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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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第65話 カコが魂力供給を止めてくれたので、再生できなくなったオーガ亜種を倒しに行きます

「グオオオッ!」


 オーガ亜種は、俺たちへ向かって歩き始めた。


「カコ、右から転移地点の中心へ向かえ。俺は左へ走って、こいつを引きつける」


「うん」


「中心まで行ったら、すぐコーデックスの指示どおりに操作するんだ」


「分かった」


「何か危ないと思ったら、操作より逃げることを優先しろ」


「ケイも」


「ああ。絶対に戻る」


 俺はカコとは反対の方向へ向かって、勢いよく地面を蹴った。


「こっちだ!」


 オーガ亜種の横をすれ違う瞬間、無銘刃を振り、その太い脚へ浅い傷を一本つけた。


 すぐに修復されるほど小さな傷だったが、今の目的は倒すことではない。


 オーガ亜種の注意を俺へ向けられれば、それで十分だった。


「俺を覚えてるんだろ!」


 オーガ亜種の赤い目が、転移地点の中心へ向かっていたカコから俺へ移った。


「今度も追いかけてこい!」


「グオオオオオッ!」


 巨大な拳が振り下ろされ、俺はすぐに横へ飛んだ。


 拳は直前まで俺が立っていた地面へ深くめり込み、湿った土を激しく跳ね上げる。


 間髪を入れず、反対側の腕が横薙ぎに振られた。


 俺は身体を低く沈め、頭上を通過する巨大な腕を避ける。


「遅いぞ!」


『我が主よ、さすがに挑発しすぎではないか!』


「こっちだけを見てれば、それでいい!」


『怒って動きが速くなっているぞ!』


「それは先に言ってくれ!」


 次の瞬間、巨大な左脚が俺の身体を蹴り飛ばすように振られた。


「くっ!」


 避けきれないと判断した俺は、無銘刃の刀身の腹を迫る脚へ合わせた。


 だが、軽い無銘刃では、オーガ亜種の巨大な脚を止めることなどできない。


 ガンッ!


