第53話 監視石を調べたら、北の転移塔へ力が吸い上げられていました
南側の監視石へ続く道は、第三遺跡へ向かう途中から脇へ外れ、さらに深い森の中へ伸びていた。
人が歩いた痕跡は残っているものの、村の近くほど整備されてはいない。
伸びた草が足元を覆い、張り出した細い枝が何度も進路を塞いでいた。
「この監視石は、いつ頃から村で使ってるんですか?」
歩きながら尋ねると、先頭近くを進んでいたラウルが答えた。
「村ができるより前から、すでにこの森にあったと伝えられている」
「つまり、作ったのは村人じゃないんですね?」
「ああ」
「だったら、正しい使い方は分かってるのですか?」
「石に触れて起動させれば、周囲に魔物が近づいた時に色が変わる。それだけ分かっていれば十分だった」
「それだけ?」
「それだけでも、村を守るには役立っている」
《正式な操作方法を理解しないまま、監視機能のみを利用していたと判断します》
「コーデックスは、正しい使い方を知ってるのか?」
《現物をまだ確認していないため、回答できません》
「まだ分からないのに、ずいぶん偉そうに言ったな」
『いつものことだ!』
《私は、村人が正式な操作方法を把握していないという、確認可能な事実を述べただけです》
『まだ石そのものは確認していないだろう!』
《村人の知識については、すでに確認しました》
『その言い返し方が腹立たしいのだ!』
俺たちの少し前方では、巡回隊員の二人が地面や周囲の草を確かめながら、慎重に進んでいた。
そのうちの一人は時折しゃがみ込み、土に残った足跡や折れた枝を調べている。
「何か見つかったか?」
ラウルが尋ねる。
「鹿と小型の獣らしい足跡があります」
「魔物は?」
「今のところ、それらしい痕跡はありません」
「監視石が消えたのに、魔物の痕跡がないのですか?」
「だから確認へ向かっている」
ラウルが周囲へ目を配ったまま答える。
「普段は、魔物が近づくと監視石の光が消えるんじゃないのですか?」
「違う。通常は淡く光っていて、魔物が一定の範囲へ近づくと赤く変化する」
「完全に消えたことは?」
「俺が知る限り、一度もない」
「壊れた可能性はあるのですか?」
「ある」
《ほかにも複数の可能性が考えられます》
「例えば?」
《動力供給の停止》
《通信経路の切断》
《管理系統からの強制休止》
《端末そのものの機能停止です》
「候補が多すぎるな」
《現物を確認していないためです》
『結局、見なければ分からんのだろう!』
《肯定します》
『ならば最初からそう言えばよい!』
◇
三十分ほど森を歩いた頃、先頭を進んでいた巡回隊員が突然右手を上げた。
「見えました」
木々が少しだけ開けた場所の中央に、一本の黒い柱が立っていた。
高さは俺の背丈より少し高い程度で、一見すると、滑らかに磨かれた黒い石柱に見える。
だが近づいて見ると、表面の内側には透明な素材が何層にも重なり、その奥を細い線が複雑に走っていた。
「これ、第三遺跡で見た設備と同じ作りだな」
《肯定します》
《アエテルヌム製の外縁監視中継端末です》
「監視石じゃないのか?」
《現代における呼称を否定する必要はありません》
「でも、石じゃない?」
カコが尋ねる。
《否定します》
《魂導複合素材によって形成された情報端末です》
ラウルたちは、まったく理解できないという顔で互いを見た。
「情報端末? 何を言っているのか、よく分からないな」
『難しい言葉を並べるな、紙束!』
「つまり、簡単に言えば魔物を見つけるための道具なんだろ?」
《機能を大幅に簡略化して説明するなら、その認識で問題ありません》
「最初からそう言ってくれ」
監視石――正確には監視端末そのものに、傷は一つも見当たらなかった。
倒れてもおらず、表面に爪痕や何かをぶつけた跡もない。
ただ、いつもなら淡く光っているという内部の線だけが、完全に暗く沈んでいた。
「外から壊されたようには見えないな」
ラウルが監視端末の周囲へ目を向ける。
「魔物の爪痕もありません。地面にも大型の足跡は残っていません」
巡回隊員の一人が答えた。
「先に向かった二人の痕跡は?」
「二人分の足跡があります。監視石の周囲を調べたあと、さらに先へ進んだようです」
「どちらへ向かった?」
「二つ目の監視石へ続く道です。争ったような痕跡もありません」
「なら、ここを調べたあとで追う」
少なくとも、この場所で先行した二人が襲われたわけではないらしい。
だが、二つ目の監視石も点滅を始めている以上、安心はできなかった。
