第48話 カコと少し離れて村を歩いたら、村の人たちとも話せるようになりました
「ずいぶん懐かれているな」
治療所へ入っていったカコを見送りながら、ラウルが何気なく言った。
「あれを、懐かれてるって言うのか?」
「違うのか?」
「本人に聞いてくれ。俺も、どう答えればいいのか分からない」
「聞いても答えないだろう」
『我が主よ』
「今度は何だ?」
『我には分かるぞ!』
「何が?」
『カコは、我が主から離れたくないのだ!』
「そんなことを大声で言うな! 治療所まで聞こえるだろ!」
『なぜだ!』
《実際に、カコの聴覚で認識可能な音量です》
「余計な計算をして証明するな!」
『よく聞こえるなら好都合ではないか!』
「何が好都合なんだよ!」
その時、治療所の入口からカコがひょこりと顔を出した。
「聞こえた」
「……全部忘れてくれ!」
「何を?」
「今聞こえたこと全部!」
「分かった」
本当に分かったのか。それとも、本気で気にしていないのか。
判断できないまま、カコは再び治療所の中へ戻っていった。
隣を見ると、ラウルが俺を見ていた。
「何ですか? 今、笑いましたよね?」
「いや。笑っていない」
「口元が動いてたぞ」
「傷が痛むなら、治療所へ戻るか?」
「急に話を変えないでください!」
◇
治療所を離れ、次に案内されたのは、村の中でも日当たりのいい場所に広がる畑だった。
柵の内側には、何列もの畑が整然と並んでいる。
大きな葉を広げる野菜や地面を這うように伸びる蔓、細い棒へ巻きつく豆のような植物が育てられていた。
俺が見たことのある作物もあれば、まったく知らないものも混ざっている。
「これは本当に食べられるのか?」
俺は、紫色をした丸い実を指さした。
「食べられるよ。焼くと甘くなる」
ルカが答える。
「果物なのか?」
「野菜」
「甘い野菜か」
『武器にはならんな!』
「食べ物を見るたびに、武器になるか考えるのをやめろ!」
『硬ければ投げられるぞ!』
「それは武器じゃなくて、ただ物を投げてるだけだろ!」
《意図的に攻撃目的で加工された場合、武器として分類される可能性があります》
『聞いたか、我が主!』
「野菜を加工して武器にしようとするな!」
畑の奥へ進むと、大きな木製の荷車が道の中央で動けなくなっていた。
車輪の一つが斜めに傾き、二人の村人が荷車を持ち上げようとしている。
「手伝ってきます」
俺が近づこうとした瞬間、ラウルが前へ腕を出した。
「止まれ。お前は怪我人だ」
「困ってるでしょう。少しくらいなら大丈夫ですよ」
「少しでも駄目だ」
「でも……」
「動くな」
「カコと同じことを言わないでくださいよ」
「エナから、無理をさせるなと言われている」
「監視役じゃなくて、完全に保護者になってませんか?」
仕方なく、その場から荷車の様子を眺める。
すると、車輪そのものが壊れているわけではないことに気づいた。
車輪を支える木の軸が、本来の位置から少し横へずれている。
「もしかして、持ち上げなくても直るんじゃないですか?」
「何?」
ラウルと村人たちが、荷車の下を確認した。
すると、車輪と軸を固定していたらしい木製の留め具が、地面へ落ちているのが見えた。
「これが外れただけじゃないですか?」
俺が木片を指さすと、荷車の持ち主らしい男がしゃがみ込んだ。
「留め楔か」
「折れてますか?」
「いや」
男は付着していた土を払いながら、木片の状態を確認した。
「外れただけだ」
「車体を少し持ち上げて、軸を元の位置へ戻せば、また差し込めそうですね」
男が立ち上がり、ラウルへ目を向けた。
「俺と二人で持ち上げる。手を貸してくれ」
「ああ」
「俺も……」
「お前は動くな」
ラウルが、俺が言い終える前に釘を刺した。
「まだ何も言ってないでしょう」
「顔に書いてある」
ラウルと荷車の男が、傾いている側を持ち上げた。
もう一人の村人は留め楔を手に取り、荷車の脇で軸の位置を確かめている。
俺は邪魔にならない場所へしゃがみ込み、ずれた軸を横から確認した。
