第64話 オーガ亜種が何度も再生するので、カコに供給を止めてもらいます
「はあああっ!」
全力で振り上げた宝剣セレスティアの青白い魂力刃が、再形成されかけていた黒い岩状装甲へ食い込んだ。
ギギギギッ!
耳障りな音を響かせながら装甲へ亀裂が広がり、その奥にある赤黒い皮膚まで大きく切り裂かれる。
「グオオオオオッ!」
赤い血が勢いよく噴き出し、オーガ亜種の巨大な右腕が苦痛に大きく震えた。
狙っていた場所へ深く刃を食い込ませたものの、右腕を完全に切断するには、ほんの僅かに届かなかった。
「あと少しだったのに!」
『止まるな、我が主! もう一撃入れれば落とせる!』
オーガ亜種が苦痛の咆哮を上げながら、空いている左腕を大きく振り上げた。
《左腕による打撃動作を確認》
「分かってる!」
俺は宝剣を右腕から引き抜き、そのまま後方へ跳んで距離を取ろうとした。
しかし、地面を踏み込んだ瞬間、治りかけていた右肩へ鋭い痛みが走った。
「っ……!」
その痛みに、俺の身体が一瞬だけ止まる。
「ケイ!」
カコの声が響いた時には、巨大な左拳がすぐ目の前まで迫っていた。
避けきれないと判断した俺は、咄嗟に宝剣を横へ寝かせ、刀身の腹で拳を受け止めた。
ガァンッ!
「ぐっ!」
宝剣越しに凄まじい衝撃が両腕を突き抜け、俺の身体はそのまま後方へ吹き飛ばされた。
背中から地面へ叩きつけられ、肺の中にあった空気が一気に押し出される。
「がっ……!」
『我が主!』
それでも宝剣だけは離さず、地面を何度も転がった。
最後は太い木の根へ背中を強くぶつけ、ようやく身体が止まる。
「ケイ!」
カコがこちらへ走り出そうとした。
「来るな! まだあいつが動いてる!」
オーガ亜種は深く傷ついた右腕を垂らしながらも、ゆっくりと俺へ向かって歩き始めていた。
ドン。
ドン。
一歩踏み出すたびに、巨体の重さで地面が低く揺れる。
その赤い目は近くにいるカコではなく、今も俺だけを見つめていた。
「……やっぱり、こいつは俺のことを覚えてるみたいだな」
『我が主は、よほど嫌われているらしい!』
「俺は何もしてないぞ!」
『迷宮で散々逃げ回ったのであろう!』
「普通はあんな怪物に追われたら逃げるだろ!」
俺は宝剣の切っ先を地面へ深く食い込ませ、その柄を支えにしてどうにか立ち上がった。
右肩には、さっきまでとは違う熱が広がっている。
見ると、治りかけていた傷が開いたらしく、服の下から赤い血がにじみ始めていた。
「ケイ、肩から血が出てる」
「少し傷が開いただけだ。まだいける」
「少しじゃない。痛くなったら言うって約束した」
「無理はしない。まだ戦える範囲だ」
「今、もう無理してる」
《両者とも、戦闘中の会話を一時中断してください》
「コーデックスにまで怒られた!」
『紙束のくせに、今のは正論だ!』
《対象が行動を再開しています》
「それを先に言え!」
オーガ亜種は傷ついた右腕を身体の側へ引き寄せながら、ゆっくりと腰を落とした。
すると、皮膚の下を走っていた青白い光が、再び右腕の傷へ集まり始める。
「傷がまた光ってる」
カコも異変に気づいた。
《対象内部の魂力が、損傷部位へ集中しています》
砕けた黒い装甲の隙間から、粘り気のある黒い物質が少しずつ伸びていく。
それは裂けた傷口を覆うように広がり、流れ続けていた赤い血まで止め始めた。
「また再生してるのか?」
《完全な肉体再生ではありません》
《周辺から取り込んだ魂力を利用し、表層組織の修復および防護装甲の再形成を行っています》
『卑怯だぞ!』
「再生も変形もする剣が、それを言うのか?」
《周辺からの魂力供給が継続する限り、一定範囲の損傷は修復されると推測します》
「それじゃ、何度斬っても時間をかけたら元に戻るのか?」
《供給量を上回る損傷を一度に与えた場合、修復は困難です》
「つまり、腕なら一撃で完全に斬り落とせってことか」
《その方法は有効です》
『ならば、もう一度同じ場所を斬れ!』
「それが簡単にできたら、さっき切り落としてる!」
オーガ亜種の右腕を覆う黒い装甲が、青白い光を取り込みながら、少しずつ元の形へ戻っていく。
「グオオオオオッ!」
オーガ亜種は怒りの咆哮を上げると、巨体で地面を強く蹴った。
先ほどまでを上回る速さで、一気に俺の目の前まで迫ってくる。
「速っ……!」
巨大な拳が頭上から振り下ろされた。
俺は宝剣を斜めに立て、真正面から受け止めるのではなく、その軌道を横へそらした。
ガンッ!
