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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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第67話 オーガ亜種を倒したら、結界の下にある中層施設への入口が再起動しました

 オーガ亜種を倒してから、しばらく経った頃だった。


 ブゥン。


 それまで静かだった森の中に、小さく低い音が響いた。


「何?」


 カコが俺の右肩へ包帯を巻き終えて立ち上がり、俺もまだ痛む傷をかばいながら周囲を見回した。


「今の音、地面の下からじゃなかったか?」


 次の瞬間、倒れたオーガ亜種の近くで、地面に一本の青白い線が浮かび上がった。


 その線を起点として、何本もの細い線が土や落ち葉を透かすように広がっていく。


「地面が光ってる……」


《地上転移地点への魂力供給再開を確認》


「さっきカコが止めた魂力の供給が、また始まったのか?」


《肯定します》


《対象の活動停止により、魂力の異常流出が解消されました》


「オーガを倒したからか?」


《肯定します》


『巨大な詰まりを取り除いたということだな!』


「言い方が軽すぎる!」


 やがて、落ち葉の下に巨大な円の輪郭が浮かび上がった。


 その内側を走る青白い線が、外周から中心へ向かって順番に点灯していく。


 その範囲を見た俺は、思わず息を呑んだ。


 想像していたよりも、はるかに大きい。


 円の中心は、北の転移塔から俺とカコが出現した場所だった。


 そしてそこは、俺がこの世界へ来た最初の日に、意識を失って倒れていた場所でもある。


 その周辺一帯が、一つの巨大な転送装置だった。


「俺が最初に倒れてた場所そのものが、古代装置だったのか……」


 青白い光がさらに強くなると、地面の上へ薄い映像が重なり、土の下にある構造が透けて見え始めた。


「下が見える」


 カコが俺の隣へ立つ。


 映し出された地中には、何層にも重なった巨大な黒い円形機構があり、そのさらに下には、底が見えないほど深い巨大空間が広がっていた。


「この下全部が、古代施設なのか?」


《肯定します》


《アエテルヌム複合管理施設・中層を確認》


「これが、北の転移塔で言ってた中層か」


《肯定します》


「中層へ行ける?」


 カコがすぐに尋ねる。


【地上転移地点の再起動処理 _ _ 実行】


 地面から何枚もの透明な板状の光が浮かび上がり、空中で重なって巨大な立体図を形成した。


 最上部には、カコが暮らしていた結界内の森や家、川や畑が映し出されている。


 その下には、数え切れないほどの区画や通路、塔、大きな空洞が広がり、それらはさらに深い場所へ続く構造と複雑につながっていた。


「こんな巨大な施設が、ずっとカコの家の下にあったのか……」


「知らなかった」


 カコが立体図へそっと手を伸ばす。


 先生と暮らした家も、毎日歩いた森も、水をくんだ川も、作物を育てた畑も、そのすべての遥か下に、これほど巨大な古代施設が眠っていた。


【直近転送記録 _ _ 確認】


【登録個体 _ _ ケイ】


【随伴者 _ _ カコ】


「いつの間に、カコまで随伴者として登録されたんだ?」


《北部転移中継塔から当地点へ転送された際です》


【中層降下経路 _ _ 検索】


 立体図に表示されていたいくつもの経路が、赤く変わった。


【複数区画構造損傷 _ _ 確認】


【正規移動経路の一部 _ _ 閉鎖】


「下層へ行ける?」


 カコが立体図から目を離さず、続けて尋ねた。


《現時点では断定できません》


「先生のところへ行きたい」


《下層拘束区画へ到達するためには、中層管理区画で王統権限を正式登録する必要があります》


「やる」


 カコは少しも迷わなかった。


《中層管理区画には、管理人格が残存している可能性があります》


「管理人格?」


《施設運営および権限管理を担当する、自律意思を持つ管理存在です》


「その人に頼めば、下層へ行ける?」


《協力的である保証はありません》


『従わなければ斬ればよい!』


「最初から喧嘩を売るな!」


《アエテル・ミメシスは、中層施設側から敵性武装と判断される可能性があります》


『なぜだ!』


「お前、対王権用として作られた可能性があるんだろ?」


『王を斬るためだけに作られたわけではない!』


「その説明だけで十分危険だ!」


『我は正当なアーティファクトだぞ!』


《その主張が施設側へ受理される保証はありません》


『紙束は我を庇え!』


《虚偽の報告は行いません》


『やはり役に立たん紙束だ!』


 コーデックスが青白い光を放ち、検索している。


 立体図の中で、一つの地点だけがほかよりも強く青白く光った。


【中層降下用転送地点 _ _ 確認】


【転送準備 _ _ 可能】


「今から行く?」


 カコが迷いのない目で俺を見る。


 五年間も下層に閉じ込められているかもしれない先生のもとへ、一秒でも早く向かいたいのだろう。


 その気持ちは俺も同じだった。


 それでも、俺は一度だけ結界内の森の奥へ目を向けた。


「その前に、家を確認しよう」


「家?」


「狼もオーガも、結界の中にいたんだ。ここにいたのがあいつらだけとは限らない」


「畑も?」


「荒らされてる可能性がある。それに、このまま下へ行ったら何日かかるか分からないだろ」


「必要なものを持っていく?」


「ああ。水も食料も薬草も、今持っている分だけでは足りないかもしれない」


 カコが、自分の家がある方向を見る。


 あの家には、カコが先生と暮らした記憶も、俺たちが一緒に過ごした短い日々も残っている。


 そして、これから先生を助けに行くために必要な物もある。


「先生を助ける準備をする」


「ああ。今度は、行くだけじゃなくて戻ってこられる準備もしてから行こう」


「村にも戻る」


「ルカたちと約束したからな」


「うん」


「だったら、先生を助けて終わりじゃない。先生も一緒に連れて帰るんだ」


 カコが、そっと俺へ手を伸ばした。


「全部、一緒?」


「ああ。先生を助けるのも、結界を直すのも、村へ帰るのも全部一緒だ」


「うん」


 カコが、俺の手をしっかりと握り立たせた。


 俺たちの背後では、再起動した地上転移地点が青白い光を放ち続けていた。


 その遥か下には、俺たちが存在すら知らなかった、滅びた古代文明アエテルヌムの中層施設が広がっている。


 そして、さらに深い下層拘束区画には、五年間もカコのもとへ帰れずにいた先生がいるはずだ。


 俺たちは再起動した転移地点を一度離れ、中層へ降りる準備を整えるため、カコの家へ向かって歩き始めた。

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