↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/125

第7話 一人暮らしの少女は畑も狩りも修理もできて、俺よりたぶん強そうです

 それからもしばらくの間、俺は寝台の上で過ごした。


 朝になればカコが包帯を交換し、昼になれば食事を持ってきてくれる。


 夜になると、熱が出ていないか、傷が悪化していないかを必ず確認してくれた。


 最初の頃、カコは必要なことしか話さなかった。


「食べて」


「寝て」


「動かないで」


 会話はほとんどそれだけで、俺が何か話しかけても、短い返事が返ってくるだけだった。


 それでも、何日も同じ家で過ごすうちに、少しずつ会話が増えていった。


 ある日の昼、カコが持ってきたスープを一口飲んだときだった。


「今日のスープ、いつもと少し味が違うな。何か入れたのか?」


「芋を入れた」


「畑で採れたやつか?」


「うん」


「畑の野菜って、全部カコが一人で育ててるんだよな?」


「先生と一緒に作った畑だから」


「今は一人で全部やってるのか?」


「うん」


「かなり大変じゃないか? 畑って毎日見ないと駄目なんだろ」


「慣れたよ」


 カコにとって、一人で畑を耕し、種を植え、水をやって収穫することは、特別なことではないらしい。


「森では獣も捕るって言ってたよな。罠を使うんだったか?」


「うん」


「捕まえた獣を、自分で捌くこともできるのか?」


「できるよ」


「弓とかも使える?」


「少しだけ」


「……もしかして、普通に俺より強いんじゃないか?」


 俺が冗談半分で尋ねると、カコはなぜか真剣な表情で考え始めた。


 そして数秒後、ようやく口を開いた。


「たぶん」


「そこは少しくらい否定してくれてもいいんじゃないか?」


「ケイはオーガに負けたよね」


「仕方ないだろ! あれは一人で正面から戦うような相手じゃない!」


「私もオーガには勝てないと思う」


「だったら同じじゃないか」


「でも、私は剣を折られたことはないよ」


「剣を使ってないからだろ!」


 そんなやり取りができるくらいには、カコも俺に慣れてきたらしい。


 俺の方も、少しずつカコの表情を読めるようになっていた。


 カコは感情を大きく顔に出さないが、まったく変化しないわけではない。


 機嫌がいいときは目元がほんの少し柔らかくなり、分からないことがあると首を右へ傾ける。


 そして、何かを隠そうとしたときは、視線が少しだけ左へ逃げる。


 ある日の夕食では、スープの中にいつもより明らかに多くの肉が入っていた。


「今日のスープ、いつもより肉が多いな」


「たまたま」


 カコの視線が、少しだけ左へ逃げた。


「俺の傷を治すために、多めに入れてくれたんじゃないか?」


「違うよ」


「でも、肉を食べると身体が元気になるって、先生から教わったんじゃないのか?」


「……たまたま罠にかかったから」


「分かった。そういうことにしておく」


「本当に、たまたまだから」


「はいはい。ありがたく食べるよ」


 たぶん、俺のために肉を多く入れてくれたのだろう。


 これ以上指摘すれば、もっと強く否定しそうだったので、俺は何も言わずにすべて食べた。


     ◇


 それから数週間が過ぎ、傷は順調に治っていった。


 まだ激しく身体を動かすことはできず、右腕を高く持ち上げると少し痛む。


 それでも、寝台の上で自分から身体を起こし、一人で食事を取れるまでに回復していた。


 その日の昼、俺はカコが見守る中、ゆっくりと寝台から立ち上がった。


「どうだ。今度はちゃんと一人で立てたぞ」


「見れば分かるよ」


「もう少し感動してくれてもいいだろ。前は立った瞬間に倒れたんだから」


「今日は倒れてないね」


「だろ? だったら、少しくらい歩いてもいいよな?」


「少しだけなら」


「やっと正式な許可が出たな」


「転びそうになったら、すぐ戻って」


「分かってる」


「痛くなっても戻って」


「分かった」


「疲れても戻ってね」


「分かったって。そんなに何回も言わなくても大丈夫だ」


「本当に?」


「カコは心配性だな」


 そう言うと、カコは黙ったまま俺を見つめた。


「……何だよ。その目は」


「ケイが言うことを聞かないから」


「今日はちゃんと聞く」


「今日は?」


「これからも聞く。たぶん」


「怪しい」


「最後の一言が余計だったか……」


 一歩ずつゆっくりと前へ進むと、脚にもしっかり力が入った。


 少しふらついたが、壁につかまるほどではない。


 そのまま寝室の扉を抜け、居間へ出た。


「こうやって自分の足で歩いてみると、思ってたより広い家なんだな」


「広くないよ」


「寝台から見てる時よりは、ずっと広く感じるんだ」


 家の中は綺麗に片づけられており、中央には木の机と一脚の椅子が置かれていた。


 壁際には古い本棚と石造りの暖炉があり、台所には木の器や鉄の鍋が整然と並べられていた。


 どれも長く使われているようだが、壊れた物はほとんど見当たらなかった。


「この家の物って、全部カコが手入れしてるのか?」


「壊れたものは自分で直してるよ」


「それも先生に教わった?」


「うん」


「本当に何でも教わってるんだな」


「一人でも困らないようにって」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に何かが引っかかった。


 カコが視線を向けた部屋の隅には、大きな椅子が置かれている。


 その背もたれには、先生が使っていたらしい灰色の外套が掛けられていた。


 誰も座らなくなってから、すでにかなりの時間が経っているはずだ。


 それでも椅子や外套にはほとんど埃がなく、カコが今も手入れを続けていることが分かった。


「先生は、いつもこの椅子に座ってたのか?」


「うん」


「本を読んだり?」


「本を読んだり、道具を直したりしてた」


「カコに勉強を教える時も、ここに座ってたのか?」


「その時は、あまり座ってなかったよ」


「どうして?」


「すぐ怒って、部屋を歩き回るから」


「どんな教え方なんだよ」


「教えるの、下手だった」


「それ、先生本人に言ったことあるのか?」


「あるよ」


「絶対怒られただろ」


「次の日から、勉強する時間が増えた」


「それは完全に怒られてるな」


 カコの口元が、ほんの少しだけ上がった。


「でも、いっぱい教えてくれたよ」


「……いい先生だったんだな」


「うん」


 即答だった。


 カコにとって先生は、ただの教師ではなく、親や家族に近い存在なのだろう。


 だからこそ、外へ出たまま帰ってこない今も、椅子や外套を大切に残している。


「先生は戻ってくる」


 俺の視線に気づいたのか、カコが静かに口を開いた。


「だから、これは片づけないよ」


「ああ。帰ってきた時に、自分の椅子がなくなってたら困るからな」


「うん」


 何の根拠もなかったが、帰ってこないかもしれないとは言えなかった。


 カコはずっと一人で先生の帰りを待っている。


 その希望を、俺がわざわざ壊す必要はどこにもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。