第47話 村を案内してもらったら、カコが少しずつみんなと話せるようになりました
家の外へ出ると、そこにはルカたち子供のほかに、腕を組んだラウルまで立っていた。
「本当に村を案内するつもりなのか?」
「村の中なら歩いてもいいって、エナが言ってたよ」
ルカが元気よく答えると、その隣にいた髪を二つに結んだ女の子も大きく頷いた。
「エナは、ゆっくり歩けと言っていたはずだ」
「ゆっくり案内する!」
「絶対に転ばせない!」
子供たちは、ずいぶん張り切っている。
「子供にまで心配されるようになったな」
俺がそう言うと、ラウルは包帯だらけの俺の身体を上から下まで見た。
「実際、今にも倒れそうな姿をしている」
「昨日よりは、だいぶ普通に歩けるようになりましたよ」
「歩けることとーー」
「歩いていいことは違う、ですよね。もう何度も聞きました」
「分かっているなら、無理をするな」
「本当に、みんな同じことを言うな……」
「ケイが信用できないから」
カコが、俺の服の裾をつかんだ。
「カコまで言うのか? それ、昨日から何度も聞いてるぞ」
「本人だから」
『我が主には、無理をする癖があるからな!』
「お前が無理をさせてるんだろ! 六本の武器と魔物に囲まれてたんだぞ!」
『武器を模倣しろと言ったのは我だが、攻撃を避けきれなかったのは我が主自身だ!』
《戦闘時におけるケイの被弾率は、推奨値を大きく超過しています》
「そもそも、推奨される被弾率って何なんだよ!」
《ゼロです》
「ものすごく正しいけど、なぜか腹が立つ!」
『さすが紙束だ! どこまでも面白みのない答えを返す!』
家の前で俺たちが騒いでいると、ルカたちが一斉に笑い始めた。
「やっぱり変な剣!」
『変ではない!』
「すぐ怒る!」
『怒っていない!』
「怒ってる」
カコが、淡々と言った。
『カコまで言うのか!』
昨日よりも、カコは子供たちの会話へ自然に加わっていた。
ルカの隣にいた女の子が、そんなカコへ一歩近づく。
「私はミナ」
「ミナ?」
「昨日はいなかったけど、ルカから聞いたの。遺跡から出てきた女の子がいるって」
「うん」
「魔法は使えるの?」
「分からない」
「剣で戦える?」
「戦えない」
「本を飛ばせる?」
「勝手に飛んでる」
《正確には、自律浮遊機能です》
ミナが、今度はコーデックスを見上げた。
「触っていい?」
《接触を推奨しません》
「どうして?」
《あなたの手には泥が付着しています》
ミナが自分の両手を見る。
確かに、指先には乾いた泥が残っていた。
「本当だ」
『子供相手にも細かいな、紙束!』
《記録媒体に汚れを付着させないための合理的判断です》
「洗ったら触っていい?」
《丁寧に扱うのであれば許可します》
「やった!」
ミナが井戸の方へ走り出そうとする。
「走らない約束だろ!」
ラウルの声に、ミナは慌てて足を止めた。
それからラウルを振り返り、何事もなかったように歩き始める。
「歩いてる!」
「それは走る寸前だ!」
◇
最初に案内されたのは、村の中央にある大きな井戸だった。
太い木の柱には大きな滑車が取り付けられ、そこから伸びる丈夫な縄の先には、水をくむための木桶が下げられている。
周囲では何人もの女性が水をくみ、洗濯をしながら楽しそうに話していた。
「水が、下にある」
カコが興味深そうに井戸の中をのぞき込む。
「結界の家には井戸がなかったのか?」
「家の近くに川があったよ」
「毎日、そこから水を運んでたのか? 一人で?」
「うん。先生がいる時は一緒だった」
カコは、今度は井戸の縄へ手を伸ばした。
「動かしていい?」
「いいよ!」
ルカが答える。
「その取っ手を回すんだ」
カコは木の取っ手を握り、言われた通りゆっくりと回し始めた。
