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『時環境界と四系統の継承者』  作者: あらけい
第一部 結界の森と、帰る場所

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第43話 治療中に騒いだら、ミメシスとコーデックスが同時に怒られました

 俺たちは村の中央から少し離れた場所にある、小さな木造の建物へ連れていかれた。


 入口の上には、葉と水滴を組み合わせたような印が掲げられている。


「ここは何の建物なんだ?」


「治療所だ」


 先頭を歩いていた男は短く答えると、建物の中へ向かって声を上げた。


「エナ!」


「今行く!」


 奥から、二十代後半くらいの女性が足早に出てきた。


 肩まで伸びた赤茶色の髪を、邪魔にならないよう後ろで簡単にまとめている。


「怪我人?」


「第三遺跡から出てきた」


「遺跡から?」


 エナは、まず俺の全身へ目を向けた。


 血のにじんだ包帯や裂けた服、頬や腕に残る塞がりきっていない傷を素早く確認する。


 それから、俺のすぐ後ろに立つカコへ視線を移した。


「話はあとでいいから、先に寝台へ横になって」


「事情を聞かなくてもいいんですか?」


「話は、血を止めてからでも聞けるでしょう」


「……助かります」


「その剣は外へ置いて」


『断る!』


 エナが、大きく目を見開いた。


「今、剣が……」


「喋ります」


『我はアエテル・ミメシス!』


「自己紹介は治療が終わってからでいい!」


『なぜだ!』


「邪魔になるからだよ!」


「危険はないの?」


 エナが、念のため確認するように尋ねた。


「口はものすごくうるさいですけど、勝手に動き回ったりはできません」


『動けないのではない! 動く必要がないだけだ!』


「つまり、自分では動けないのね」


「はい。そうです」


『我が主まで認めるな!』


「それなら、壁際へ置いといて」


「分かりました」


『丁重に扱え!』


 俺はミメシスを、寝台のすぐ横にある壁へ立てかけた。


 以前のように滑って倒れないよう、鞘ごと机と壁の隙間へ挟み込む。


『狭いぞ!』


「倒れてこないようにしてるんだよ」


『我を荷物のように扱うな!』


 その一方で、コーデックスは俺の頭上付近を静かに浮かんでいた。


「そちらの本は?」


《治療行為を妨害する意図はありません》


「……そう」


 エナは、一瞬だけ考えたあとで口を開いた。


「浮いていても、治療の邪魔をしないなら構わないわ」


『なぜ紙束だけ許される!』


《日頃の行いの差です》


『貴様ぁ!』


「二人とも、今だけ静かにしろ!」


 エナが、俺の身体に巻かれていた包帯を慎重に外し始める。


 しばらくすると、その手が途中で止まった。


「これは……」


「やっぱり、かなりひどいですか?」


「どうして、この状態で普通に歩いていたの?」


「歩けたからです」


「歩けることと、歩いていいことは別よ」


「似たようなことを、さっきも言われました」


 俺は、寝台のすぐ横に立っているカコへ目を向けた。


「私も言った」


「そうだったな」


「この子が手当てしたの?」


「はい。結界の中にいた時から、ずっとカコが治療してくれていました」


 エナが、外した古い包帯と傷に塗られていた薬草を確認する。


「森止め草と、白根の葉ね」


「知ってるの?」


 カコが、その言葉に少しだけ興味を示した。


「この村でも使っているわ」


「先生に教えてもらった」


 エナは、さらに傷の状態を丁寧に確認した。


「ちゃんと傷を洗ってあるし、薬草の量も適切ね」


 そして、カコへ顔を向けた。


「上手よ」


「普通」


「普通ではないわ」


 エナは、穏やかな口調のまま言葉を続けた。


「この村でも、怪我の手当てをここまできちんとできる人は多くないのよ」


 カコはどう答えればいいのか分からないという顔で、俺を見た。


「褒められてるんだぞ」


「そうなの?」


「ああ」


「……ありがとう」


 カコが小さく頭を下げると、それを見たエナの表情もほんの少し柔らかくなった。


「どういたしまして」


 その直後、傷口へ冷たい水がかけられた。


「痛っ!」


「動かない」


