第38話 利用履歴保管区画へ入ったら、カコが知らない記憶に呼ばれました
《右へ進んでください》
「右は完全に瓦礫で塞がってるぞ」
《記録上では通路です》
「記録上じゃなくて、今は瓦礫なんだ」
《確認します》
コーデックスは瓦礫へ近づき、ページから伸ばした青白い光で、崩れた通路の表面を何度もなぞった。
《通路の崩落を確認》
「見れば分かると思うけどな」
《迂回路を検索します》
『また案内を間違えたのか、紙束!』
《施設情報と現在の構造に差異があります》
『それを普通は間違いと言うのだ!』
「ほかに通れる道はあるのか?」
《左側の利用履歴保管区画を経由すれば、外部連絡通路へ到達可能です》
「利用履歴保管区画って、どんな場所だ?」
《保存された記憶を確認するための区画です》
「危険じゃないのか?」
《正規の装置を正しく使用する限り、安全です》
「その正規の装置は、今も正常に動くのか?」
《不明です》
「……不安しかない答えだな」
左側へ目を向けると、半透明の板が並ぶ壁の途中に、小さな黒い扉があった。
扉の横には、手のひらを置けるほどのくぼみが設けられている。
「カコ、頼めるか?」
「うん」
カコが、くぼみへ手を置いた。
【血統情報 _ _ 確認】
【緊急避難権限 _ _ 有効】
【利用履歴保管区画 _ _ 開放】
黒い扉が音もなく左右へ分かれ、その先に円形の小さな部屋が現れた。
部屋の中央には黒い椅子が一脚だけ置かれ、その周囲には何枚もの半透明の板が立ち並んでいた。
「誰か座ってる?」
カコが、恐る恐る椅子を覗き込んだ。
「誰もいないな」
『我が主、試しに座ってみろ』
「絶対に嫌だ」
『面白いものが見られるかもしれんぞ!』
「さっきコーデックスから、他人の記憶を自分のものと勘違いする危険があるって聞いたばかりだろ」
『少しくらいなら問題ない!』
「お前は何か起きても絶対に責任を取らないだろ」
『我は剣だからな!』
「それを便利な逃げ道にするな!」
部屋の反対側には、もう一つの扉が見えていた。
「あれが迂回路の出口か?」
《肯定します》
「何にも触らず、ここを横切るだけなら安全なんだな?」
《装置へ接触しなければ問題ありません》
「よし。カコ、何にも触るなよ」
「ケイもね」
「分かってる」
『我は触れてもよいか?』
「駄目だ」
『我には手がないぞ!』
「だったら最初から聞くな!」
俺たちは中央の椅子からできるだけ距離を取りながら、反対側の扉へ向かった。
だが、部屋の中ほどを通過した瞬間、椅子の周囲に置かれていた半透明の板の一枚が、突然青白く輝いた。
【閲覧対象候補 _ _ 検出】
「何を検出した?」
半透明の板から放たれた光が、一直線にカコへ向けられた。
【血統情報 _ _ 一部一致】
【優先記憶群との接続 _ _ 試行】
「止めろ!」
俺は反射的にカコの前へ飛び出し、その身体で青白い光を受け止めた。
【対象 _ _ 不一致】
【障害物 _ _ 確認】
「人を障害物扱いするな!」
【接続経路 _ _ 変更】
次の瞬間、青白い光が俺の身体を避けるように、横へ大きく曲がった。
「光が曲がるのかよ!」
光は俺の横を回り込み、カコの身体へ斜めから降り注いだ。
「触らなければ問題ないって言っただろ!」
《通常は自動接続されません》
「今はされてるぞ!」
《異常動作を確認しました》
「ケイ」
カコが、俺の服を強く掴んだ。
「何か聞こえる」
「何が?」
「声」
カコは部屋の中央をじっと見つめていたが、俺には何も聞こえなかった。
「コーデックス、この接続を止められないのか!」
《閲覧装置との接続を試みます》
《権限不足》
『役に立たん紙束め!』
《別手段を検索します》
半透明の板から放たれる光がさらに強まり、カコの淡い青銀色の瞳が、徐々に青白く染まっていった。
「カコ!」
「先生……?」
「何が見えてる!」
「分からない」
カコが、青白い光へ向かってゆっくりと手を伸ばした。
「でも……呼んでる」
俺はすぐに、光へ伸ばされたカコの腕を掴んだ。
「行くな!」
「先生かもしれない」
「違う!」
「どうして分かるの?」
「先生は、カコを危険なものへ呼び寄せたりしないだろ!」
その言葉を聞いた瞬間、カコの動きがぴたりと止まった。
「……うん」
「コーデックス、まだか!」
《接続遮断方法を発見》
『遅い!』
《アエテル・ミメシス》
『何だ!』
《中央の閲覧椅子を破壊してください》
「壊していいのか?」
《接続の強制遮断には、装置そのものの停止が必要です》
『ついに我の出番だな!』
ミメシスが、待っていましたとばかりに嬉しそうに震えた。
「ちょっと待て」
『なぜ止める!』
「結界を斬ったときみたいに、余計なところまで壊さないだろうな?」
《椅子のみを破壊してください》
『我を信用しろ!』
「一番信用できない言葉だな!」
俺はカコの腕を引き、椅子から少しでも遠ざけた。
「カコ、ここから動くなよ」
「うん」
カコが頷いたのを確認してからその腕を離し、ミメシスを鞘から引き抜いた。
「震断刃剣へ変われ!」
『任せろ!』
ミメシスが黒い靄に包まれ、幅広い漆黒の刀身を持つ震断刃剣へ変化した。
刀身の中央には、青白い光の線が走っている。
【振動刃機構 _ _ 起動】
漆黒の刀身が、低い音を立てて震え始めた。
「椅子だけだぞ! 本当に椅子だけだからな!」
『分かっている!』
俺は震断刃剣を両手で握り、中央に置かれた黒い椅子の背もたれへ振り下ろした。
ザンッ!
振動する黒い刃が、椅子を斜めに切断した。
その瞬間、部屋中に満ちていた青白い光が一斉に消えた。
《閲覧装置の停止を確認》
カコの瞳を覆っていた光も消え、その身体が力を失ったように前へ倒れた。
「カコ!」
俺は震断刃剣から片手を離し、倒れてきたカコの身体を慌てて受け止めた。
「大丈夫か?」
「うん」
「何を見た?」
「分からない」
カコは少し混乱したように、額へ手を当てた。
「白い場所が見えた」
「それと、誰かが名前を呼んでた」
「先生の声だったのか?」
「分からない」
「だったら、今は無理に思い出さなくていい」
「でも……」
「先生の本当の痕跡は別に残ってる。今はそっちを追おう」
カコは少しだけ迷ったあと、小さく頷いた。
「うん」
『見たか! 我がカコを救ったぞ!』
ミメシスが、すぐに得意そうな声を上げた。
「お前は椅子を斬っただけだろ」
『適切に壊したのだ!』
《今回は正確な破壊でした》
『聞いたか、我が主! 紙束まで我を認めたぞ!』
「コーデックスに褒められたな」
『紙束に評価されても嬉しくない!』
《先ほど、あなたは私の指示に従いました》
『貴様が椅子を壊せと言ったからだ!』
《つまり、私の判断が有用だったということです》
『……今回は役に立ったぞ、全書』
《評価として受理します》
『すぐ紙束に戻すからな!』
「本当に忙しいな、その呼び方」




