第49話 輪投げをしていたら、カコが先生みたいに子供たちへ教える側になりました
その日の午後。
治療所の前では、ルカたち子供が地面へ三本の棒を立て、小さな木の輪を投げて遊んでいた。
「何をしているの?」
カコが、少し興味を持ったように尋ねた。
「輪投げだよ」
ミナが答える。
「棒に入ったら勝ち。遠い棒へ入るほど点が高いの」
「投げるだけ?」
三本の棒は、投げる場所から少しずつ距離を離して、一直線に並べられていた。
「やってみる?」
ルカが、木の輪を一つカコへ渡した。
「私が?」
「うん」
カコは木の輪を持ったまま、三本の棒を順番に見た。
「どうやって投げるの?」
「こう!」
ルカが腕を振って輪を投げる。
木の輪は緩やかな弧を描き、一番近い棒へ入った。
「入った!」
「近いところなら簡単だよ」
カコは、ルカと同じように木の輪を構えた。
そして、軽く腕を振った。
木の輪はほとんど傾くことなく飛び、一番近い棒と真ん中の棒を越えて、最も遠くにある棒へきれいに入った。
「入った」
子供たちが、一瞬だけ静かになった。
「すごい!」
次の瞬間、全員が一斉に声を上げた。
「初めてなのに!」
「もう一回やって!」
次の輪も、最も遠い棒へ入った。
その次に投げた輪も、同じ遠い棒へ吸い込まれるように収まった。
「カコ、強すぎる!」
「どうして全部入るの?」
「先生に、物を投げる練習を教えてもらったから」
「何を投げてたの?」
「石」
「魔物に?」
「違う」
カコは少し考えてから、答えた。
「木の実を落とすため」
「同じところへ正確に当てるのが得意なんだな」
俺がそう言うと、カコがこちらを見た。
「ケイもやる?」
「今は肩が動かないから無理だな」
「弱い」
ルカが即答する。
「怪我人だ・か・ら・な!」
『我が代わりに投げてやろう!』
「お前は投げる側じゃなくて、投げられる側だろ!」
「剣を投げるの?」
ミナが、急に目を輝かせた。
『我は投擲武器にも変化できる可能性がある!』
「危ないから、今ここで試そうとするな!」
《アエテル・ミメシスの現行模倣形態には、投擲後の自動帰還機構は確認されません》
『全書、余計なことを言うな!』
俺は、思わずミメシスへ視線を向けた。
「今、全書って呼んだな」
『カコの技量を正確に説明したことは評価している!』
《私はカコの技量について説明していません》
『ならば紙束だ!』
「戻るのが早すぎるだろ!」
子供たちは、すぐにカコの周りへ集まり始めた。
「投げ方を教えて!」
「どうやるの?」
「腕はこうするの?」
「一人ずつ」
カコが、少し困ったような表情で俺を見る。
「教えてやればいい」
「私が?」
「一番上手なんだから、カコが教えるのが一番分かりやすいだろ」
「でも、誰かに教えたことない」
「先生に教えてもらった時のことを、思い出せばいい」
カコは少しだけ考えたあと、まずルカの輪の持ち方を直した。
「ここを持つ」
「ここ?」
「力を入れすぎない」
「こう?」
「うん」
ルカが、言われた通りに輪を投げる。
木の輪は、見事に真ん中の棒へ入った。
「入った!」
「今まで近いところにしか入らなかったのに!」
「カコ、すごい!」
カコが、驚いたように目を丸くした。
「私が教えたから?」
「そうだよ!」
子供たちは一斉に頷いた。
カコは、自分の手をじっと見つめる。
「先生みたいに、教えられた」
その言葉を、俺にだけ聞こえるくらいの声で呟いた。
「ああ。ちゃんと教えられてたぞ」
カコが、ほんの少しだけ嬉しそうに笑った。
◇
そうして、村へ来てから五日が過ぎた。
身体の傷は、少しずつではあるが確実に塞がっていった。
初日は、家から治療所まで歩くだけでも傷が痛んだ。
二日目には村の畑まで歩いても問題なくなり、村人と話す機会も少しずつ増えていった。