 激しい衝撃で身体が数メートル吹き飛ばされて、そのまま背中から地面へ落ち、湿った土の上を何度も転がる。


「がっ!」


『我が主!』


「大丈夫だ!」


「大丈夫じゃない!」


 遠くからカコの声が飛んできた。


 見ると、カコはすでに転移地点の中心近くまで進んでいる。


 あと少しというところで、オーガ亜種もそれに気づき、赤い目をカコへ向けた。


「見るな!」


 俺は足元にあった石を拾い、思いきりオーガ亜種へ投げつけた。


 カン。


 石は黒い装甲へ当たったものの、傷一つつけられずに地面へ落ちた。


 ほとんど効いていなかったが、それでも赤い目はもう一度俺へ戻った。


「そうだ。こっちだ!」


「グルルルル……!」


「俺を追え!」


 オーガ亜種が低い唸り声を上げて走り出し、俺も立ち上がって距離を取ろうとした。


 だが、先ほど受けた蹴りのせいか、脇腹へ強い痛みが走る。


 右脚にもうまく力が入らない。


「まずい……!」


『我が主、右へ飛べ!』


 巨大な拳が迫り、俺は力の入らない脚で必死に地面を蹴って横へ跳んだ。


 だが、完全には避けきれず、拳の端が背中へ強くぶつかった。


「ぐあっ!」


 身体が再び地面を転がり、握っていた無銘刃が指から抜けそうになった。


『我を離すな!』


「分かってる!」


 必死に指へ力を込め、どうにかミメシスだけは握り続けた。


 身体が止まった時、オーガ亜種の巨大な足が目の前まで迫っていた。


 さらに、太い手が俺の身体をつかみ上げようと伸びてくる。


「ケイ!」


 カコの声が響いた。


「触った!」


 見ると、カコは転移地点の中心で地面へ両手をついていた。


 その指先を中心に、青白い光が周囲へ広がっていく。


【生命情報 _ _ 検出】


【血統情報 _ _ 照合】


【王統情報 _ _ 一部適合】


【緊急管理権限 _ _ 確認】


【地上転移地点の魂力供給 _ _ 一時停止】


 次の瞬間、地面の下を走っていた無数の青白い光が一斉に消えた。


 それに続いて、地面からオーガ亜種へ流れ込んでいた光も根元から途切れていく。


「グオッ?」


 オーガ亜種は、自分の右腕へ目を向けた。


 修復され始めていた右腕と左脚は、どちらも傷口が開いたまま動きを止めている。


【魂力供給 _ _ 停止】


【外部魂力流入 _ _ 遮断】


《対象の肉体修復および装甲再形成機能が停止しました》


『よくやったぞ、全書!』


《操作を実行したのはカコです》


『案内したのは貴様だろう!』


《評価を受理します》


「喜んでる場合じゃない!」


 修復能力は止まったが、目の前には依然として巨大なオーガ亜種が立っている。


 傷を修復できなくなっただけで、その巨体も腕力も、素早ささえも変わってはいない。


「グオオオオオッ!」


 オーガ亜種は怒りの声を上げ、俺へ伸ばしていた手を握りしめた。


『我が主!』


「分かってる!」


 俺は横へ転がり、直後に巨大な拳が地面へ突き刺さった。


 その隙に立ち上がると、痛む脇腹と右脚をこらえながら、転移地点の中心へ向かって走り出した。


「カコ、そこから離れろ!」


「でも、ケイが!」


「俺がそっちへ行く! 操作は終わったんだから、もう中心にいる必要はない!」


 カコが地面から手を離して、離れていった。


『我が主!』


「今度は何だ!」


『今なら傷は治らん!』


「ああ!」


『宝剣セレスティアへ戻せ! 今度こそ完全に斬り切れる!』


「駄目!」


 カコがすぐに反対した。


『なぜだ!』


「ケイの肩がもう壊れそうだから」


「宝剣を使うのは短い間だけだ」


「短い間でも、本当に壊れるかもしれない」


「でも、カコがせっかく修復を止めてくれた。今ここで決めなきゃ、魂力供給が戻る可能性もある」


「でも……」


「終わったら、絶対に治してもらう」


「約束?」


「ああ。今度こそ終わったら、すぐ座る」


「絶対?」


「絶対だ」


 カコは不安そうに俺の肩を見たあと、小さく頷いた。


「……分かった」


 俺は無銘刃の柄を両手で握った。


「ミメシス。宝剣セレスティア!」


『任せろ、我が主!』


 黒い靄が無銘刃全体を包み込み、細い刀身が長く伸びていく。


 鍔は翼のように左右へ広がり、刀身の中央には青白い光が走った。


 コーデックスのページに、魂力刃の状態を示す表示が浮かぶ。


《魂力刃形成機構 _ _ 再起動》


《周辺魂力との接続を確認》


《魂力刃を形成します》


 黒い実体刃の外側へ青白い魂力刃が伸びた。


 だが、その長さは先ほどまでより明らかに短い。


「さっきより魂力刃が小さくないか?」


《地上転移地点の供給停止により、外部魂力流入量が低下しています》


『それだけではない! 我にも負荷が蓄積している! 今度は長く維持できん!』


「あと何秒だ!」


『分からん!』


「そこは分かってくれ!」


 オーガ亜種がこちらへ腕を振り回し、俺は身体を低く沈めた。


 黒い爪が頭上を通過する瞬間、その懐へ入り込む。


「……やるっきゃ、ないだろ⤴︎!」


 狙ったのは右腕ではなく、すでに二度も深い傷を入れている左脚だ。


 青白い魂力刃を、その同じ傷へ向けて振り下ろす。


「はああっ!」


 ザシュッ!


「グオオッ!」


 オーガ亜種の左脚が大きく揺れたが、まだその巨体を支えている。


『浅い!』


「なら、もう一度だ!」


 宝剣を引き抜くと、同じ場所へ再び斬撃を叩き込んだ。


 ザンッ!


 切り裂かれた傷がさらに深く広がった、その瞬間。


 巨大な拳が横から迫った。


「ケイ!」


 カコが投げた小さな石が、オーガ亜種の右目へ命中した。


 ガツッ!


「グオッ!」


 ほんの一瞬だけ拳の軌道がそれた。


 だが、完全には避けきれず、巨大な拳の端が俺の右肩をかすめた。


「っ!」


 開いていた傷から赤い血が一気に噴き出し、右腕が今にも動かなくなりそうなほど痛んだ。


 それでも、俺は止まらない。


「今度は、俺たちが追い詰める番だ!」


 三度目の斬撃を、宝剣セレスティアで同じ左脚へ全力で叩き込んだ。


 ザシュッ!


「グオオオッ!」


 ついに左脚が巨体を支えきれなくなり、オーガ亜種は片膝を地面へついた。


「膝をついた!」


『今なら首が届くぞ!』


 オーガ亜種は空いている左手を地面へつき、無理やり立ち上がろうとする。


「させるか!」


 俺は地面につかれた巨大な左腕へ飛び乗った。


 黒い装甲を足場にして、肩まで一気に駆け上がる。


『我が主、それはさすがに無茶ではないか!』


「今さら言うな!」


 オーガ亜種が俺を振り落とそうと身体を激しく揺らし、足元が大きく傾いた。


 俺は肩から突き出した黒い装甲へ左手をかけ、必死に身体を支える。


「グオオオオオッ!」


 すぐ近くにあったのは、あの日、暗い迷宮で見たものと同じ赤い目だった。


「お前には、最初に買った片手剣を折られたよな」


『我は、あの安物の剣とは違うぞ!』


「ああ。お前は違う」


 俺は黒い装甲の窪みへ足をかけて身体を固定して、宝剣セレスティアを両手で握り直した。


「それに、俺もあの時とは違う!」


 青白い魂力刃を、オーガ亜種の首へ叩きつける。


 ザンッ!


 首を覆う黒い装甲が砕け、その奥にある赤黒い皮膚へ刃が食い込んだ。


 だが、硬い。まだ傷は浅い。


「もう一回!」


『何度でも振れ!』


 オーガ亜種の巨大な手が、肩に乗る俺をつかもうと迫ってくる。


 その手が届くより早く、同じ首へ二度目の斬撃を叩き込んだ。


 ザシュッ!


 傷がさらに深くなり、赤い血が激しく噴き出した。


「グオオオオオッ!」


 それでも、オーガ亜種は立ち上がろうとする。


「ケイ!」


 カコが最後に残っていた火薬石を取り出した。


「目を閉じて!」


「待て、今は近すぎる!」


 火薬石がオーガ亜種の顔へ飛ぶ。


 小さな石は、額の角の付け根を覆う硬い岩状装甲へぶつかった。


 カンッ!


 カッ!


 パンッ!


 視界が一瞬で真っ白になり、耳の奥へ甲高い音が響く。


「グオッ!」


 オーガ亜種の身体が大きくのけぞる。


 それでも、俺は宝剣を離さない。


「……やるっきゃ、ないだろ⤴︎!」


 白くかすむ視界の中、首へ作った深い傷だけを狙う。


 俺は宝剣セレスティアを、その傷へ真っすぐ突き込んだ。


 ズドッ!


 青白い魂力刃が、オーガ亜種の首の奥深くまで貫いた。


「グ……オ……」


 初めて、その巨大な身体から完全に力が抜けた。

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