第42話 古代遺跡から村へ連れていかれたら、カコが初めて大勢の人を見ました
俺たちは、周囲から武器を向けられたまま森の中を歩いていた。
先頭には頬に細い傷のある男と、槍を持ったもう一人が立っている。
左右には弓を構えた二人ずつが一定の距離を保って並び、さらに後ろからも、長い槍を手にした二人が俺たちの動きを警戒しながらついてきていた。
八人に完全に囲まれているため、少しでも妙な動きをすれば、すぐに何本もの矢を放たれ、槍の穂先を向けられるだろう。
「念のため言っておくけど、俺たちに逃げるつもりはないからな」
俺がそう告げても、先頭を歩く男は振り返ることなく答えた。
「逃げなければ、こちらも射たない」
「じゃあ、逃げようとしたら?」
「射る」
「……ものすごく分かりやすいな」
『我がいれば、飛んでくる矢などすべて斬り落とせるぞ!』
「ミメシス、今だけは本当に静かにしてろ」
『なぜだ!』
「お前が喋るたびに、左右の弓がこっちへ向くからだよ!」
実際、ミメシスが声を出すたびに、左右を歩く村人たちは、弓の弦へかけた指にさらに力を込めていた。
『臆病な者たちだな!』
「その警戒の原因は、ほとんどお前だからな!」
「その剣を黙らせろ」
先頭の男は、さすがに我慢できなくなったのか、前を向いたまま口を開いた。
「だから、できるなら俺もとっくにそうしてる」
『我は言葉を封じられるような軟弱な剣ではない!』
「頼むから、今だけその軟弱な剣になってくれ」
『断る!』
「ケイ」
カコが、俺の服の裾を小さく引いた。
「どうした?」
「血が出てる」
「歩いてるから、少し傷が開いたんだと思う」
「包帯が赤くなってる」
「村に着けば、治療してくれるらしいから大丈夫だ」
「してくれなかったら?」
「その時は、またカコに頼むよ」
「今する」
「いや、歩きながら治療するのは無理だろ」
「止まってもらう」
カコは迷うことなく、先頭を歩く男へ目を向けた。
「止まって」
男が足を止めると、それに合わせて周囲を囲んでいた者たちも一斉に立ち止まった。
「何だ?」
「ケイの傷を治す」
「村まで、もうすぐだ」
「血が出てる」
「俺はまだ普通に歩けるから大丈夫だ」
そう答えると、カコがゆっくりとこちらを見上げた。
「前にも、そう言ってた」
「今回は本当に大丈夫だから」
「信用できない」
「本人が言ってるのに?」
「本人だから、信用できない」
『小娘の方が正しいな!』
「お前はいったいどっちの味方なんだ!」
『我は常に正しい方の味方だ!』
「普段は自分の都合しか考えてないだろ!」
先頭の男が、俺とカコ、そして背中のミメシスを順番に見比べた。
「村へ着いたら、すぐ治療師に見せる」
「すぐ?」
「ああ。着いたら最初に連れていく」
カコはまだ少し不満そうだったが、しばらく考えたあとで小さく頷いた。
「分かった」
俺たちは再び森の中を歩き始め、しばらく進むと木々の隙間から高い木製の柵が見えてきた。
「壁?」
カコが、初めて見るものへ興味を向けるように小さな声を漏らした。
「村の周囲を囲んでる柵だろうな。たぶん、魔物が中へ入らないようにするためだ」
「どうして囲むの?」
「古代施設みたいな結界がないから、代わりにこういう壁を作るんだと思う」
《外周防護設備として評価します》
《ですが、防護強度は十分ではありません》
「古代文明の巨大な結界と、普通の村の木柵を比べるなよ」
《比較可能な対象を確認したため、評価しました》
『余計なことを言うな、紙束!』
カコは俺たちの会話よりも、柵のさらに上へ視線を向けていた。
「壁があっても、空は見える」
「ああ。結界とは違うな」
「向こうにも行ける?」
「門が開けば、ちゃんと中に入れるはずだ」
カコは柵の中央にある大きな木の門を、じっと見つめていた。
門の両側には、周囲を見渡すための見張り台が建てられている。
見張り台の上にいた村人が俺たちの姿へ気づき、大きな声を上げた。