「それなら、どうして光だけ消えたんだ?」
《解析します》
コーデックスは監視端末の周囲をゆっくりと飛び、開いたページから青白い光を伸ばした。
その光が、柱の上部から根元までを何度もなぞっていく。
《外部損傷はありません》
《内部構造から、一部応答を確認しました》
《動力供給は停止しています》
「やっぱり、単純に力が切れたのか?」
《否定します》
《供給可能な魂力は現在も存在します》
《ただし、供給されるはずの魂力が別の経路へ流れています》
「誰かが力を持っていってる?」
カコが黒い柱を見つめる。
《意図的な操作かどうかは、現時点では判断できません》
「どこへ流れてるかは分かるか?」
《地下接続部を確認する必要があります》
「地下?」
監視端末の根元は、長年積もった土と伸びた草に完全に覆われていた。
ラウルが巡回隊員へ合図を送り、二人が携帯していた小型の鍬や短剣で、周囲の草と土を慎重に取り除き始める。
「俺も少しくらい手伝えるぞ」
「下がっていろ」
ラウルが即答した。
「草をどけるくらいなら大丈夫です」
「枝へ足を取られて転び、傷を開く可能性がある」
「俺をどれだけ不器用だと思ってるんだ?」
カコが、横からじっと俺を見つめた。
「転ぶかもしれない」
「カコまで言うのか?」
「最初の頃、寝台の横でも転んだ」
「まだ覚えてるのかよ」
「大事なことだから」
『我が主の失敗は、長く語り継がれるのだ!』
《必要であれば、私も記録できます》
「絶対に記録しなくていい!」
俺が見守っている間に、監視端末の根元が完全に露出した。
地面には黒い円形の板が埋め込まれ、その表面を走る幾つもの細い線が、中央の一点へ集まっている。
コーデックスの青白い光が、円形の板から地中へ向けて伸びた。
《地下魂導線を確認しました》
「この線で、第三遺跡とつながってるのか?」
《肯定します》
《第三遺跡》
《北部転移中継塔》
《保護領域制御施設》
《複数の施設が、同一の管理網を形成していたと推測します》
「北部転移中継塔……」
オルドから、先生が最後に向かった可能性があるのは、北の転移塔だと聞いていた。
「この監視石と、北の転移塔までつながってるのか?」
《かつては接続されていました》
「今は?」
《断続的な接続要求を確認しています》
「接続要求?」
《停止していた北部転移中継塔から、周辺管理網への通信接続が試行されています》
ラウルの表情が変わる。
「北の転移塔が動き始めたということか?」
《完全起動ではありません》
《残存している機能の一部が、周辺端末から魂力を収集している状態です》
「それで、この監視石から力が抜けて光が消えたのか?」
《肯定します》
「二つ目が点滅しているのも、同じ理由か?」
《同一の原因である可能性が高いと判断します》
魔物に壊されたのではなく、監視端末の力が、遠く離れた北の転移塔へ少しずつ吸い上げられていた。
「でも、どうして今になって急に北の塔が動き始めたんだ?」
《推測します》
《第三遺跡の一部再起動》
《アエテル・コーデックスの復帰》
《アエテル・ミメシスによる複数武装情報の取得》
《カコの血統情報照合》
《複数の条件が重なり、停止していた管理網が部分的に再起動した可能性があります》
「……ほとんど、俺たちが原因みたいじゃないか」
《否定できません》
『そこは否定しろ、紙束!』
《事実と異なる回答はできません》
『気に入らん!』
「俺も反論できなくなるから、今は黙っててくれ」
ラウルが、暗いままの監視端末を見つめた。
「これを元へ戻せるか?」
《一時的な復旧は可能です》
「完全には直せない?」
《北部転移中継塔から発生している接続要求を停止させる必要があります》
「それまでは、何度直しても再び光が消える可能性があるのか?」
《肯定します》
「なら、まず今だけでも監視機能を戻してくれ」
《カコによる認証が必要です》
「私?」
カコが監視端末へ一歩近づいた。
「危険はないのか?」
《通常の認証処理のみであれば、危険性は低いと判断します》
「低いってことは、ゼロじゃないんだな?」
《完全な安全を断定できる情報が不足しています》
「相変わらず不安になる言い方だな……」
「私がやる」
カコは迷わず黒い柱へ手を伸ばし、俺もそのすぐ隣に立った。
「何か変だと思ったら、すぐ手を離せよ」
「その時は、ケイの手で引っ張って」
「分かった。すぐ端末から引き離す」
カコの手が、監視端末の表面に触れた。




