第30話 利用履歴保管区画へ向かったら、最終防衛施設で六本腕の防衛個体が起動しました
保守通路を抜けた先には、小さな部屋があった。
天井は低く、三人で入ると少し窮屈に感じるほどしか広さがない。
正面には大きな黒い扉があり、左側の壁には細長い透明な窓が埋め込まれている。
窓の下には、いくつもの小さなくぼみが並んだ黒い台が設置されていた。表面には細い線や文字らしきものが刻まれているが、どれも光を失っている。
「ここも、何かを操作する場所なのか?」
《設備情報を確認できません》
「コーデックスにも分からないのか?」
《施設との接続状態が不安定です》
窓の向こうには、かなり広い空間が広がっていた。
床も壁もこれまでと同じ黒い材質で作られているが、青白い光は弱く、奥まではよく見えない。
天井から垂れ下がった太い管や、床から突き出した黒い柱の影だけが、暗闇の中にぼんやりと浮かんでいた。
「この向こうが、利用履歴保管区画なのか?」
《おそらく》
「……おそらく?」
《現在地情報に、わずかな誤差が発生しています》
「案内できるんじゃなかったのか?」
《施設の一部が崩落し、通路構造が記録上の情報から変化しています》
「じゃあ、この扉は開けられる?」
《確認します》
コーデックスが黒い扉へ近づき、その表面に青白い光を何度も走らせた。
《保守扉》
《損傷なし》
《開放可能》
「だったら開けてくれ」
《カコの接触が必要です》
カコが扉へ手を伸ばしたその時、左側の透明な窓の向こうで何かが動いた。
カン、と硬い音が一度響く。
続いて少し離れた場所から同じ音が聞こえ、カコの手が扉へ触れる直前で止まった。
「何かいる」
カコが手を引き、俺のすぐ後ろへ移動した。
俺は背中の鞘からミメシスを引き抜き、すぐに窓の方へ構える。
「コーデックス。窓の向こうに何がいる?」
《確認中です》
窓の向こうで青白い光が一つ灯り、広い部屋に巨大な黒い影が浮かび上がった。
最初は椅子に座る人のように見えたが、明らかに人間ではない。
高さは座った状態でも、俺の身長を大きく超えている。立ち上がれば、三メートル以上はあるだろう。
巨大な身体は分厚い黒い装甲に覆われ、胸の中央には円形のくぼみがあった。
背中からは何本もの太い管が伸び、背後の壁へ繋がっている。椅子に座っているのではなく、何らかの装置へ固定されているらしい。
黒い影の左右からは、何本もの細長い物が伸びていた。
「……腕?」
影の左右には三本ずつ、合わせて六本の腕が伸びていた。
それぞれの手には、剣、槍、斧、大鎚、三日月形の刃、そして俺には用途の分からない筒状の物が握られている。
どの武器も人間が扱うには大きすぎた。
剣だけでも俺の身長に近く、大鎚の頭部は、樽ほどの大きさがあった。
『ほう』
ミメシスが、嬉しそうな声を上げた。
『あれは、すべて武器だな』
「喜んでる場合か。どう見ても俺たちを歓迎するために置いてある感じじゃないぞ」
『あれほどの武器を一度に六つも持っているのだぞ!』
「だから危険なんだろ!」
『すべて模倣できれば、我はさらに強くなれる!』
「戦う前から、相手の武器を奪うことを考えるな!」
『奪うのではない。模倣だ!』
《現在の発言は、敵対行為を前提としています》
『紙束は黙っていろ!』
その瞬間、黒い影の頭部に赤い光が一つ灯った。
続いて、胸の円形部分にも青白い光が浮かび上がる。
カン、と硬い音が響き、六本の腕が同時に動き、それに続いて、黒い身体を固定していた金具が、一つずつ外れていく。
ガコン。
ガコン。
重い音が響くたびに背中へ繋がっていた管が抜け落ち、床へ叩きつけられた。
剣や槍、三日月形の刃の切っ先が持ち上がり、斧と大鎚が振り上げられる。
そして、筒状の武器にある銃口らしき部分が、ゆっくりと俺たちのいる窓へ向けられた。
「コーデックス」
《確認中です》
「急いで確認してくれ!」
カコが俺の服の裾を掴み、その背中へ隠れる。
「大きい」
「ああ。さっきの狼より、ずっと大きいな」
あの狼型の魔物一匹を倒すだけで、俺は全身に傷を負った。
今度の相手は、その狼よりもさらに大きい。それだけでなく、六本の腕すべてに異なる武器を持っている。
正面からまともに戦えば、今の俺では攻撃を防ぐだけでも精いっぱいになるだろう。
ただし、さっきまでとは違い、今のミメシスには、宝剣セレスティアの情報が記録されている。
魂力刃を使えるのは一度につき数秒だけだが、その数秒を正しく使えば、あの分厚い装甲にも刃を通せるかもしれない。
「ミメシス。宝剣の形へすぐ変われるか?」
『当然だ!』
「まだ変わるな。相手の動きを見てからだ」
『今すぐ斬りかかればよいではないか!』
「窓と扉があるだろ!」
『ならば扉を開けろ!』
「開ける前に何がいるのか調べてるんだよ! ここ、本当に利用履歴保管区画なのか?」
短い沈黙が流れたあと、コーデックスがようやく答えた。
《現在地情報を再計測します》
窓の向こうから向けられた赤い光が、俺たちを完全に捉えた。
次の瞬間、部屋中に低い警報音が鳴り響く。
ブゥゥゥン。
黒い台に刻まれていた線が一斉に赤く光り、正面の扉にも同じ色の文字が浮かび上がった。
《警告します》
《防衛個体の起動を確認》
「だから、ここはどこなんだ!」
コーデックスのページを複雑な文字が高速で流れ、やがて、いつもと変わらない冷静な声が返ってきた。
《訂正します》
《窓の向こうは、利用履歴保管区画ではありません》
「何だって!?」
《現在地は、最終防衛施設です》
《利用履歴保管区画の手前に位置します》
『役に立たん紙束だな!』
《追加情報》
「今度は何だ?」
《防衛個体による侵入者排除処理が開始されました》
「侵入者って、俺たちのことか?」
《その可能性が極めて高いと判断します》
「ほとんど確定じゃないか!」
【防衛個体の出撃経路を開放】
「出撃経路?」
その言葉と同時に、正面の黒い扉が重い音を立てながら、ゆっくりと開き始めた。




