第36話 停止した六本腕の守護者から、先生がここを通った記録を見つけました
カコの治療が終わったあと、俺たちは停止した六本腕の防衛機兵へ近づいた。
巨大な機兵は片膝をついたまま動かず、六本の腕に握られた武器も力なく下げられている。
『我が主よ』
「駄目だ」
『まだ何も言っていないぞ!』
「残りの武器も模倣したいって言うつもりだろ」
『三日月形の刃と、魂導砲と、大鎚がまだ残っている!』
「やっぱりそうじゃないか。駄目だ」
『停止している今なら安全だ!』
《否定します》
コーデックスが、すぐにミメシスの提案を否定した。
《武装への接触により、防衛個体が再起動する可能性があります》
『その可能性は?』
《二十八パーセントです》
『低い!』
「三つ続けて触ったら、一回くらい起きてもおかしくないだろ!」
『先っちょだけ!』
「その言い方を使うな!」
「駄目」
カコは迷うことなく、はっきりと言った。
『カコまで!』
その時、停止していた機兵の胸部から、小さな音が響いた。
カチッ。
「……動いた?」
『我は何も触っていないぞ!』
《胸部記録装置が自動開放されました》
黒い胸部装甲が重い音を立てながら左右へ開き、その内側から小さな透明板がゆっくりとせり出した。
「何が記録されてるんだ?」
《当該区画の通過記録》
《戦闘記録》
《管理命令》
《その他、防衛に関する情報です》
「先生がここを通ったか分かる?」
カコは透明板を見つめながら、静かに尋ねた。
《記録が残存していれば可能です》
「見たい」
《承認します》
コーデックスは透明板へ近づき、青白い光を当てた。
《記録を検索》
《最終正常稼働時の通過記録 _ _ 損傷》
《管理補助権限保持者の通過記録 _ _ 一件》
「一件?」
透明板の表面に、ぼんやりと映像が浮かび上がった。
そこには、まだ床も壁も壊れていない広間と、大きな固定座に腰掛けた六本腕の防衛機兵が映っている。
その前を、白い髪と長いひげを持つ灰色の外装の男が歩いていた。
男の右手首には、黒い輪がはめられている。
「先生……」
カコの声が、かすかに震えた。
映像の中で先生は防衛機兵の前に立ち止まり、右手首の黒い輪を機兵へ向けた。
【管理補助権限 _ _ 確認】
【通行 _ _ 許可】
六本腕の防衛機兵が、六つの武器を下げる。
同時に、広間の奥にある黒い隔壁が左右へ開いた。
先生は機兵の横を通り抜け、開かれた通路の奥へ進んでいった。
「先生は、本当にここを通ったんだね」
《肯定します》
「この先へ行った?」
《肯定します》
《ただし、記録保管庫から当該区画へ到達した記録は確認できません》
「じゃあ、先生は別の道からここへ来たの?」
《その可能性が高いと判断します》
「戻ってきた記録は?」
コーデックスは、わずかな間だけ沈黙した。
《該当記録は確認できません》
カコは何も言わず、透明板に映る先生をじっと見つめていた。
「まだ、戻ってない」
「ここへ戻っていないだけだ。別の道から先へ進んだ可能性もある」
俺は痛む身体を押さえながら、カコの隣へ並んだ。
《その可能性はあります》
「本当?」
《記録不足のため、否定できません》
「肯定もできないんだろ?」
《肯定します》
それでも、先生がこの広間を通り、さらに奥へ進んだことだけは、初めて得られた確かな記録だった。
これまでの推測や手掛かりとは違い、そこには先生本人の姿が映っている。
「俺たちも先へ行こう」
「うん!」
カコは迷いを振り払うように、力強く頷いた。
すると、中央制御台の奥にある黒い壁へ、青白い光が走り始めた。
【防衛個体の停止 _ _ 確認】
【利用履歴保管区画への隔壁 _ _ 開放】
黒い壁が重い音を立てながら左右へ分かれ、その向こうには暗く長い通路が真っすぐ続いていた。
通路の両側には何百枚もの透明な板が並び、その表面では古い文字や途切れた映像、判別できない光が浮かんでは消えている。
「ここは……」
《記憶閲覧回廊です》
《過去に当区画を利用した人物の記憶記録を、閲覧できます》
先生も、この通路を進んだ。
先生がどこへ向かい、なぜ戻らなかったのか。その答えは、まだこの区画の奥に残されているかもしれない。
『行くぞ、我が主!』
「ああ。ここまで来たんだ。先生の手掛かりを見つけよう」
「一緒に行く」
カコが、俺の服の裾をそっと掴んだ。
「分かってる。今度も一緒だ」
俺たちは先生の残した足跡を追い、通路の奥へ進み始めた。




