第51話 北の転移塔へ行く前に、第三遺跡の異常を調べる必要が出てきました
南側の監視石が光を失ったという報告を聞いた瞬間、村長の家にいた全員の表情が変わった。
ついさっきまで北の転移塔へ向かう道や同行者について話していたのに、今ではもう、誰一人として地図の北側を見ていない。
「いつ消えた?」
オルドが若い村人へ尋ねた。
「つい先ほどです!」
「巡回中の者は?」
「南側へ向かった者が二人いますが、まだ戻ってきていません!」
ラウルはすぐに扉へ向かった。
「巡回隊を集める」
「待て」
オルドの声に、ラウルは足を止めた。
「第三遺跡へ続く道の監視石だと言ったな?」
「はい!」
若い村人は強く頷いた。
「三つのうち、どれだ?」
「一番南です!」
「遺跡へ最も近い石か」
「はい!」
オルドはしばらく何も言わなかった。
その間、俺は机の上に広げられた地図へ目を向ける。
北には、これから向かおうとしていた転移塔への道がある。
しかし、問題が起きたのは反対方向の南側だった。
そこには、俺たちが通ってきた古代施設――第三遺跡へ続く道が記されている。
「コーデックス。監視石って、壊れたら光が消えるのか?」
《構造を確認していないため、断定できません》
「考えられる原因は?」
《装置本体の損傷》
《動力供給の停止》
《感知機構の異常》
《外部からの妨害》
《複数の原因が考えられます》
『魔物に壊された可能性もあるな!』
「一番分かりやすい原因ではあるけど、断定はできないか」
ラウルが俺を見る。
「第三遺跡の内部には、狼型の魔物がいたと言ったな」
「はい。少なくとも四体は、俺たちがいた広間まで入り込んできました」
「そいつらは、昔から遺跡の内部にいたのか?」
「それは……」
俺は答えながら、初めて狼型魔物と遭遇した時のことを思い返した。
灰色の毛。
背中から突き出した白い骨のような物。
そして、黒い床に残されていた泥と枯れ葉。
「あの魔物たちは、森から遺跡へ入ったんだと思います」
「どうして分かる?」
「足や毛に泥が付いていました。遺跡の床にも、魔物が歩いたあとに土や枯れ葉が落ちていたはずです」
《肯定します》
コーデックスが黒い表紙を開き、青白い光を浮かべた。
《狼型魔物の体表から、土壌及び植物片を確認しています》
《長期間、施設内部のみで生息していた可能性は低いと判断します》
「なら、問題は魔物が遺跡から出たことではない」
オルドが地図上の第三遺跡へ指を置く。
「森にいた魔物が、どこから中へ入ったのかだ」
「はい」
狼型魔物は、もともと第三遺跡の中に閉じ込められていたわけではない。
森のどこかにある出入口を通り、施設内部まで入り込んでいた。
「第三遺跡には、外から入れる場所がいくつある?」
オルドがコーデックスへ尋ねる。
《記録を照合します》
コーデックスのページが高速でめくれ、複雑な線と文字が次々と浮かび上がった。
《記録上の主要出入口は三か所です》
「三か所?」
《正面搬入口》
《保守作業員用通路》
《緊急避難口》
「俺たちが村の近くへ出たのは?」
《保守作業員用通路の一部である可能性が高いと判断します》
「可能性?」
《通路の崩落により、記録されている経路と一致しません》
「大型の魔物も通れるのか?」
《現在の通路幅では困難です》
俺たちが通った保守通路は、途中の何か所も崩れていた。
人間なら身体を横にして抜けられる場所もあったが、あの狼型魔物が通れるほどの広さはない。
「では、保守作業員用通路から入った可能性は低いな」
「俺たちが通った場所に限れば、そうだと思います」
「正面搬入口は?」
《施設との接続が不安定なため、現在の状態を確認できません》
「位置は分かるか?」
《地上座標との照合を行います》
コーデックスの黒い表紙から青白い光が伸び、机の地図へ幾つもの線を描いた。
光の一点が、村人たちの知る第三遺跡の位置と重なる。
「ここが正面搬入口か?」
《肯定します》
ラウルが、その場所を見つめた。
「村で第三遺跡と呼んでいる場所だ。石の扉があるが、長い間開いたという話は聞いていない」
「閉じたままか?」
「俺が巡回で確認した時も、扉は閉じていた」
「魔物が通れそうな隙間は?」
「見当たらなかった」
《正面搬入口の最終閉鎖記録を確認します》
《閉鎖状態は維持されていました》
「それなら、正面搬入口から入ったとも考えにくいな」
残る出入口は、一つしかない。
「緊急避難口は?」
《第三遺跡南東部に存在したと記録されています》
「南東部……」
オルドが地図へ目を落とす。
コーデックスから伸びた光が、第三遺跡の南東にある森の一角を示した。
そのすぐ近くには、光を失った南側の監視石がある。
「監視石までの距離は?」
「それほど離れていない」
ラウルが地図を指でなぞった。
「森をまっすぐ進めば、半刻もかからないはずだ」
「緊急避難口の状態は分かるか?」
《確認不能です》
「最後に閉じた記録は?」
《記録の一部が損傷しています》
「また分からんのか、紙束!」
《判明している情報は提示しました》
『肝心な部分が抜けているではないか!』
「分からないのに適当なことを言われるよりはいいだろ」
《同意します》
『我が主まで紙束の味方をするな!』
「今は大事な話をしてるんだ。少し黙ってろ」
『我も大事な話をしている!』
《重要性を確認できません》
『やはり黙っていろ!』
いつものやり取りに構っている場合ではない。
三つある主要出入口のうち、正面搬入口は閉鎖されていた。
俺たちが通った保守作業員用通路も、大型の魔物が抜けられる状態ではない。
そうなると、狼型魔物が利用した可能性が最も高いのは、南東部にある緊急避難口だった。
「その緊急避難口は、外からでも開けられるのか?」
オルドが尋ねる。
《通常時は認証が必要です》
「通常時は?」
《施設内で重大な異常が発生した場合、避難を優先して施錠が解除されます》
「今の第三遺跡は、その重大な異常が起きた状態に入るのか?」
《複数区画の崩落》
《設備接続の断絶》
《防衛機構の異常起動》
《緊急避難条件を満たしている可能性があります》
「つまり、外からも入れる状態になっていたかもしれないのか」
《否定できません》
もし緊急避難口の施錠が解除されていたなら、森を徘徊していた魔物が偶然入り込んでもおかしくない。
四体だけではなく、ほかの魔物まで第三遺跡へ入っている可能性もある。




