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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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第54話 監視石を再起動したら、先生が五年前に北の転移塔を使った記録が見つかりました

 カコの手が監視端末に触れても、最初の数秒は何も起きなかった。


 だが次の瞬間、指先を中心に青白い光が広がり、黒い柱の内部に眠っていた細い線が一斉に反応し始めた。


【生命反応 _ _ 確認】


【血統情報 _ _ 照合】


【登録情報 _ _ 一部適合】


【緊急管理権限 _ _ 確認】


「反応した」


【外縁監視端末の一時起動 _ _ 申請】


【承認】


 監視端末の根元に一本の細い光が灯り、次々と枝分かれしながら、黒い柱の下から上へ伸びていった。


「いつもの光と違う……」


「これほど明るく光ったところは、今まで一度も見たことがない」


 ラウルたちは驚いたように監視端末を見上げた。


 やがて柱の上部から複数の半透明な板が展開し、森の地図や点滅する光、細い線でつながれた複数の施設が空中へ浮かび上がった。


「空中に地図が出た……」


《周辺管理網の接続状態を表示しています》


 地図の南側には、現在地を示す監視端末と、その近くにある第三遺跡が表示されていた。


 さらに北側には、細長い塔の形をした印が浮かんでいる。


「これが北の転移塔?」


 カコが尋ねる。


《肯定します》


 北の塔から伸びた何本もの赤い線が、二つ目と三つ目の監視端末や、ほかの古代設備へつながっていた。


 赤い線の中では、小さな光が北の塔へ向かって流れ続けている。


「この状態が続いたら、どうなる?」


《周辺の監視端末が順番に停止します》


「村が、魔物を見つけられなくなる」


《肯定します》


「この端末から、北の塔への供給だけ止められないのか?」


《可能です》


《当該端末から発生している魂力供給を遮断します》


 コーデックスが、カコの手元へ近づいた。


《カコ》


「なに?」


《空中へ表示された青白い円に触れてください》


 監視端末の横に青白い円が一つ浮かび上がる。


 カコは指を伸ばし、その中央へ触れた。


【緊急管理権限 _ _ 使用】


【当該端末からの魂力供給 _ _ 停止】


【外縁監視機能 _ _ 再起動】


 監視端末の光が一段と強くなり、柱の上部に淡い青色の球体が静かに浮かび上がった。


「戻ったのか?」


 ラウルが尋ねる。


《肯定します》


《周辺生命反応の監視を再開しました》


「魔物はいるか?」


《半径一・五キロメートル以内に、大型の敵性反応は確認されません》


「一・五キロメートルって、どれくらいなんだ?」


「おおよそ村から、この監視石の周辺までだ」


 ラウルが答える。


「つまり、今すぐ魔物が村へ迫ってるわけじゃないんだな?」


《その可能性は低いと判断します》


 その答えを聞き、村人たちの表情からようやく少しだけ緊張が抜けた。


『見たか!』


 ミメシスが、なぜか自分の功績であるかのように叫んだ。


『我らが来た途端、あっという間に直ったぞ!』


「直したのはカコとコーデックスだろ」


『我も見守っていた!』


「本当に何もしてないじゃないか」


『精神的な支援だ!』


《不要でした》


『紙束め!』


 その間も、コーデックスは空中に表示された地図を確認していた。


 開いたページには、細かな文字が次々と流れている。


「コーデックス、何か見つけたのか?」


《北部転移中継塔からの接続要求に、未処理の通信記録が付随しています》


「未処理の通信記録?」


《過去に正常な処理が行われなかった記録です》


「その内容は読めるのか?」


《復元を試みます》


 空中の地図が大きく揺らぎ、北の転移塔を示す印が青白く点滅し始めた。


《通信記録を復元しました》


【記録時期 _ _ 約五年前】


 その言葉を聞いた瞬間、カコの肩が小さく動いた。


「五年前……」


 先生が家を離れ、この村を訪れた時期とも一致する。


【接続地点 _ _北部転移中継塔】


【使用端末 _ _ 管理補助端末】


「管理補助端末って……先生が右手につけていた黒い輪?」


 カコが息を詰めるように尋ねた。


《識別情報を照合します》


 コーデックスのページが、勢いよくめくられ始めた。