そして五日目。
俺は水の入った桶を一つ運ぼうとして、カコとエナの二人から同時に怒られた。
「持てると思ったんですよ」
「持てることと、持っていいことは別よ」
「持てることと、持っていいことは違う」
カコが、エナとほとんど同じ言葉を口にする。
「完全にエナの言い方を覚えたな」
「正しいから」
「桶一つだぞ?」
「傷が開くかもしれない」
「でも、実際には開かなかっただろ」
「結果だけ見たら駄目」
《同意します》
『紙束までカコの味方をするな!』
「ミメシスは俺の味方だよな?」
『当然だ! 桶を二つ運べ!』
「全然味方じゃない!」
そして、六日目。
エナが、俺の身体から包帯を外した。
「傷は、だいぶ塞がってきているわ」
「もう戦えますか?」
「どうして最初にそれを聞くの?」
「森へ出れば、魔物と遭遇するかもしれないからです」
「軽い剣を振る程度なら」
『軽い剣だと!?』
「お前は黙ってろ」
「ただし……」
エナが、念を押すように続ける。
「大きな斧を振ったり、魔物の攻撃を正面から受け止めたり、押し倒されたりするのは禁止」
「そんな予定はありません」
『戦いになれば分からんぞ!』
「お前は余計なことを言うな!」
「北の転移塔へ行ける?」
カコが、すぐに尋ねる。
「今日一日、痛みが強くならなければ」
「明日?」
「村長と相談してからね」
カコが、俺を見る。
「明日、先生を探しに行ける」
「ああ。ただし、まだ手掛かりを探しに行くだけだぞ」
「それでも行く」
「分かってる」
治療所を出ると、ルカたちが待っていた。
「もう治った?」
「だいぶな」
「じゃあ遊べる?」
「何をするんだ?」
「追いかけっこ!」
「それはさすがに無理だ」
「弱い!」
「怪我人だって何回言えば分かるんだ!」
「カコは?」
「私はできる」
「やろう!」
子供たちが、すぐにカコの手を引く。
カコはそのまま連れていかれながら、一度だけ俺を振り返った。
「行ってこい。俺はここで見てるから」
「ケイは、いなくならない?」
「治療所の前から動かないよ」
「本当?」
「ああ。それにラウルもいる」
少し離れた場所では、ラウルが木柵の修理をしていた。
「監視役にするな」
「聞こえてたのか」
「声が大きい」
カコは、ようやく子供たちと一緒に走り始めた。
最初は、少しだけ遠慮するように動いていた。
だが、ルカに肩を触られて追いかける役へ変わった瞬間、その動きが明らかに変わった。
「速っ!」
子供たちが、同時に叫んだ。
カコは長い間、森の中で暮らしてきた。
足場の悪い場所を歩き、木の根を避けながら、毎日のように水や薪を運んでいた。
その動きは、普段から村中を走り回っている子供たちよりも、ずっと速かった。
「つかまえた」
「速すぎる!」
「次はミナ」
「待って!」
子供たちの笑い声が、村の中へ響いている。
以前のカコなら、誰かと一緒に笑いながら走り回る姿など、想像もできなかっただろう。
俺以外の誰かへ自分から触れ、その名前を呼ぶことも、この数日でずいぶん増えた。
「嬉しそうだな」
ラウルが近づきながら言った。
「俺が?」
「そう見える」
「カコが楽しそうだからな」
「妹か?」
「違います」
「では、家族か?」
「それも……たぶん違うと思う」
「思う?」
「説明しにくいんですよ」
『我が説明してやろう!』
「お前は黙ってろ!」
『カコは、我が主から離れたくなく――』
「黙れ!」
俺は、背中のミメシスの柄を強く握った。
『痛くはないが、扱いが雑だぞ!』
「余計なことを言うからだ!」
隣を見ると、ラウルがまた口元を緩めていた。
「笑わないでください」
「笑っていない」
「最近、その言葉が本当に信用できなくなってきました」




