第56話 先生が五年前に使った北の転移塔へ入ったら、中央案内端末に記録が残っていました
北の転移塔へ続く道は、村を離れるほど森へ飲み込まれていった。
最初のうちは人が歩いた道が残っていたが、一時間も進むと草と落ち葉に覆われ、道の跡はほとんど見えなくなる。
ラウルは、木に刻まれた古い印を探しながら進んでいた。
「それが道標ですか?」
「そうだ」
木の幹には、三本の線で円を囲んだ村の紋章が刻まれている。
「昔の巡回隊が残したものだ」
「どれくらい前ですか?」
「最後に塔まで巡回したのは、俺が子供の頃だ」
「そんなに使われてないのですか?」
「塔へ近づく理由がなかった」
「何も残ってないと思ってた」
「少なくとも、動くとは思っていなかったからな」
森の奥へ進むほど、見たことのないものが増えていく。
地面から突き出した黒い板や、木々の間を横切る細い金属の柱、苔に覆われた巨大な輪があった。
「これも古代文明の遺物?」
カコが、地面から突き出した黒い板へ近づく。
《旧式道路案内端末の残骸です》
「道路?」
《人及び自動運搬機が移動するための経路です》
「道なんて見えないぞ」
《地表部分が土砂と植物に覆われています》
コーデックスから青白い光が伸び、落ち葉の下をなぞった。
ラウルが足元の土を靴で払うと、その下から黒く滑らかな地面が現れた。
「この下、全部が道なのか?」
《肯定します》
「どこまで続いている?」
《北部転移中継塔まで接続していた可能性があります》
『なら、土をすべて退かせ!』
「何日かかると思ってるんだ!」
『斧で森ごと切り開けばよい!』
「村の森を壊すな!」
《推奨しません》
『紙束に言われなくても分かっている!』
「今、自分で言っただろ!」
さらに進むと、黒い道の残骸は少しずつ幅を広げていった。
両側の木々の間には、巨大な建物の跡が見える。
壁は崩れ、屋根は失われ、内部から何本もの木が伸びていた。
それでも残された黒い骨組みは、今の村の家とは比べものにならないほど大きい。
「昔、ここにも人がいた?」
カコが尋ねる。
《肯定します》
《周辺の施設は、北部転移中継塔の作業者及び利用者のために設けられた管理区画です》
「どれくらいの人がいたの?」
《記録を取得できません》
「住んでた人たちは?」
《不明です》
カコが、崩れた建物を見上げる。
窓らしい穴の奥には、朝の空だけが見えていた。
「みんな、いなくなった」
《肯定します》
『暗い話をするな!』
ミメシスが叫ぶ。
『強い武器が残っている可能性を考えろ! そうすれば明るくなる』
「どうして全部武器の話になるんだ」
『滅びた文明に残るものといえば、強力な武器だろう!』
《生活用品の方が多数を占めていたと推測します》
『紙束は夢のないことを言うな!』
「鍋や椅子を見つけても模倣できないのか?」
『武器として作られていなければ無理だ!』
「椅子で殴れば?」
『椅子は椅子だ!』
「お前の基準、本当に細かいな」
◇
昼前、木々の向こうに巨大な黒い影が現れた。
思ったよりも道が悪く、時間がかかった。
「見えたぞ」
ラウルが足を止める。
最初は、山の一部が森の中へ突き出しているのかと思った。
森から伸びる黒い塔は中央から上が大きく崩れていたが、残された部分だけでも周囲の木々をはるかに超えている。
完全な姿を保っていた頃には、雲へ届きそうなほど高かったのかもしれない。
塔の周囲には、輪のような構造物が何重にも浮かんでいた。
「浮いてる……」
巡回隊員の一人がつぶやく。
何千年も前に作られ、支える柱もないというのに、巨大な黒い輪は塔の周囲をゆっくりと回転していた。
《北部転移中継塔を確認しました》
《施設稼働率――六パーセント》
「六パーセントで、あれが動くのか?」
《主要機能の大半は停止しています》
《現在稼働しているのは、周辺魂力収集機能及び最低限の施設維持機能のみです》
『六パーセントなら、まだ武器庫も動くかもしれん!』
「先生の記録が先だぞ」
『分かっている!』
「絶対分かってないだろ」
塔へ近づくと、森が途中で途切れていた。
そこには木々の生えていない円形の広場があり、地面には黒い板が隙間なく敷き詰められている。
板の間から草が伸びていたが、森の中よりはずっと少ない。
広場の中央には、塔へ続く巨大な入口があった。
高さは十メートル以上あり、左右へ開く黒い隔壁は完全に閉ざされている。
「どうやって入る?」
ラウルが尋ねる。
《正面認証装置を確認します》
扉の横には、人の身長ほどある透明な柱が立っていた。
コーデックスが近づき、開いたページから青白い光を浴びせたが、何も起きない。
《動力不足です》
「開かない?」
《通常認証機能は停止しています》
『斬るか!』
「まだ早い」
『いつならよい!』
「壊す以外の方法がなくなったらだ」
『最初から壊せば早いぞ!』
「お前は黙ってろ!」
