第52話 北の転移塔へ向かうはずが、消えた監視石の調査を優先することになりました
「魔物が入った時期は分かるか?」
「分かりません。ただ、俺たちが遺跡にいた時には、すでに内部へ入り込んでいました」
《副搬入口付近で確認した足跡の状態から、侵入後の経過時間は長くないと推定します》
「その後も緊急避難口が開いたままなら?」
ラウルが低い声で尋ねた。
「今も別の魔物が入り込んでいるかもしれません」
「あるいは、入ろうとした魔物が監視石を壊したか」
オルドが、第三遺跡と監視石の間を指でなぞる。
緊急避難口の正確な状態は分からない。
狼型魔物が本当にそこから侵入したという証拠も、まだ見つかっていない。
だが、位置だけを見れば無関係とは思えなかった。
「監視石へ向かった二人は、どの道を通った?」
「南門から、第三遺跡へ続く巡回路です」
若い村人が答えた。
「緊急避難口の近くを通るのか?」
「おそらく通ります」
ラウルの表情が、さらに険しくなる。
「急ぐ必要があるな」
「その緊急避難口について、ほかに分かることは?」
オルドが尋ねる。
《施設内で重大な異常が発生した際、地上へ退避するための通路です》
「大型の魔物も通れるのか?」
《記録上の通路幅であれば可能です》
「入口の見た目は?」
《地上部は周囲の地形へ隠す構造となっています》
「森の中にあっても、簡単には見つからないのか」
《肯定します》
「それなら、村の巡回隊が今まで気づかなかったのも不思議ではないな」
俺たちも第三遺跡の内部をかなり移動したが、緊急避難口らしい場所は見ていない。
崩落した壁や閉じた扉の先にあったなら、気づかず通り過ぎていてもおかしくなかった。
「村長、どうしますか?」
若い村人が不安そうにオルドを見る。
オルドはすぐには答えず、地図に記された第三遺跡、緊急避難口、南側の監視石を順番に見比べた。
やがて、その指が北へ続く道から離れる。
「北行きは延期だ」
カコが小さく息を止めた。
「でも、先生……」
「カコ」
俺は、その手を握った。
「まず、南側で何が起きたのか確認しよう」
「でも」
「監視石の異常が、魔物の侵入経路と関係しているかもしれない。巡回へ出た二人も戻ってきていない」
「先生の手掛かりは?」
「消えないよ。転移塔も逃げない」
『塔は歩かんからな!』
「今は黙ってろ!」
カコは地図の北側を見つめたまま、しばらく動かなかった。
先生の手掛かりを、ようやく追えるところまで来たのに、それがまた遠ざかってしまったように感じているのだろう。
「南を確認したら、北へ行く?」
「ああ。問題を片づけたら、必ず行く」
「一緒に?」
「もちろん」
「……分かった」
カコは小さく頷いた。
ラウルは腰の剣を確かめる。
「俺が南側の監視石へ向かう」
オルドも頷いた。
「巡回隊から二人追加しろ。村の門も閉じる」
「子供と老人は中央へ集めます」
「弓を使える者は南側の柵へ配置しろ」
指示が次々と飛び、若い村人はすぐに外へ走っていった。
鐘はまだ鳴り続けている。
カァン!
カァン!