「巡回隊が戻ったぞ!」
「後ろに誰かいる!」
「警戒しろ!」
その声を合図にしたように、門の上には弓を持った人影が次々と増えていった。
「……やっぱり、歓迎されてる感じではないな」
『ならば、ここで我らの威厳を見せつけてやれ!』
「今それを見せたら、威厳より先に矢が飛んでくるだろ!」
先頭の男が、見張り台へ向かって右手を上げた。
「第三遺跡の出口付近で発見した!」
「人間二人と、武装一つ!」
『我をただの一つと数えるな!』
「それから、浮遊する遺物が一つ!」
《分類について異議はありません》
『紙束は黙っていろ!』
その報告を聞いた門の上が、一気にざわつき始めた。
「遺物が動いてるぞ」
「本が浮いている」
「剣まで喋ったぞ」
「呪われた物なんじゃないか?」
『誰が呪われている!』
「だから、お前は今だけ黙ってろって言ってるだろ!」
重い音を立てながら、巨大な木の門がゆっくりと開き始めた。
その向こうに広がる景色を初めて目の前にしたカコが、小さく息を呑む。
そこには一軒だけではなく、何十軒もの木造の家々が並んでいた。
いくつもの屋根から煙が立ち上り、道では荷物を運ぶ人が行き交っている。
井戸の周りでは女性たちが話し込み、その近くでは子供たちが元気に走り回っていた。
柵の向こうには、確かに大勢の人々の暮らしが広がっている。
ここへ来る道から見えた景色が、いま目の前に広がっていた。
「人が……たくさんいる」
カコの指が、俺の服を強く掴んだ。
「怖いか?」
「少し」
「俺の近くにいればいい。無理に誰かと話さなくても大丈夫だから」
「うん」
俺たちが門をくぐった瞬間、村の中にいた人々の視線が一斉にこちらへ集まった。
「誰だ?」
「森の奥から来たのか?」
「第三遺跡から出てきたらしい」
「あの場所は閉ざされていたはずだぞ」
「女の子もいる」
「見ろ、本が浮いてる」
「剣まで持ってるぞ」
『我らを見世物のように見るな!』
ミメシスが大声を上げた瞬間、近くにいた村人たちが一斉に数歩後ずさった。
「お前、自分から見世物になってるんだよ!」
「ケイ」
「今度はどうした?」
「みんな、見てる」
「珍しいんだろ。気にしなくていいから、前だけ見てればいい」
「分かった」
カコは言われた通りに真っすぐ前を見たが、俺の服だけは離さなかった。
その時、村の道の脇から一人の小さな男の子が走ってきた。
「ねえ!」
周囲の大人たちが止めるよりも早く、少年は俺たちの前へ飛び出した。
「その本、本当に飛んでるの?」
《肯定します》
「喋った!」
「ルカ、離れなさい!」
少年の母親らしい女性が、慌てた様子でこちらへ走ってきた。
「すみません!」
「いや、大丈夫です」
「近づいては駄目と言ったでしょう!」
「でも、本が本当に飛んでる」
「危ない物かもしれないのよ!」
《私は危険物ではありません》
「また喋った!」
『我の方が、その紙束よりずっと強いぞ、小僧!』
「剣も喋った!」
ルカの目が、さらに大きく輝いた。
「その剣は、人を食べる?」
『食べん!』
「噛む?」
『口がない!』
「でも、喋ってる」
『声が出るだけだ!』
「変なの」
『何だと!』
「ルカ!」
母親は少年を抱えるようにして、その場から連れていった。
それでもルカは、離れていく間もずっとミメシスを見つめていた。
『見る目のない小僧だ!』
「あれだけ興味を持ってもらったんだから、少しくらい喜べよ」
『変だと言われたぞ!』
「間違ってないだろ」
隣を見ると、カコがルカの後ろ姿をずっと見つめていた。
「小さな子供」
「そうだな、カコよりずっと小さいな」
「話しかけてきた」
「怖かったか?」
「少し」
「でも、逃げなかったな」
「ミメシスが喋ってたから」
「確かに、カコはほとんど喋ってなかったな」
『我は子供にも優しい剣だからな!』
「思いきり怒鳴ってただろ」
『あれは立派な会話だ!』




