第58話 先生を助けに下層へ行こうとしたら、直接転移する力が足りませんでした
「コーデックス、ここから下層へ直接転移することはできるのか?」
《北部転移中継塔の残存機能を利用すれば、転送先の座標を指定すること自体は可能です》
「だったら、今すぐ先生がいる場所へ行こう」
「待て」
俺が中央案内端末へ近づこうとしたところで、ラウルが左肩をつかんだ。
「何ですか? 先生は五年間も下層で捕まってるんですよ」
「だからこそ、焦るな」
「でも、生きてる可能性があるんです」
「分かっている」
ラウルは俺から目を逸らさず、落ち着いた声で続けた。
「五年間耐えていた者を助けるために、何も分からない場所へ飛び込み、全員が同じように捕まったらどうする」
「それは……」
「焦って全員が拘束されれば、今度こそ誰も助けられない。まず、本当に下層へ行けるのか確認しろ」
言われてみれば、そのとおりだった。
俺たちは下層がどのような場所なのかも、どれだけの敵がいるのかも、まだ何も知らない。
「コーデックス。下層への転移を試してくれ」
《下層転送を試行します》
中央案内端末から青白い光が床へ広がり、俺たち全員を囲むほどの大きな円が形成された。
【転送先 _ _ 指定】
【下層拘束区画】
【必要魂力 _ _ 算出】
床を走る青白い線が一度強く輝いたが、すぐに赤い点滅へ変わった。
【魂力不足】
「足りないのか?」
《現在の北部転移中継塔に残存する出力では、下層座標を安定して維持できません》
「監視石から、もっと力を集めれば?」
カコが尋ねる。
《推奨しません》
《周辺監視網が完全に停止します》
「それでも、先生を助けられるなら使って」
《否定します》
カコが顔を上げる。
《周辺監視網すべての魂力を使用した場合でも、必要量の三十一パーセントにしか達しません》
「全然足りないじゃないか……」
『ならば、この塔そのものを斬り開き、中に残っている力を取り出せ!』
「どうやって取り出すんだよ!」
『斬れば何か出てくるかもしれん!』
《施設を破壊しても、利用可能な魂力総量は増加しません》
『試してみなければ分からんだろう!』
《計算上、増加しません》
『融通の利かん紙束だ!』
「今回はコーデックスが正しい。塔を壊して先生のところへ行けなくなったら、意味がないだろ」
『我が主まで紙束の味方をするのか!』
「先生を助けるためだから我慢しろ」
俺は、空中に表示された塔の構造へ目を向けた。
「直接下層へ行けないなら、中層から下へ降りる道はないのか?」
《検索します》
立体図の一部が拡大され、北部転移中継塔と施設の中層、下層をつなぐ複数の経路が表示された。
《施設中層から下層へ接続する正規経路が存在します》
「その中層へ、ここから直接転送できないか?」
《北部転移中継塔から施設中層への直接転送も、現在の出力では実行できません》
「また力が足りないのか……」
《ただし、保護領域外縁・地上搬送口への転送は可能です》
空中へ再び結界と森の立体図が表示され、その外縁にある一つの搬送口が、強い光を放ちながら点滅した。
「俺が最初に転移した場所の近くか?」
《肯定します》
「そこなら行ける?」
《北部転移中継塔からの距離が比較的短く、既存の転送記録と固定座標が残存しています》
《必要魂力は、下層への直接転送に必要な量のおよそ九パーセントです》
「そこへ飛んでから、中層へ降りられるんだな?」
《肯定します》
《保護領域外縁・地上搬送口には、施設中層へ接続する降下転送機能があります》
「つまり、ここから結界外縁の搬送口へ飛ぶ。そこから中層へ入り、正規経路を通って下層まで降りる」
《概ね正しい認識です》
「また『概ね』か。何か問題があるのか?」
《下層へ進入するためには、王統権限または正式な王権随伴者登録が必要です》
俺とラウルは、ほとんど同時にカコへ目を向けた。