「もう少し右です」
「こうか?」
「あと少しだけ」
「ここか?」
「そこで止めてください」
村人が木の軸を元の位置へ押し戻し、留め楔を差し込んだ。
さらに木槌で何度か打ち込むと、傾いていた車輪がゆっくりと正しい位置へ戻っていく。
「下ろすぞ」
ラウルと男が、荷車を慎重に地面へ下ろした。
「動かしてみろ」
持ち主の男が荷車を押す。
今度は車輪が引っかかることもなく、まっすぐに回った。
「直った!」
ルカが、まるで自分が直したように嬉しそうな声を上げる。
荷車の男が、そんな俺を見た。
「助かった」
「俺は外れてる留め具を、見つけただけですよ」
「昨日来たばかりなのに、悪かったな」
「持ち上げたわけじゃないので、大丈夫です」
ラウルが、俺の肩へ視線を向ける。
「傷は?」
「開いてません」
「本当か?」
「触らないでください。そこはまだ痛いので」
「痛むなら治療所へ戻るぞ」
「これは最初から痛いんです!」
荷車の男が、笑った。
「見た目よりは元気そうだな」
「全然元気じゃないです」
『我が主は弱いからな!』
「お前が言うな!」
「しゃべる剣の方は元気そうだな」
『我は常に元気だ!』
「昨日は武器を模倣しすぎて震えてただろ」
『あれは武者震いだ!』
荷車の男が、また笑った。
昨日まで、俺たちを見る村人たちの目には、ほとんど警戒しかなかった。
今も、疑いが完全に消えたわけではない。それでも、こうして普通に話してくれる人は、少しずつ増えてきている。
◇
昼頃、治療所へ戻ると、カコはエナと一緒に大量の薬草を机の上へ並べていた。
「ただいま」
俺が声をかけると、カコがすぐに顔を上げた。
「怪我は?」
「増えてないよ」
「本当?」
「荷車を見ただけで、何もしていない」
「本当に何もしてない?」
「し・て・い・ま・せん」
カコは、今度はラウルへ視線を向けた。
「何もさせてはいない」
「ならいい」
「俺の言葉より、ラウルの方を信用するのか?」
「ケイは無理するから」
「……否定できないのが悔しい」
エナが、小さな木箱をカコの前へ置いた。
「これは?」
「乾燥させた赤熱草よ」
「熱を下げる?」
「よく分かったわね」
「先生に教えてもらったものと似てる」
「少し種類が違うかもしれないけど、使い方はほとんど同じよ」
カコは薬草を手に取り、ゆっくりと匂いを確かめた。
「少し甘い」
「煮ると苦くなるの」
「甘いのに?」
「不思議でしょう」
「うん」
「今夜、ケイに飲ませてみる?」
「熱があれば、お願い」
「熱がなくても飲ませようとするなよ」
「苦い?」
「今の話を聞く限り、かなり苦そうだな」
「身体にいい」
「身体にいいものが、全部まずいわけじゃないぞ」
『我が主は、子供のようなことを言うな!』
「剣に味は分からないだろ!」
『想像くらいできる!』
《味覚情報の記録は存在します》
『紙束自身は、食べられんだろう!』
《記録情報を提示しただけです》
エナが、俺の包帯の状態を丁寧に確認する。
「傷は開いていないわね」
「だから大丈夫だと言ったんです」
「少し歩いただけで安心しない」
「あとどれくらい安静にしてればいいんですか?」
「最低でも、あと五日」
「五日も?」
「深い傷が何か所もあるのよ」
「北の転移塔へ行きたいんですけど」
「五日後に傷を見てから決めるわ」
「カコからも、少しくらい早く行けるって言ってくれないか?」
「休む、でも先生も探したい」
「即答か」
カコは俺の包帯へ直接触れないように、肩の近くへそっと手を置いた。
「でも、ケイが倒れたら困る」
「カコは村に残っててもいいんだぞ」
「一緒に行く」
「分かってるよ」
「だから、私が治す」
「傷を?」
「うん」
カコは、とても真剣な表情で言った。
それを見たエナが、また楽しそうに笑っている。
「何ですか?」
「何でもないわ」
「昨日も同じこと言ってましたよね?」
「怪我人は細かいことを気にしない」
「本当に便利な言葉だな!」




