第55話 監視石の調査から戻ったら、北の転移塔へ向かうことになりました
監視石の調査から戻ると、村の警戒鐘はすでに鳴りやんでいた。
門の上に並んでいた弓兵も、半分ほどが持ち場を離れている。
「戻ったぞ! 監視石は復旧した!」
ラウルが声を上げると、門の周囲にいた村人たちから安堵の声が上がった。
「魔物は?」
「近くには確認されなかった」
「なら、どうして光が消えた?」
「北の転移塔が、監視石の力を吸い上げていた」
村人たちが一斉に顔を見合わせる。
「北の塔が?」
「あそこは死んでいるはずだ。何十年も光っていないぞ」
「詳しい話は村長へ報告する。ひとまず、すぐに魔物が襲ってくる危険はない」
重い音を立てながら門が開いた。
俺たちが村へ入ると、建物の陰からルカとミナが飛び出してきた。
「カコ、お帰り!」
二人がカコの前へ駆け寄る。
「ただいま。約束したから」
「うん! 怪我してない?」
「してない」
カコがルカへ拳を差し出すと、ルカの顔がぱっと笑顔になりながら、自分の拳を軽くぶつけた。
カコも、少しだけ照れたように笑う。
ルカが今度は俺を見た。
「ケイは、怪我してない?」
「俺も無事だ」
「本当?」
「どうして疑うんだ?」
「いつも怪我して、たくさん包帯を巻いてたから」
「それは一回の怪我が多かっただけだ!」
『我が主は、攻撃を避けるのが下手だからな!』
「お前が無理な武器を使わせるからだろ!」
カコが俺の服の袖を引く。
「今日は怪我してない?」
「一緒にいて、見ていただろ」
「包帯の下は見えない」
「新しい傷は増えてないよ」
「本当?」
「本当だって、信じてくれ!」
◇
村長の家では、オルドとエナが待っていた。
「監視石の状況は?」
オルドが尋ねる。
「破壊されたわけではありませんでした」
ラウルは、北の転移塔が周辺の監視石から魂力を吸い上げていたことを報告した。
さらに、カコの血統情報を使って、一時的に監視機能を復旧させたことも説明する。
「二つ目と三つ目の監視石は?」
「巡回隊に確認させています。先行していた二人とも合流できるはずです」
「分かった。報告が届くまで警戒は続ける」
「もう一つ、報告があります」
ラウルが俺とカコへ目を向けた。
その視線を受け、俺が先ほど見つかった記録について説明する。
「五年前、先生の管理補助端末が北の転移塔へ接続した記録が見つかりました」
「やはり、あの老人は北の塔へ向かったのか」
オルドが目を細める。
「先生は、そこから転移した。でも、行き先が分からない」
カコが言う。
「塔の中へ入れば、もっと詳しい記録が残っている可能性があります。明日の朝、北の転移塔へ向かいたいと思います」
俺が続けると、エナがすぐにこちらを見た。
「傷は?」
「だいぶ治りました。痛みも、ほとんど……」
「自分で決めない」
エナが俺の肩へ指を当てた。
「痛っ!」
「痛いじゃない」
「そこは、まだ少しだけです」
「剣を振ったら?」
「たぶん痛いです。でも、先生の手掛かりが……」
「戦うために行くの?」
「調べるためです」
「魔物が出たら?」
「ラウルたちもいます」
『我もいるぞ!』
「あなたがいるから、この人が無理をするの」
『なぜ我ばかり責められる!』
「正しいから」
カコが言う。
『小娘まで!』
エナは俺の包帯を外し、塞がりかけた傷を丁寧に確認した。
「強く振らなければ、軽い剣は使っていいわ」
「本当ですか?」
『また我を軽い剣と呼んだな!』
「大斧や長槍を長時間使うのは駄目」
『なぜだ! 我の力を制限する気か!』
「使うのはケイ。ミメシスが決めない」
カコが淡々と言う。
『我が主!?』
「今回はカコとエナの言う通りにする」
『我が主まで裏切るのか!』
「俺の身体だからな!」
オルドが机の上へ古い地図を広げた。
「北の転移塔までは、村から歩いて二時間ほどだ。途中からは、村人もほとんど使わない道になる」
以前にも一度確認した道へ、オルドの指が沿っていく。
「同行するのは、ラウルと巡回隊員四名だ」
「多くないですか?」
「少ないくらいだ。塔の周囲で何が起きているか分からん」
「以前は、近づいても何も起きなかった」
ラウルが地図の北側を指さした。
「だが、今は監視石から力を集めている。中へ入った瞬間、古代兵器が起動する可能性もある」
『望むところだ!』
「望むな!」
「武器を見つけても、勝手に触らない」
カコがミメシスへ言う。
『我に言っているのか? 触るのは我が主だ!』
「模倣するのはミメシス」
それを見て、オルドが小さく息を吐いた。
「出発は明朝だ。今日は準備と休息に使え」
カコが、地図に記された北の転移塔を見つめる。
「先生がそこにいて、明日行ける」
「ああ。今度こそ何か分かる」
俺が言うと、カコは地図の北側へ目を向けたまま、俺の手を握った。
「先生を見つける」
◇
翌朝、まだ空が薄暗いうちに、俺たちは村の北門へ集まった。
水や干し肉、黒パンに加え、薬草や包帯、野営に使う布も用意している。
カコが背負う荷物は、最初に森の端まで出かけた時よりも多かった。
「重くないか? 俺が少し持つよ」
「駄目」
「どうして?」
「怪我人だから」
「もうほとんど治ってるよ」
「ほとんどは、全部じゃない」
「でも、カコの荷物は重いだろ。無理するな」
「ケイに言われたくない」
「またそれか。少しくらいなら大丈夫だって」
俺が荷物へ手を伸ばすと、カコは正面を向いたまま一歩後ろへ下がった。
「せめて食料を持たせてくれ」
「食べたら軽くなる」
「今食べる気か?」
「違う」
『我が主よ』
「なんだ?」
『小娘に荷物を運ばせ、我が主は我だけを持てばよい!』
「一番重いのはお前じゃないか。自分で歩け」
『我は我が主の武器だぞ!』
《アエテル・ミメシスの自立移動機能は確認されません》
『紙束は余計な確認をするな!』
門の前では、ルカとミナも待っていた。
二人とも、まだ眠そうに目をこすっている。
「見送りに来たのか?」
「カコが行くから、早起きした」
ミナが、カコへ小さな布袋を差し出した。
「これ、持っていって」
「何?」
「赤い実を干したもの」
「甘い?」
「甘いよ」
カコが布袋を受け取る。
「ありがとう」
「帰ってきたら、また輪投げしようね」
「うん」
「今度は負けない!」
「たぶん、負ける」
「そこは少しくらい手加減して!」
「手加減、どうして?」
「勝てないから!」
カコが真剣な表情で考える。
「難しい」
「当てる方が難しいんじゃないの?」
「外す場所を決める方が難しい」
「カコ、変なところで真面目!」
ルカがカコへ拳を差し出すと、カコも自然に自分の拳を軽くぶつけた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい!」
その言葉を聞いたカコが、少し驚いたように瞬きをした。
「行ってらっしゃい」
それは以前、カコが先生へ向けて何度も言った言葉だった。
カコの拳がわずかに震えたため、俺はその手を包むように握った。
「帰ってくるぞ。一緒に」
「うん」
カコはルカたちを見る。
「行ってきます!」
今度は、さっきよりも強い声だった。