村の外では、人々の声が次第に増えていった。
「俺たちも行きます」
俺がそう言うと、ラウルはすぐにこちらを見た。
「駄目だ」
「どうしてですか?」
「怪我人だからだ」
「もう軽い剣なら振っていいと、エナから許可は出ています」
「軽い剣を振ることと、何が待っているか分からない森へ入ることは別だ」
「でも、第三遺跡の内部を知っているのは俺たちです」
「それでもだ」
「コーデックスなら、緊急避難口や監視石の異常を確認できるかもしれない」
《可能です》
『我もいるぞ!』
「ミメシスも、戦闘になれば役には立つ」
『なぜ少し不満そうに言う!』
「今は黙れ!」
オルドはしばらく俺たちを見つめたあと、カコへ視線を移した。
「お前も行くつもりか?」
「ケイが行くなら」
「まだ俺も行くと決まってないぞ」
「一緒に考えるって言った」
「そうだけど……」
「勝手に決めない」
「覚えてたのか」
「約束だから」
オルドは深く息を吐いた。
「条件がある」
ラウルが振り返った。
「村長」
「遺跡に関する知識は必要だ。古代装置を調べられる全書もいる。ただし」
オルドが俺を指さした。
「前へ出るな」
「戦うなってことですか?」
「必要になるまでだ。お前は本来、まだ治療中だからな」
「分かりました」
「分かっている顔ではない」
「私もそう思う」
カコが隣から言った。
「カコまで言うな!」
『我が主の信用のなさは見事だな!』
《過去の行動から見て妥当な評価です》
「全員で責めるな!」
北の転移塔へ向かう予定は延期になり、先生の手掛かりをすぐに追うことはできなくなった。
だが、第三遺跡の近くで起きた異常を、見なかったことにはできない。
狼型魔物が森から遺跡へ入ったのなら、その侵入経路は今も開いたままかもしれなかった。
この村には、カコにとって初めての友達がいる。
ルカやミナをはじめ、ほかの子供たちもここで暮らしている。
危険があるかもしれないのなら、確かめずに北へ向かうことなどできない。
外では警戒を告げる鐘が鳴り続けていた。
カァン!
カァン!
俺はミメシスを背負い直し、カコは俺の手を強く握った。
「一緒に行く」
「ああ。でも無茶はするなよ」
「ケイも」
「……それは俺も言われるんだな」
オルドが地図を畳み、ラウルが扉を開ける。
外ではすでに、武器を手にした村人たちが南門へ向かって走っていた。
北の転移塔へ向かうはずだった、その朝。
俺たちは反対側にある第三遺跡へ続く道で、何が起きたのかを確かめることになった。
森から第三遺跡へ入り込んだ狼型魔物。
現在の状態を確認できない緊急避難口。
そして、光を失った南側の監視石。
それらが本当につながっているのか、その答えは、まだ誰にも分かっていなかった。
◇
村の中央では、警戒鐘が鳴り続けていた。
カァン!
カァン!
カァン!
村人たちは家の外へ出していた道具を片づけ、子供たちを建物の中へ入れている。
門の上には、弓を持った人々が並び始めていた。
「カコ!」
ルカの声が聞こえる。
見ると、ルカとミナが母親たちに手を引かれながら、こちらを見ていた。
「どこへ行くの?」
「監視石」
カコが答える。
「危ない?」
「分からない」
「帰ってくる?」
カコは俺を見ることなく答えた。
「帰ってくる」
以前なら俺へ答えを求めていたが、今では自分で言えた。
「絶対?」
「うん」
「約束だよ!」
「約束」
ルカが近づいてきて、拳を差し出した。
カコは何をするのか分からず、その拳を見る。
「約束するときに、お互いの拳をぶつけ合うんだ」
カコも小さく拳を作り、二つの拳が軽く触れ合う。
「絶対帰ってきてね」
「うん」
カコは笑った。
「帰ってくる」
「俺にはないのか?」
俺が尋ねると、ルカは少し考えた。
「ケイも帰ってきて」
「ついでみたいに言うなよ」
「カコを連れて」
「そっちが本命か!」
ルカは俺にも拳を差し出すと、俺も軽く拳をぶつけた。
「約束な」
「分かった」
『我とも約束しろ、小僧!』
「剣に拳はないよ」
『気持ちでぶつけろ!』
「どうやって?」
『我にも分からん!』
「じゃあ無理」
『諦めるのが早い!』
子供たちは母親たちに連れられ、家の中へ入っていく。
カコはその姿が見えなくなるまで、じっと背中を見ていた。
「行くぞ」
ラウルが言う。
「ああ」
「うん」
同行するのは、ラウルと村の巡回隊員四人、俺とカコ、ミメシス、そしてコーデックスだ。
村の門が開く。
さっきまで穏やかに見えていた森が、今は何かを隠しているように見えた。




