応も繰り返した。
さらに、ミメシスを必要以上に大型武装へ変化させないことや、退路を自ら塞がないための立ち位置も叩き込まれた。
敵を倒すことより、守る相手を安全に逃がす判断を優先する。
どれも、今までの俺がほとんど考えたことのないものだった。
そして、訓練は戦闘だけでは終わらなかった。
【王位継承者の前方三歩以内に、許可なく立たない】
「戦闘中は?」
【例外】
【王位継承者負傷時は、最優先で退避経路を確保】
「それは分かった」
【王位継承者に対し、命令口調を多用しない】
「それは無理じゃないか?」
『我が主は、カコに「下がれ」「逃げろ」「触るな」と頻繁に言っているぞ!』
「それはほとんど戦闘中だろ!」
【通常時の発言記録でも確認されています】
「そんなものまで記録しなくていい!」
【護衛は、守る対象本人の意思を尊重する必要があります】
その言葉を聞いた俺は、少し黙り込んだ。
カコを守ること自体は当然だと思っている。
だが、何もかもを俺が勝手に危険だと決め、カコ本人の望みを無視して遠ざけるだけなら、それは本当に守ることになるのだろうか。
「……難しいな」
『敵を斬るより難しいのか?』
「ああ。たぶん、ずっと難しい」
『ならば訓練するしかないな!』
「お前が急に真面目なことを言うと、ものすごく変な感じがする」
『我とて、我が主を守るためなら真面目になる!』
◇
カコとコーデックス、俺とミメシス。
二つの組み合わせで過ごすうちに、一か月は過ぎていった。
休息時間になると、俺たちは毎日のように合流した。
カコはその日に覚えた結界制御や管理者権限についての話や、最近では王統由来の金色の力を出せるようになってきたとの話をして、俺は訓練用警備機兵に何度転ばされたのか、どんな攻撃を避け損ねたのかといった話ばかりしていた。
その横でミメシスは武器庫へ行きたいと騒ぎ、コーデックスはそのたびに冷静な声で却下する。
地下に眠る古代都市は、普通なら日常とは呼べない場所だ。
それでも、四人でその日の出来事を話す時間だけは、少しずつ俺たちの日常になっていった。
◇
一か月の教育課程、その最後の日。
中層管理人格は俺たちを仮想学習空間ではなく、実際の中層サブ監視室へ案内した。
そこは巨大な円形の部屋で、中央には透明な球体が一つ浮かんでいた。
球体の内部には、カコの家や地上転移地点、周囲の森、第三遺跡、北の転移塔、そして村まで、地上の地図が立体的に映し出されていた。
「村が見える」
カコが球体へ近づくと、小さな光が村の門を示した。
その内側には井戸や治療所、畑、広場まで細かく表示されており、ルカたちが遊んでいた場所さえ分かるほどだった。
【外縁監視端末および第三遺跡側監視石との接続を確認】
「第三遺跡側の監視石」
俺は、以前、村人たちと一緒に調べた黒い柱を思い出した。
村人たちからは、魔物を見つける監視石、あるいは魔物を寄せつけない石として扱われていたものだ。
【当該端末は、魔物接近警告機能だけではなく】
【低位魔物を遠ざける微弱な忌避光を、継続的に発生させています】
「だから村の近くには、普段あまり魔物がいなかったのか」
【肯定】
カコが中層管理人格へ目を向けた。
「今日は何をするの?」
【王統管理者試験 _ _ 最終課題】
室内の照明が少しだけ暗くなり、透明な球体の中で第三遺跡側の監視石が強く光った。
【課題内容】
【保護領域外縁における、魔物侵入時の結界操作】
「魔物侵入時?」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感がした。
「まさか……」
【これより、第三遺跡側監視石の忌避光を一時消灯します】
中層管理人格の声には、迷いもためらいも一切なかった。
次の瞬間、球体の中で光っていた監視石が、ぷつりと消えた。
「待て!」
俺は反射的に叫んだ。
「もう消したのか!?」
【第三遺跡側監視石の忌避光 _ _ 消灯】
【低位魔物忌避機能 _ _ 停止】
「ふざけるな!」
『我が主に同意する! この光の人影は、一度斬った方がよいのではないか!』
【対王権用模倣武装敵対発言 _ _ 確認】
「今はそれどころじゃない!」
球体の中で、森の奥に表示されていた小さな赤い点が一斉に動き始めた。
【第三遺跡側森林に低位魔物反応 _ _ 確認】
【低位魔物群 _ _ 村方面へ移動開始】
カコが息をのんだ。
「村へ向かってる」
【肯定】