カコが透明な柱へ手を伸ばす。
「待て」
俺は、その手をつかんだ。
「コーデックス、安全か?」
《判断できません》
「触る前に調べてくれ」
《外部から解析可能な範囲は限定されています》
「じゃあ、どうする?」
「私が触る」
「また手が離れなくなったら?」
「ケイがいる」
「俺が引っ張っても、離れなかったことがあるだろ」
「ミメシスで斬る」
『任せろ!』
「斬る前提にするな!」
カコが俺の手を握り直した。
「一緒に触る?」
「二人とも捕まったら困るから」
「じゃあ、私が先」
「危なくなったら、すぐ離れろよ」
「うん」
カコの手が、透明な柱へ触れた。
最初は何も起きなかったが、次の瞬間、柱の奥に青白い光が灯った。
【生命情報 _ _ 検出】
【血統情報 _ _ 照合開始】
【血統情報 _ _ 一部一致】
低い振動が、広場全体へ広がる。
「血統情報?」
ラウルがカコを見る。
「カコの血統に反応してる」
【緊急管理権限 _ _ 確認】
【北部転移中継塔・正面隔壁 _ _ 開放】
ゴゴゴゴゴ……。
巨大な扉が、地面を震わせながら左右へ動き始めた。
何十年、何百年、あるいは何千年も開かなかった扉の隙間から、冷たい空気が流れてくる。
塔の内部では、細い青白い照明が一本ずつ点灯していった。
「開いた」
『さすが小娘だ!』
《血統情報による認証です》
『分かっている!』
「入るぞ」
ラウルが剣を抜く。
「何が動くか分からない。周囲を警戒しろ」
巡回隊員たちも弓や槍を構え、俺は背中からミメシスを抜いた。
すると、カコがすぐに俺を見る。
「軽い剣」
「分かってる」
『我は元から軽い!』
「片手剣のままでいろってことだ」
『強敵が出てもか?』
「その時に考える」
「大斧は駄目」
『小娘は我の力を制限しすぎだ!』
「ケイが怪我するから」
『我が主よ! 何とか言え!』
「カコに賛成だ」
『主従関係が逆ではないか!?』
◇
塔の内部は、外から想像していた以上に広かった。
入口の先には巨大な吹き抜けがあり、その上には青空が広がり、その中央を何本もの黒い柱が貫いている。
壁沿いには何層もの通路が巡らされ、空中には細い足場や透明な箱のような設備が停止していた。
「上まで全部、建物なのか?」
《肯定します》
《転送管理》
《人員輸送》
《物資搬送》
《経路調整》
《複数施設との通信》
《それらを処理するための中継施設です》
「これだけ大きなものが必要だったのか?」
《最盛期には、一日数万人が利用していました》
「数万人……」
ラウルが吹き抜けを見上げる。
今の村にいる人間を何十倍、何百倍集めても足りないほど、多くの人がかつてここを行き来していた。
今は誰もおらず、風もないのに古い案内板だけが時折点滅している。
【第十二転送口 _ _ 閉鎖】
【南部管理区画 _ _ 接続なし】
【中層管理区画 _ _ 管理者専用】
【下層王権区画 _ _ 権限者専用】
【保護領域外縁・地上搬送口 _ _ 接続待機】
「保護領域?」
聞き覚えのある言葉に、カコが表示へ目を向けた。
「結界のこと?」
《カコが居住していた結界の外縁部を示している可能性があります》
「ここから、結界の近くへ行けるのか?」
《経路情報の取得が必要です》
「先生も、それを使おうとした?」
《可能性があります》
「先へ進もう」
カコが俺の手を引く。
吹き抜けの中央には、腰ほどの高さの黒い台があった。
台の上には光を失った透明な板があり、その周囲には人が立つための円が幾つも並んでいる。
《中央案内端末です》
「これを動かせば、先生の記録を確認できる?」
《可能性があります》
「どうやって起こすの?」
《周辺魂力を収集します》
コーデックスが黒い台の上へ移動し、ページを大きく開いた。
《外縁監視端末との接続を確認しました》
《残存魂力を一時転送します》
「監視石の力を、また使うのか?」
ラウルが尋ねる。
《短時間であれば、監視機能への影響は限定的です》
「どれくらい止まる?」
《停止させません》
《監視機能に使用されていない余剰分のみを利用します》
「本当だろうな?」
《虚偽を述べる理由はありません》
『紙束の言葉は、正しいが不安になるな!』
「お前が言うのか?」
塔の床を青白い光が走る。
外から届いた光は、壁や柱、床に刻まれた細い線を通り、中央の黒い台へ集まっていった。
ブゥンという低い音が響き、倒れていた透明な板がゆっくりと起き上がる。
【中央案内端末 _ _ 一時起動】
【稼働可能時間 _ _ 十四分】
「短いな」
《必要な情報を優先して検索します》
カコが台の前へ立った。
「先生の黒い輪」
《管理補助端末の識別情報を入力します》
透明な板へ大量の文字が流れ始める。
その速さは俺の目では追えなかったが、やがて一つの記録が中央で止まった。
《該当記録 _ _ 一件》
《記録日時 _ _ 約五年前》