「いや、冷たいんですけど!」


「傷を洗っているの」


「それは分かってますけど、もう少し心の準備くらい――」


 エナは俺の言葉を聞き流し、傷口を注意深く観察した。


「これは、狼型の魔物につけられた傷ね」


「見ただけで分かるんですか?」


「この辺りでは珍しくないから」


「遺跡の中にも何匹もいました」


 その言葉を聞いた瞬間、エナの手が止まった。


「遺跡の中に?」


 入口の近くに立っていた、頬に傷のある男も眉を寄せた。


「そんなはずはない」


「第三遺跡の内部は、長い間封鎖されている」


「でも、俺たちが通った場所には本当にいました。しかも何匹もです」


《補足します》


《外部隔壁を遠隔開放し、追跡個体四体を内部へ誘導しました》


「お前が自分で入れたみたいな言い方をするな!」


《事実です》


 頬に傷のある男が、コーデックスへ鋭い視線を向けた。


「遺跡の扉を操作できるのか?」


《一部のみ可能です》


「なぜ魔物を内部へ入れた?」


《防衛個体との戦力差を穴埋めするためです》


「危険すぎる」


『だが、結果的には我が主を助けることになったぞ!』


 壁際のミメシスが、今度は横から口を挟んだ。


『紙束にしては悪くない判断だった!』


《評価を受理します》


 頬に傷のある男が、呆れたように俺たちを見た。


「お前たちは、本当に仲が悪いのか?」


「悪いと思います」


『当然だ!』


《非論理的な武装とは、意思疎通が困難です》


『紙束め!』


「静かに!」


 突然、エナの鋭い声が治療所へ響き渡った。


 ミメシスもコーデックスも、一瞬で完全に黙り込む。


「今は治療中よ」


『……分かった』


《了解しました》


「二人とも素直に言うことを聞いた……」


 俺が思わず呟くと、エナがこちらを見た。


「痛い目に遭いたい?」


「黙ります」


 そのやり取りを見届けると、頬に傷のある男は、治療の邪魔をしないよう建物の外へ出ていった。


 次の瞬間、傷へ薬が塗られた。


「痛っ!」


「黙るんじゃなかったの?」


「痛いものは痛いです!」


     ◇


 治療が終わる頃には、俺の身体のあちこちに新しい包帯が巻かれていた。


「今日は安静にすること」


「歩くくらいなら大丈夫ですか?」


「村の中だけなら」


「戦うのは?」


「論外」


『我が主よ、ならば鍛錬だけでも――』


「論外」


 エナが、ミメシスへ即答した。


『我は主へ聞いたのだ!』


「俺も今日は論外だと思うぞ」


『裏切ったな!』


「身体がまともに動かないんだから仕方ないだろ!」


「夜に熱が出る可能性もあるわ」


 エナが、カコへ小さな袋を手渡した。


「熱が出たら、この薬草を水で煮て飲ませて」


「分かった」


「傷がまた開いたら、すぐ呼びに来て」


「分かった」


「無理に歩こうとしたら?」


「止める」


「どうやって?」


「座らせる」


「それでも動いたら?」


「服を引っ張る」


「それでいいわ」


「俺の扱いが、本人抜きでどんどん決められていく……」


 そこへ、先ほど外へ出ていった頬に傷のある男が、入口から戻ってきた。


「治療が終わったなら、村長のところへ来てもらう」


「今すぐですか?」


「事情を聞く必要がある」


「安静にしろって、今言われたばかりなんですけど」


「村長の家は三軒先だ」


 エナが、男へ冷たい視線を向けた。


「ラウル」


 どうやら、頬に傷のある男の名前はラウルというらしい。


「治療したばかりよ」


「村長の家は近い」


「尋問するつもりなら、ここで聞けばいいでしょう」


「尋問ではない」


「武器を持った人間が何人も囲めば、受ける側には同じよ」


 ラウルが、少しだけ黙り込んだ。


「護衛には、武器を入口へ置かせる」


「俺の剣もですか?」


「お前の剣は持ってきてもいい」


「ただし、絶対に抜くな」


『当然だ! 我を我が主から離すな!』


「お前が一番信用されてないんだから、余計なことを言うな」


『なぜだ!』


「今までの言動を思い出してみろ!」


『……我は常に堂々としていた!』


《騒がしかっただけです》


『紙束は黙れ!』

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