第68話 家へ戻ったら、畑も家も魔物に荒らされていました
俺たちは再起動した地上転移地点をいったん離れ、先生を助けに地下施設へ向かう準備を整えるため、カコの家へ向かって森の中を歩き始めた。
何度も通ったはずの道だったが、以前と同じ景色には見えなかった。
木々の枝は何かにへし折られ、背の低い草も広い範囲で踏み荒らされている。
湿った地面には狼型魔物の足跡がいくつも残っており、その中には、それらとは比べものにならないほど巨大な足跡も混じっていた。
「これは、あのオーガの足跡か?」
《形状および大きさを照合》
《魂力変異型オーガ亜種の足跡と一致します》
「やっぱりか。転移地点の周りだけじゃなく、こんなところまで歩き回ってたんだな」
カコが足元へ視線を落とし、巨大な足跡の続く先を確かめた。
「家の方へ向かってる。畑も心配」
「まずは確認しよう。家が残ってるなら、必要な物も持ち出せるはずだ」
カコの歩みが、目に見えて速くなった。
まだ走ってはいないが、このままでは、あと数秒もすれば完全に駆け出しそうだった。
「カコ、走るなよ。今の歩き方、もう走り出す直前だからな」
「早く見たい」
「気持ちは分かる。でも急いで木の根に引っかかって転んだら、それこそ余計に時間がかかるだろ」
「ケイに言われたくない」
「今日それを言われるの、何回目だ?」
『正しい指摘ならば、何度繰り返しても問題はない!』
「お前は俺の味方じゃないのか?」
『我は我が主の武器であると同時に、真実の味方でもある!』
《現在のカコの発言には、合理性があると判断します》
『聞いたか、我が主! 全書も同意しているぞ!』
「こういう時だけ二人で仲良くなるのやめてくれ!」
カコは少しだけ歩調を落としたものの、視線だけは一度も前から外さなかった。
この先にあるのは、先生と一緒に暮らし、先生が戻らなくなったあともカコが一人で守り続けた家だ。
俺にとっても、この世界で初めて温かい食事をもらい、安心して眠ることのできた場所だった。
やがて森が開けて小さな畑が見えてくると、その瞬間、カコの足が止まった。
「……畑」
畑を囲んでいた木の柵は、見る影もなく壊されていた。
何本もの杭が倒れ、結んであった縄は途中で切れ、地面には大型の魔物が踏みつけたような深いへこみがいくつも残っている。
育てていた野菜の一部は根ごと掘り返され、食い荒らされたものや、踏み潰されて形を失ったものが土の上へ散らばっていた。
「……ひどいな」
思わず言葉が漏れた。
カコは何も答えず、荒らされた畑の中へゆっくりと入っていく。
そして、土へ半分埋もれかけていた小さな葉の前へしゃがみ込み、折れないように指先でそっと起こした。
「これ、根が残ってる。まだ生きてる」
「それなら、周りの土を戻せば、まだ育つかもしれないな」
カコは葉の根元へ周囲の土を寄せ、指先でそっと押さえた。
「戻ってきたら、ここを直す」
「俺も手伝うよ。柵も畑も、全部一緒に直そう」
「ケイは鍬を持っていい。でも無理しないで」
「その頃には怪我も完全に治ってるだろ。畑仕事でどうやって無理するんだよ」
「重い土を何度も運んで無理する」
「土を運ぶことまで無理のうちに入るのか?」
「ケイなら入る」
「本当に信用がないな……」
『我が主なら、畑仕事でも怪我をする可能性は十分ある!』
《転倒》
《腰部への過負荷》
《農具による切創》
《虫刺傷》
《複数の危険要因が存在します》
「虫刺されまで危険に数えるな!」
カコが、ほんの少しだけ笑った。
荒らされた畑を見た直後の沈んだ表情が、わずかに柔らかくなった。
だが、その視線がさらに奥にある家へ向いた瞬間、再び表情が固くなった。
「家が……」
◇
家そのものはまだ立っており、屋根も大きく崩れていなかった。
ぱっと見る限りでは、以前とそれほど変わらない。
それを確認した瞬間、カコの肩からわずかに力が抜けた。
だがよく見ると、無傷ではないことがすぐに分かった。
入口の扉には何本もの深い爪痕が刻まれ、壁の一部は大型の何かが体当たりしたように、内側へ大きくへこんでいる。
窓の木枠も片側が折れ、家の横へ積んであった薪は周囲に散乱していた。
「中まで入られた形跡はあるか?」
《確認します》
コーデックスが家の周囲をゆっくり飛び、ページから伸ばした青白い光で、扉、窓、壁、屋根を順番になぞっていく。
《大型個体が家屋内部へ侵入した痕跡は確認されません》
「オーガは中まで入ってないのか?」
《肯定します》
《扉および壁面の損傷は、家屋の外側から加えられた打撃および爪撃によるものです》
「狼型魔物は?」
《狼型魔物の侵入痕跡は確認されません》
《ただし、窓の破損箇所から、別種の小型魔物が侵入した痕跡があります》
《現在の家屋内部に敵性生命反応は確認されません》
『やるではないか、全書!』
《索敵機能に基づく通常の確認結果です》
『今のは褒めたのだぞ!』
《評価を受理します》
「二人とも、そのやり取りはあとにしてくれ」
俺が扉へ手をかけようとすると、その前にカコが俺の手首をそっとつかんで止めた。
「私が開ける」
「中には何か残ってるかもしれないぞ。敵性反応がなくても、危ない物が落ちてる可能性はある」
「私の家だから」
その言葉を聞き、俺は扉から手を離した。
「分かった。でも、すぐ隣にはいるからな」
「うん」
カコがゆっくりと扉へ手をかける。
ギィ……。
軋んだ音とともに扉が開き、薄暗い家の中へ、森から差し込む光が斜めに伸びた。
室内では椅子が一つ倒れ、床の上には小さな獣の足跡がいくつも残されている。
保存してあった干し肉の袋は引き裂かれ、中身の大半が床へ散らばっていた。
「食べられてる」
「さっきの小型魔物か?」
《足跡と摂食痕の位置から、その可能性が高いと判断します》
「人間が保存してた食べ物でも普通に食うんだな」
《肉類であれば摂食対象となります》
「少し残ってる」
カコが破れた袋を拾い上げる。
「食べられそうか?」
《魔物の唾液および土砂によって汚染されています》
「だったら、それは持っていかない方がいいな。食べて具合を悪くしたら意味がない」
カコは残念そうに袋を見たあと、静かに床へ戻した。
それから、荒らされた部屋の奥へ進んでいった。