滑車が軋みながら動き、縄の先にある桶が少しずつ井戸の底へ降りていく。
「重くない?」
「まだ桶が空だから。水に入ったら重くなるよ」
ミナがそう教える。
やがて、井戸の下から小さな水音が聞こえた。
「入った!」
子供たちは、一斉に井戸の中をのぞき込んだ。
「今度は反対に回すの!」
カコは取っ手を逆方向へ回し始めた。
水を含んだ桶の重さが加わったため、先ほどよりも明らかに強い力が必要らしい。
カコの表情が、少しだけ真剣になる。
「手伝おうか?」
「一人で……できる……!」
「無理はするなよ」
「ケイに……言われたくない……!」
「それもそうだな」
水の入った桶が、ゆっくりと井戸の上へ姿を現した。
「できた……!」
カコが、少しだけ誇らしそうに呟いた。
桶を井戸の縁へ置くと、中では透き通った水が静かに揺れている。
「飲める?」
「飲めるよ」
ルカが木の器へ水を入れ、カコへ差し出した。
「冷たいよ」
カコがひと口飲む。
「冷たい」
「川の水と、どっちがおいしい?」
ミナが尋ねると、カコは少し考えた。
「川」
「村の水が負けた!」
「でも、これもおいしい」
「じゃあ引き分け!」
何を基準に勝ち負けを決めているのかは分からないが、子供たちはそれで納得したらしい。
すると、井戸のそばにいた女性が、そんなカコへ声をかけた。
「あなたが、エナの言っていた子ね。薬草に詳しいんでしょう?」
「少し」
「今日、治療所を手伝ってくれない?」
その言葉を聞いた瞬間、カコはすぐに俺を見た。
「行ってきていいぞ。興味があるなら、手伝ってくればいい」
「治療所なら、エナが一緒にいる。問題ない」
ラウルも、カコが向かうことを認めた。
「ケイは?」
「俺はラウルに見張られながら、村の中を見て回るよ」
「監視ではない。同行だ」
ラウルが訂正する。
「昨日は監視って言ってなかったか?」
「状況が変わった」
「少しくらい信用されたってことですか?」
「まだ判断中だ」
「ほとんど変わってないじゃないか」
カコは、まだ俺の服をつかんだまま離そうとしなかった。
「一緒に行く」
「治療所に?」
「うん」
「村を見て回りたかったんじゃないのか?」
「ケイも治療所に来る?」
「俺は朝に診てもらったばかりだよ」
「また傷が開くかもしれない」
「まだ村を歩き始めたばかりだぞ」
「開く前に見てもらう」
「それは治療じゃなくて、ただの定期健診だろ」
カコの指は、俺の服をつかんだまま動かない。
それを見ていたルカが、悪気なく尋ねた。
「ケイがいないと嫌なの?」
カコは、すぐには答えなかった。
「ルカ」
俺は少年の頭へ軽く手を置く。
「そういうことは、無理に聞かなくていいんだ」
「どうして?」
「答えにくいこともあるからだよ」
「嫌じゃない」
その時、カコが小さな声で言った。
「え?」
「ケイがいなくても、嫌じゃない」
そして、少しだけ間を置いた。
「少しだけなら」
俺の服をつかんでいた指が、ゆっくりと離れていった。
「治療所はすぐそこだ。何かあれば呼んでくれれば、すぐ行くから」
俺は、道の向こうに見える治療所を指さした。
「来る?」
「呼ばれたら聞こえるくらいの場所にいる。それに、一人で勝手に村の外へ行ったりしない」
「……うん」
「カコへ何も言わずにいなくなることもしない。これなら大丈夫か?」
「……うん」
カコは、治療所へ向かう女性の隣へ歩いていった。
数歩進むたびに、何度もこちらを振り返る。
「ちゃんと見えてるぞ」
「うん」
「行ってこい」
「うん」
今度は、少し長く歩いた。
それでも治療所の入口へ入る直前に、カコはもう一度だけ振り返った。
俺が片手を上げると、カコも昨日覚えたばかりの仕草で、小さく手を振り返した。