《利用履歴保管区画に残されていた通過記録》


《多腕式防衛機兵に残されていた管理者補助記録》


《該当する端末情報との照合を実行します》


 短い沈黙の間、カコが俺の手を強く握った。


 爪が少し食い込んだが、俺は何も言わず、その手を握り返した。


《照合が完了しました》


《一致率――九十九・七パーセント》


「先生の?」


《肯定します》


《カコが先生と呼称する人物の所持端末と、同一である可能性が極めて高いと判断します》


「先生は、本当に北の転移塔へ行った……」


《約五年前、当該管理補助端末が北部転移中継塔へ接続した記録が存在します》


「そのあと、どこへ行ったの?」


《記録を確認します》


 空中に表示された地図へ新たな線が現れ、北の転移塔から青白い光が地中深くへ伸びていく。


 しかし、その線は途中で赤く変わった。


《転移処理が実行されています》


「先生が転移した?」


《肯定します》


「転移先は?」


《該当する記録が損傷しています》


「直せない?」


《現在アクセス可能な端末情報のみでは、完全な復元は不可能です》


 カコの爪が、さらに強く俺の手へ食い込んだ。


「先生が北の転移塔から、どこかへ行った」


「ああ、だったら、塔の中にはもっと詳しい記録が残ってるかもしれない」


《その可能性は高いと判断します》


「北の転移塔まで、どれくらい?」


 カコがすぐにラウルへ目を向けた。


「村から歩いて二時間ほどだ」


「今日行ける?」


「今、一度村へ戻ってから向かえば、帰りは夜になる」


「泊まればいい」


「塔の周囲は、安全が確認されていない」


「でも、先生が……」


「カコ」


 俺は、握られた手にそっと力を返した。


「まず一度、村へ戻ろう」


「時間がかかる」


「五年前の記録だ。今ここで数時間急いでも、五年前に起きたことは変わらない」


「でも……」


「監視石が止まった原因も、先に村へ報告しないといけない。それに、北の塔へはラウルたちと一緒に向かう予定だっただろ」


 南側の監視石を調べるため、今日の北行きは中断されていた。


 原因が分かったからといって、俺たちだけで予定を変えて北へ向かうわけにはいかない。


「村へ戻って、オルドと相談しよう。今から出るのが遅いなら、明日の朝一番に向かえばいい」


 カコは、空中に浮かぶ地図の北側へ目を向けた。


 転移塔を示す印は、今も弱く点滅している。


「先生が、そこにいた」


「ああ。本当にそこまで行ったようだ」


「今もいる?」


「それを確かめに行こう」


「一緒に?」


「もちろんだ。一緒に行くって約束しただろ」


 カコはようやく、小さく頷いた。


「分かった」


 ラウルが巡回隊員たちへ向き直った。


「一人は先に村へ戻り、監視石が復旧したことを伝えろ」


「二人は先行した巡回隊を追いながら、二つ目と三つ目の監視石を確認してくれ。異常があれば、すぐに報告しろ」


「残る一人は、一緒に村へ戻る」


「北の転移塔へ行く許可は?」


「俺が決めることではない。村長と相談する」


『相談など不要だ!』


 ミメシスが大声を上げる。


『先生とやらの痕跡が残っているなら、そのまますぐ北へ向かえばよいではないか!』


「だから、村へ報告する必要があるって話してただろ」


『我がいれば十分だ!』


「お前は暗くなっても道を照らせないだろ」


『我は剣だぞ!』


「こういう時だけ便利に剣へ戻るな!」


《北部転移中継塔には、武装格納区画が併設されていた可能性があります》


『聞いたか、我が主!』


「今は帰る時間の話をしてるんだ!」


『強い武器が残っている可能性があるぞ!』


「先生の手掛かりを探しに行くんだからな!」


『両方探せばよい!』


「勝手に目的を増やすな!」


 ラウルが、騒ぎ続ける俺たちを呆れた顔で見つめた。


「お前たちは、緊張感があるのかないのか分からんな」


「俺にも分からなくなってきました」


 復旧した監視端末の青白い光が、薄暗い森の中を静かに照らしている。


 今回の異変は魔物の襲撃ではなく、少なくとも今すぐ村が危険にさらされているわけではなかった。


 だが、長い間停止していた北の転移塔が、再び周囲の古代施設へ信号を送り始めている。


 しかも、その塔には先生が五年前に転移を行った、確かな記録が残されていた。


 俺たちは再び青白く光り始めた監視石を背に、村へ向かって歩き始めた。

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