第71話 地下へ降りる準備を整えたら、中層ではミメシスが敵性武装扱いされました
地上転移地点へ戻る頃には、結界の上空が少しずつ暗くなり始めていた。
もっとも、この空が外の世界と同じ時間に合わせて変化しているのか、それとも結界そのものが昼夜を再現しているのかは、まだ俺にも分からない。
森の木々の隙間から薄い光が差し込み、再起動した地上転移地点は、俺たちが離れたときよりもずっと明るくなっていた。
円形の巨大な構造は完全に地表へ姿を現し、上を覆っていた土や落ち葉も、装置の自己復旧によって周囲へ押しのけられている。
露出した黒い床には、無数の細い青白い線が規則正しく走り、中央には一枚の透明な操作板が静かに浮かんでいた。
その周囲には、人が立つための円が二つ並んでいる。
「準備はできてる?」
《地上転移地点の自己復旧が進行しています》
「オーガへの魂力流出が止まったからか?」
《肯定します》
《異常流出が解消されたため、待機機能および中層接続機能が回復しています》
「中層へ行ける?」
《現在は可能です》
その答えを聞くと、カコは背負っている荷物の位置を直した。
「行こう」
「待て。最後に持ち物を確認してからだ」
「うん」
俺は忘れ物がないか、一つずつ確認していく。
「食料、水、薬草、包帯、先生の手帳、整備具」
「持った」
「火薬石は……もうないな」
「オーガとの戦いで全部使った」
「かなり役に立ったけど、近くで使うとこっちまで目と耳をやられそうなんだよな」
『もっと持っていけばよかったではないか!』
「俺の顔のすぐ横で爆発したことを忘れたのか?」
《中層施設には、同様の機能を持つ閃光攪乱具が保管されている可能性があります》
『聞いたか、我が主!』
「だから、探し物は先生が最優先だからな」
『分かっている!』
「それ、何回目だよ」
コーデックスは透明な操作板の前へ移動した。
《中層降下転送を開始する前に、注意事項を提示します》
「嫌な予感がするけど、聞こう」
《中層管理区画は、カコを王統血統保有者として認識する可能性があります》
「それなら、権限を登録するには都合がいいんじゃないか?」
《一部肯定します》
「一部?」
《未教育状態の王統血統保有者は、施設規定によって管理制限対象となる可能性があります》
「管理制限って、具体的には何をされる?」
《拘束》
《試験》
《教育》
《隔離》
「ろくな言葉が一つもないな!」
『従わなければ斬ればよい!』
《推奨しません》
『なぜだ!』
《中層施設において、アエテル・ミメシスは敵性武装として認識される可能性が高いためです》
『またそれか!』
「じゃあ、中へ入った瞬間から攻撃される可能性もあるのか?」
《肯定します》
「ミメシスを何とか普通の剣に見せられないか?」
『我を隠すな!』
「襲われるよりいいだろ!」
『武器とは堂々と見せつけるものだ!』
「何だ、その意味の分からない美学は!」
《アエテル・ミメシスを通常片手剣形態へ固定することで、初期危険度判定を一時的に低下させられる可能性があります》
「いつもの、一番普通な片手剣でいろってことだな」
『我の威厳が損なわれる!』
「先生を助けたいんだろ?」
『……む』
ミメシスは珍しく言葉を止めた。
『仕方あるまい。我とて、目的の優先順位くらいは理解している』
「武器庫より先生が先か?」
『ぐっ……』
「そこで悩むな!」
カコがミメシスを見る。
「先生を助けたあとなら、武器も探す?」
『カコ! やはり分かっているではないか!』
《中層武装区画への進入には、対応権限が必要です》
『紙束は黙っていろ!』
《事実を述べています》
『今は夢を見ているのだ!』
「夢を見る剣って、もう何でもありだな……」
背中のミメシスが小さく震え、その姿が最も簡素な片手剣の形へ固定された。
その様子に思わず笑いそうになったが、俺はすぐに足元へ広がる巨大な転移円へ視線を戻した。
ここから、カコの家の下に眠っていた古代文明施設の中層へ降りる。
先生が捕らわれている下層へ向かうには、まず中層で王統権限の正式登録を行わなければならない。
「カコ、怖いか?」
カコは少しだけ考えてから答えた。
「怖い」
「それでも行くんだな?」
「うん。先生がいるから」
そして、俺へ視線を向けた。
「ケイも、ミメシスも、コーデックスもいるから行ける」
「そうか」
俺はカコの隣へ並んだ。
「俺も怖いぞ」
「ケイも?」
「ああ。何が待ってるか分からないし、いきなり拘束される可能性まであるらしいからな」
「それでも行く?」
「もちろんだ。先生を助けるために来たんだから」
「うん」
「それと……」
俺は一度、転移地点の外に広がる森へ目を向けた。
荒らされた畑も、傷ついた家も、魔物の侵入を許した結界も、戻ってきたあとに直さなければならない。
「この場所を守るためにも、下に何があるのか確かめないとな」
カコが手を伸ばし、俺はその手をしっかりと握った。
◇
【中層降下転送 _ _ 起動準備】
透明な操作板に、次々と文字が流れ始めた。
【転送対象確認】
【カコ】
【ケイ】
【アエテル・ミメシス】
【アエテル・コーデックス】
『今回も我が三番目か』
「まだ順位を気にしてたのか」
《表示順に優先順位の意味はありません》
『意味がないなら、一番目にしろ!』
「今からそれを始めるな!」
【中層転送座標 _ _ 指定】
【目的地 _ _ 中層外縁管理区画】
【転送安定率 _ _ 八十二パーセント】
「待て。八十二パーセントって低くないか?」
《現在の施設損傷状態を考慮した場合、良好な数値です》
「良好の基準が怖すぎるんだけど」
【中層降下転送 _ _ 開始】




