第74話 カコが王位継承者と認められましたが、下層へ行くには一か月の教育が必要です
壊れた玉座のような装置の前へ集まった青白い光が、少しずつ人間の輪郭を形作っていく。
やがて、長い髪と感情のほとんど見えない顔を持つ、半透明の女性の姿が広場へ現れた。
【中層管理人格 _ _ 起動】
光の人影は俺ではなくカコの前まで進み、ゆっくりと跪いた。
【アエテルヌム王位継承系統 _ _ 確認】
【未登録王位継承者 _ _ カコ】
自分の名前を呼ばれ、カコが小さく瞬きをした。
「私の名前、知ってるの?」
【周辺会話記録より照合しました】
「勝手に会話を聞いてたのか?」
【転送完了地点の記録機能によるものです】
『我が主! それよりも、先ほど我を一斉攻撃した件について抗議するべきだ!』
【対王権用模倣武装アエテル・ミメシス _ _ 確認】
【警戒分類 _ _ 最大】
『また最大だと!?』
「今は黙ってろ!」
【ただし】
【王位継承者カコの近接随伴物として、敵対処理を一時保留】
『随伴物ではない! 我は誇り高き武装だ!』
「だから黙れって!」
中層管理人格は、騒ぐミメシスには構わず、カコだけを見つめていた。
【王位継承者カコへ告げます】
【あなたには、現時点で下層へ進む資格がありません】
「先生を助けに行く」
カコは迷うことなく答えた。
【下層拘束区画に、管理補助端末の信号を確認】
「先生の黒い輪」
【識別情報は、カコが先生と呼称する人物の管理補助端末と一致しています】
「先生は、そこにいる?」
【その可能性は高いと判断します】
「なら、行く」
【資格がありません】
カコが手を強く握りしめた。
「どうすれば、行ける?」
【王位継承者登録】
【管理者教育課程 _ _ 履修】
【王統管理者試験 _ _ 合格】
「勉強すればいい?」
【肯定】
「どれくらい?」
【通常課程 _ _ 三年】
「三年!?」
俺は思わず大声を上げた。
『長すぎる! 三年もあれば、この中層にある武器庫をすべて見終わってしまうぞ!』
「比較する基準がおかしいだろ!」
【現在は緊急状況と判断】
【未登録王位継承者用・短縮教育課程 _ _ 適用可能】
「それなら、どれくらい?」
【一か月】
カコが黙り込んだ。
一か月という期間は、先生が五年間も下層で拘束され、今も微弱な生命反応しか確認できていないことを考えれば、あまりにも長く感じる。
だが、何も知らないまま下層へ進んで警備機構を暴走させ、結界を壊したうえに俺たちまで捕まれば、本当に先生を助けられなくなる。
「もっと短くできない?」
【不可】
【下層は王権区画および総合制御室を含む、最重要管理領域です】
【未教育状態の王位継承者を進入させた場合、施設全体および保護領域へ重大な危険をもたらす可能性があります】
「重大な危険って、具体的には?」
【誤操作による結界停止】
【保護対象誤登録】
【拘束区画の誤開放】
【警備機構暴走】
【転移網破断】
「本当に、ろくでもないことしか起きないな……」
【そのため、一か月間の管理者教育が必要です】
カコは先ほど傷つけられた自分の腕を見たあと、先生の手帳が入っている荷物へ触れた。
「分かった、勉強する」
小さな声だったが、そこに迷いはなかった。
「本当は今すぐ行きたい」
カコが俺を見る。
「でも、何も知らないまま行って失敗したら、先生を助けられない」
【合理的判断を確認】
「だから覚える」
カコは中層管理人格をまっすぐ見上げた。
「下層へ行く方法も」
「結界の直し方も」
「ケイとミメシスを連れていく方法も」
【教育開始前に、王位継承者カコの負傷治療を実施します】
「治療?」
【医療維持区画へ案内します】
◇
最初に案内されたのは、透明な治療カプセルが何台も並ぶ部屋だった。
壁も床も黒かったが、部屋全体は柔らかな青白い光に包まれており、先ほどまで戦っていた広場とは空気そのものが違うように感じる。