「ぐっ!」
それでも衝撃は凄まじく、両腕がしびれ、足が湿った土の上を何歩分も滑った。
しかし、オーガ亜種は止まることなく、すぐに反対側の左拳を振り上げる。
「ケイ、目を閉じて!」
「また火薬石か!」
カコが腕を振ると、火薬石がオーガ亜種の左肩を覆う硬い岩状装甲へ激突した。
カンッ!
カッ!
パンッ!
「グオッ!」
顔のすぐ横で発生した強烈な光と音を受け、オーガ亜種は反射的に左腕で顔を覆った。
「今!」
「分かってる!」
俺はすぐに懐へ潜り込み、装甲を再形成しつつある右腕ではなく、巨体を支える左脚へ宝剣セレスティアを振り下ろした。
《魂力刃形成機構 _ _ 出力上昇》
青白い魂力刃が黒い装甲へ深く食い込み、その下にある肉まで一気に切り裂いた。
ザンッ!
「グオオオッ!」
左脚から力が抜け、オーガ亜種はその場で片膝を地面へついた。
「入った!」
『同じ場所へもう一撃だ!』
「ああ!」
俺はすぐに宝剣を振り上げたが、その瞬間、右肩へ先ほどよりも強い痛みが走った。
「っ……!」
握る力が一瞬だけ抜け、宝剣の切っ先が僅かに下がる。
「ケイ!」
「まだ大丈夫だ!」
「大丈夫じゃない!」
カコの声が飛んでくる。
それでも、ここで止まれば、せっかく作った傷も再び塞がれてしまう。
俺は歯を食いしばり、同じ左脚へ二撃目の宝剣を振り下ろした。
ザシュッ!
黒い装甲に刻まれた傷がさらに深くなり、赤い血が地面へ飛び散った。
「これなら、あと少しで脚を……」
《警告します》
「今度は何だ!」
《対象損傷部へ、周辺から大量の魂力流入を確認》
地面の下から何本もの青白い光が伸び、傷ついたオーガ亜種の左脚へ吸い込まれていく。
すると、深く切り裂いたばかりの傷が淡く光り、再び少しずつ塞がり始めた。
「今度は地下から直接力を吸ってるのか?」
《肯定します》
「この場所そのものから?」
《魂力流入経路を追跡します》
コーデックスから伸びた青白い光が、オーガ亜種の足元を照らした。
すると、今まで見えていなかった地中の光が、何本、何十本と次々に浮かび上がる。
そのすべてが、オーガ亜種の身体へ向かって流れ込んでいた。
《地上転移地点に蓄積された転送用魂力が、対象へ異常流出しています》
「ここって、俺たちが北の転移塔から転移してきた場所だよな?」
《肯定します》
『ならば、その供給を止めろ!』
「だから、それをどうやって止めるんだ!」
《地上転移地点の魂力供給機能を、一時停止する必要があります》
「操作方法は?」
《管理権限による認証が必要です》
俺とカコは、ほとんど同時にコーデックスへ目を向けた。
「私?」
《肯定します》
「どこに触ればいい?」
《地上転移地点の中心部です》
コーデックスから伸びた光が地面へ巨大な円を描き、その内側へ複雑な線が何重にも重なっていく。
円の中心は、ちょうどオーガ亜種が立っている場所のすぐ後ろにあった。
「あそこまでカコを行かせろっていうのか?」
《肯定します》
「無理だろ! オーガのすぐ近くだぞ!」
「行く」
カコは迷うことなく答えた。
「待て。危険すぎる」
「私しかできない」
「だからって、簡単に言うなよ!」
「ケイが守る」
カコは俺を真っすぐに見つめた。
その瞳に迷いはなく、俺が必ず守ると本気で信じていた。
「……俺なら守れると思ってるのか?」
「うん」
「即答かよ」
「できない?」
「できる」
「なら行く」
「でも、一人では行かせない。俺がオーガを引きつける」
「一緒に行かない?」
「俺が一緒に中心へ行ったら、オーガまでついてくる。俺が反対側へ引っ張るから、その間にカコが供給を止めるんだ」
カコは、俺の右肩から流れる血へ目を向けた。
「無理してる」
「今さらだろ」
「駄目」
「でも、あの修復を止めなければ勝てない」
「……終わったら治す」
「ああ。全部終わったら、ちゃんと治してくれ」
「今すぐ治したい」
「それは終わってからだ」
「約束?」
「約束する」
カコは、ようやく小さく頷いた。
「絶対に戻ってきて」
「カコも絶対に戻ってこいよ」
『作戦は決まったな!』
「ミメシス」
『何だ!』
「宝剣は一度解除する。俺が引きつけている間は、無銘刃へ戻れ」
『せっかく結界内では魂力刃を長く使えるというのに!』
「肩が壊れたら、最後の一撃を振れなくなる」
『……それは困る』
「本当に納得が早いな」
宝剣セレスティアを覆うように黒い靄が広がり、長い刀身と翼のような鍔がゆっくりと形を失っていく。
やがてミメシスは、細身の黒い片手剣 _ _ 無銘刃の姿へ戻った。
ミメシスが記録している武装の中では最も軽いため、傷の開いた右肩でもまだ扱える。
「行くぞ!」
「うん!」
オーガ亜種は、再び立ち上がった。




