第39話 先生の足跡を追ったら、ついに古代施設の出口へ着きました
記憶閲覧室の反対側にある扉を抜けると、人が二人並んで歩けるほどの細い通路が続いていた。
床には長い年月を感じさせる薄い埃が積もり、その上には一人分の足跡だけが残されている。
「足跡……」
カコはすぐにその場へしゃがみ込み、床に残された足跡をじっと見つめた。
「ずいぶん古そうなのに、跡がはっきり残ってる」
《管理補助端末の反応履歴と一致します》
「先生が残した足跡?」
《その可能性が高いと判断します》
足跡は、通路のさらに奥へ向かって続いていた。
残されているのは一人分だけで、こちらへ戻ってきた形跡はどこにも見当たらない。
カコはしばらく何も言わず、その足跡をじっと見つめ続けていた。
「行こう」
「ああ。一緒に追おう」
俺たちは、先生が残したと思われる足跡を辿り、通路の奥へ向かって歩き始めた。
途中、通路は何度も崩れていた。
天井から落下した黒い板や、途中から折れた柱、床を埋め尽くすほどの瓦礫が行く手を塞いでいる。
それでも先生の足跡は、崩れた場所を避けるようにして、さらに奥まで途切れることなく続いていた。
「先生も、俺たちと同じようにこの道を歩いたんだな」
「うん」
「いったい何を探しに行ったんだろうな」
「結界を直せるものを探すって言ってた」
「この施設のどこかに、結界を直せる物があるのか?」
《可能性はあります》
「何が必要だったかまでは分かる?」
《結界の損傷状況を直接確認しなければ、必要物を特定することは困難です》
「結界まで戻って、実際に見れば分かる可能性があるんだな?」
《解析を試みます》
「分かった。戻れたら頼む」
《承認します》
さらに足跡を追って進むと、通路の先に、それまでよりも大きな黒い扉が見えてきた。
扉の中央には、外側へ向かって伸びる矢印のような印が刻まれている。
《外部連絡通路・第三出口》
「この先から施設の外へ出られるのか?」
《扉の先に、地上へ続く通路があります》
「開けられるか?」
《確認します》
コーデックスのページから伸びた青白い光が、巨大な扉の表面を何度も走った。
《開閉機構 _ _ 一部損傷》
《通常開放 _ _ 不可能》
「また壊れてるのか……この施設、本当にまともな場所が少ないな」
『斬ればよい!』
「何でも斬って解決しようとするな」
《手動開放機構を確認》
「どこにある?」
《扉の右側です》
言われた場所へ視線を向けると、壁の一部が青白く点滅していた。
近づいて確認すると、そこには縦長の大きな取っ手が埋め込まれている。
「これを引けばいいのか?」
《肯定します》
「カコは少し下がって……」
「手伝う」
「かなり重そうだぞ」
「二人の方がいい」
「……それもそうだな。無理そうならすぐ離せよ」
俺とカコは、二人で縦長の取っ手をしっかりと握った。
「せーので引くぞ」
「せーの?」
「二人で同時に力を入れるための合図だよ」
「分かった」
「じゃあ、せーの!」
二人同時に力を込め、思い切り取っ手を引いた。
ガコン!
壁の奥から、何か大きな部品が外れるような音が響いた。
取っ手が壁から大きく引き出されたが、扉そのものは動いていない。
《固定装置の解除を確認》
《取っ手を下方へ押し下げてください》
「今度は、これを下へ動かせばいいのか?」
《肯定します》
「よし。もう一回だ」
「うん」
俺たちは引き出された取っ手を握り直し、体重をかけられるように身構えた。
「せーの!」
二人同時に、取っ手を下へ押し下げる。
ギギギギギ……。
重い金属音を響かせながら、巨大な黒い扉がほんの少しずつ上へ持ち上がり始めた。
「動いた!」
『もっと力を入れろ!』
「言われなくても全力だ!」
取っ手が下まで動くと、扉の上昇が止まった。
《開放率 _ _ 十二パーセント》
《昇降位置を固定》
「人が通れるようになるまで、あとどれくらい必要なんだ?」
《最低三十二パーセントです》
「あと二十パーセントか……!」
『細かい数字は気にせず上げろ!』
「お前は何もしてないだろ!」
俺とカコは取っ手をいったん上の位置へ戻し、もう一度力を込めて押し下げた。
ギギギギギ……。
《開放率 _ _ 二十一パーセント》
《昇降位置を固定》
「まだ足りない」
「もう一回だな」
取っ手を握るカコの手が、わずかに震えていた。
「大丈夫か? 無理するなよ」
「大丈夫」
「手を離してもいいぞ。俺一人で……」
「ケイの方が怪我してる」
「俺の傷と、カコが疲れてることは別だ」
「でも、一人より二人の方がいい」
その言葉を聞いて、俺は少しだけ笑った。
それは、カコと初めて会った頃に、本人が何気なく口にしていた言葉だった。
「そうだな。一人より二人の方がいい。じゃあ最後まで一緒にやろう」
「うん」
二人でもう一度取っ手を上へ戻し、全身へ力を込めた。
「せーの!」
ガガガガガッ!
巨大な扉が、今度は一気に上へ持ち上がった。
《開放率 _ _ 三十五パーセント》
《通行可能》
《昇降位置を固定》
床と扉の間には、大人一人なら屈んで通れるほどの隙間が開いていた。
扉が固定されていることを確認してから、俺とカコは取っ手を元の位置へ戻した。
「カコが先に……」
「ケイも来る?」
カコの表情が一瞬だけ固くなった。
俺は以前のことを思い出し、すぐに言葉を言い換えた。
「一緒に通ろう。俺もすぐ隣にいる」
「うん」
カコが俺の服をそっと掴んだ。
二人並んで身体を低くし、開いた隙間を一緒にくぐり抜ける。
コーデックスも、そのあとを浮かびながら通過した。
『我を扉へぶつけるな!』
「黙っててくれ。今は通るだけで精いっぱいなんだ」
『もっと丁寧に扱え!』
扉の向こう側は緩やかな上り坂になっており、その奥からはかすかな風が吹いてきていた。
薄い埃の上に残された一人分の足跡も、その上り坂の先へ続いている。
「外の匂いがする」
カコが、小さな声で呟いた。
「分かるのか?」
「結界の中とは違う」
「怖い?」
「少し」
「戻るか?」
「戻らない」
「先生を探す?」
「うん」
カコは俺の服の裾を掴んだまま、迷うことなく前を見据えていた。