透明な筒の内部には寝台があり、その周囲には細い機械腕や浮遊する表示板が並んでいた。
さらに透明な管の内部では、青白い光が液体のように流れている。
「これに入るの?」
カコが少し不安そうに尋ねた。
【肯定】
【王位継承者カコの腕部裂傷を確認】
【感染防止】
【組織修復】
【痛覚緩和】
【処置時間 _ _ 短時間】
「怖くない?」
カコが俺を見る。
「分からない。でも、見た目だけならかなり怖いな」
「正直」
「こういう時は正直な方がいいって、さっき教わったからな」
カコが少しだけ笑った。
「一緒にいる?」
「ああ。終わるまでここにいる」
【外部生命体ケイにも複数の損傷を確認】
「俺も?」
【肩部裂傷】
【脇腹打撲】
【筋損傷】
【疲労蓄積】
【同時治療を推奨】
「何か、ついでみたいに俺まで追加されたな」
『我が主も修理されるのか!』
「修理じゃなくて治療だ!」
【治療です】
「そこはちゃんと訂正してくれるのか」
カコが先にカプセルへ近づくと、透明な蓋が自動的に開き、内部の寝台がカコの身体に合わせるように低い位置へ移動した。
「本当に入って大丈夫?」
《治療用機構であることを確認しています》
コーデックスが、カプセルの周囲を飛びながら答えた。
《危険性は低いと判断します》
「低い?」
《ゼロとは断定できません》
「だから、その言い方は余計に不安になるんだよ」
「わかった。入る」
カコが寝台へ横になると、透明な蓋がゆっくりと閉じ始めた。
「ケイ、そばにいて」
「ここにいる。終わるまで動かない」
内部が青白い光で満たされ、細い機械腕がカコの傷ついた腕の上へ移動した。
【治療開始】
柔らかな光が傷口を静かに包み込み、流れていた血が止まった。
赤く残っていた傷も、目の前で少しずつ薄くなっていく。
「痛いか?」
カコは透明な蓋の向こうから、首を横へ振った。
「温かい」
「なら、よかった」
『古代文明の治療とは便利だな!』
「お前は怪我しないから気楽だよな」
『欠けた場合は、我もここで直せるのか?』
【対王権用模倣武装の修復権限は制限されています】
『なぜだ!』
「危険物扱いだからだろ」
『不当だ!』
治療が終わると透明な蓋が開き、カコはゆっくりと身体を起こした。
傷ついていた腕を何度も確認するが、赤い線は完全に消え、出血の跡さえ残っていない。
「すごい」
「本当に治ってるな。よかった」
【続いて、外部生命体ケイの治療を実施します】
「俺も本当に入るのか?」
「怪我してるから、入って」
「もうだいぶ平気だけど」
「嘘」
「即答するなよ」
「入って」
「……はい」
『我が主よ、堂々と入れ!』
「お前は外で見てるだけだから気楽なんだよ!」
俺は背中からミメシスを外してカコへ預けると、隣のカプセルへ入り、寝台へ横になった。
透明な蓋が閉じた瞬間は少しだけ息苦しく感じたが、すぐに内部が青白い光で満たされた。
【治療開始】
【神経痛覚の緩和】
【筋組織修復促進】
【傷口閉鎖処理】
肩がゆっくりと温かくなり、脇腹の奥に残っていた鈍い痛みも、溶けるように少しずつ薄れていった。
「説明だけ聞くと怖いけど、本当に効いてるな……」
『ついでに強化改造もできんのか!』
「勝手に変な注文をするな!」
【身体改造権限はありません】
「なくてよかった!」
治療が終わる頃には、肩に残っていた重さもほとんど消えていた。
俺はカプセルから出てカコからミメシスを受け取ると、確かめるようにゆっくりと腕を回してみた。
「……本当に治ってる」
「よかった」
カコが、心から安心したように笑った。
『これで思いきり無理できるな、我が主!』
「その考え方だけは絶対に違う」
「無理しない?」
「しない」
「本当?」
「……努力する」
「努力じゃ駄目」
『カコは、すっかり我が主の扱いに慣れてきたな!』
「うるさい」




