第66話 あの日は逃げるしかなかったオーガを、今度はカコたちと一緒に倒しました
オーガ亜種の巨体が、ゆっくりと横へ傾き始める。
「ケイ、飛んで!」
「今度はもっと早く言ってくれ!」
俺は首から宝剣を引き抜くと、オーガ亜種の肩を蹴って地面へ飛び降りた。
着地する余裕はなく、そのまま身体を丸めて地面を何度も転がる。
直後。
ズゥゥンッ!
三メートルを大きく超えるオーガ亜種の巨体が、地響きを立てながら地面へ倒れ込んだ。
大量の土と落ち葉が舞い上がり、周囲が茶色い土煙に包まれる。
俺は少し離れた場所へ座り込んだまま、ミメシスを構え続けた。
宝剣セレスティアの形はいつの間にか維持できなくなり、すでに無銘刃へ戻っている。
「まだ動くか?」
《確認します》
コーデックスから伸びた青白い光が土煙の向こうへ入り、しばらく誰も動かなかった。
《大型敵性反応 _ _ 急速低下》
《生命活動の停止を確認しました》
《魂力変異型オーガ亜種 _ _ 討伐》
「……倒した」
『当然だ!』
「お前、さっき魂力刃を長く維持できないって言ってただろ」
『長く維持できないとは言ったが、勝てないとは言っていない!』
「都合のいい言い方だな!」
緊張が切れた瞬間、身体から一気に力が抜け、そのまま後ろへ倒れそうになった。
「ケイ!」
カコが走ってきて倒れかけた俺の背中へ腕を回し、身体を支えた。
「終わった」
「ああ。終わったら治すって約束だったな」
「だから、もうじっとして」
「分かった。もう本当に動けないから、好きに治してくれ」
「また無理ばっかりした」
「ごめん」
今回は、さすがに言い訳する余裕もなかった。
カコは俺の服を慎重に脱がして確認すると、蹴りを受けた脇腹や拳の端が当たった背中、地面を転がった時についた擦り傷まで次々に見つけていった。
「増えてる」
「戦ったからな……」
「約束したのに」
「でも、最後にはちゃんと戻ってきただろ」
「傷だらけで」
「それは……本当にごめん」
カコは荷物から薬草と清潔な布を取り出し、まず肩の傷へ薬を塗り始めた。
「痛い?」
「少しだけ」
カコの手が止まる。
「嘘」
「……かなり痛い」
「最初から言って」
「戦ってる最中は、本当にどこまで痛いのか分からなかったんだ」
「次は言う」
「次もあるのか?」
「たぶん」
『下層へ行くのだぞ! 当然、戦いはある!』
「お前は少し黙ってろ!」
カコが薬草を傷口へ押し当てる。
「痛っ!」
「我慢」
「そこ少し強く、押し過ぎてないか?」
「血を止めてる」
「もう少し優しく頼む」
「戦う時は無理するのに?」
「それと治療の痛みは別だ!」
カコが、ほんの少しだけ笑った。
「ケイ」
「何だ?」
「勝ったね」
「ああ。今度は勝った」
「前は負けた相手?」
「正確には、勝てなくて逃げた相手だな」
あの日の俺には、逃げることしかできなかった。
安物の剣を折られ、巨大な棍棒から必死に逃げ続け、最後は突然発動した転移陣に救われた。
もし転移が起きなければ、確実に死んでいただろう。
だが、今日は違った。
「今日は逃げなかった」
「カコがいたからな」
「ミメシスも」
『当然だ!』
「コーデックスも」
《解析および支援結果として受理します》
「そうだな。俺一人じゃ勝てなかった」
「みんなで勝った」
「ああ。みんなで勝ったんだ」
カコは傷へ新しい包帯を丁寧に巻きながら、同じ言葉をもう一度繰り返した。
「一緒に倒した」
「ああ。そうだな」
俺は、倒れた巨大なオーガ亜種を見る。
あの日、逃げるしかなかった相手の巨体は、もう二度と動かなかった。