「私?」
《カコの血統情報は、王統情報との一部一致を確認しています》
「一部の一致だけでも、下層へ入れるのか?」
《現時点では不明です》
「またそれか……」
《中層管理区画において、正式な権限登録を実行できる可能性があります》
「登録したら、先生のところへ行ける?」
《可能性があります》
「なら行く」
カコは、迷うことなく即答した。
「今度は止められても行く」
「止めないよ」
俺はすぐに答えた。
「ただし、一人では絶対に行かせない。俺も一緒に行く」
「うん」
「勝手に先へ転移しないこと」
「しない」
「危険なものへ勝手に触らないこと」
「ケイも」
「……それは、お互いに気をつけよう」
『我も当然行くぞ!』
「お前は俺が持っていくんだから、最初から一緒だろ」
『下層には、王権専用の高位武装が残されている可能性が高い!』
「先生を助けることが最優先だからな!」
『分かっている! 先生を助けたあとで探せばよい!』
「早くも次の目的を追加するな!」
《稼働可能時間 _ _ 残り三分》
中央案内端末に残された時間が、さらに短くなっていた。
「この端末が止まったら、もう一度起こせるのか?」
《再起動に必要な余剰魂力が蓄積される時期は、現時点では予測できません》
「今を逃したら、次にいつ転送できるか分からないのか……」
「転送できる人数は?」
ラウルが尋ねる。
《現在の残存出力では、人間二名と、その携行装備までが安全限界です》
「二名だけか……」
ラウルが、俺とカコへ目を向けた。
「俺たちは同行できないということだな」
《転送対象を増加した場合、座標維持に失敗する可能性があります》
「失敗すると、どうなる?」
《転送先の分散》
《身体情報の欠損》
《転送経路内部での消失》
「絶対に二人までにしよう」
「コーデックスとミメシスは?」
《小型端末一基および携行武装一基として、携行装備に含まれます》
『我を紙束と同じ荷物にするな!』
《同一分類ではありません》
『そういう問題ではない!』
「今は転送できるだけありがたいと思え」
ラウルは、しばらく俺たちを見つめていた。
「本当に行くつもりなんだな?」
「はい。先生が生きている可能性があるなら、放っておけません」
「結界も直さないといけない」
カコが続ける。
「先生が直そうとしてたから、私たちが続きをする」
「戻れる保証はないぞ」
ラウルの言葉に、カコは迷うことなく答えた。
「戻る」
「なぜ、そう言い切れる?」
「ルカたちと約束したから」
ラウルは、しばらく何も言わずにカコを見つめていた。
「そうか」
やがて、腰へ下げていた小さな袋を静かに外した。
「これを持っていけ」
「何が入ってるんですか?」
「村で使っている火薬石だ。中の石は一つずつ厚い布で包んである」
ラウルが袋の口を開き、赤黒い小石を一つだけ見せた。
「使う時は布から出し、地面や硬い壁へ強く投げつけろ。大きな音と光が出る」
『武器か!?』
「目くらましだ」
『模倣できるかもしれん!』
「今ここで触ろうとするな!」
俺はラウルから袋を受け取り、落とさないよう腰へしっかりと結びつけた。
「村長には俺から説明する」
「本当にいいんですか?」
「止めても行くつもりなんだろう」
「はい!」
「ならば、ここで説得に時間を使わせるな」
ラウルが、俺の胸元を指さした。
「ただし、傷が開いたら無理をするな。カコの判断に従え」
「俺の扱いが、完全に決められてませんか?」
「正しい判断」
カコが即答する。
『我が主より、カコの方が信用されているぞ!』
「お前も、俺が無理しそうになったら止めるんだぞ」
『我は我が主の武器だ! 主の命令に従う!』
「ケイが無理したら止めて」
『……努力する』
「お前までカコの指示を優先するのか!」
『我が主を壊されては困るからな!』
「物みたいに言うなよ!」




